靴下が濡れた子はかわいい
「おはよう、佐藤くん」
「おはよう…、わ、雨、すごかったんだね」
月曜日の朝、雨が降っていたから少し早めに家を出て、教室について席に座って本を読んでいると、隣の席の子が登校してきた。その子も早めに家を出たみたいで、教室にはまだ僕たちを合わせても5人しかいなかった。隣に座る女の子は、僕と同じ図書委員。5年生になって初めて同じクラスになったけれど、好きなジャンルが大体一緒で、よく話すようになっていた。名前は本田美雨さん。その名前に負けず、小さくてかわいい女の子。面白いことがあると、くすくすと小刻みに肩を揺らしながら笑うのが、最高にかわいい、と思う。
「うん、雨も風も強くって、おかげで服とか濡れちゃった」
今日の本田さんの服は、紺色の半そでワンピースに、白いハイソックス、頭にはカチューシャをつけていた。濡れたせいで、ワンピースは体にピタッとくっついて、白いハイソックスからは素足の色が透けて見えている。
「本田さん、タオル、持ってる?」
「うん、ある、けど…」
そう言って、本田さんはランドセルから大きめのタオルを取り出した。雨対策で持ってきていたのだろう。濡れた髪や、手などを拭いていく中で、本田さんはこちらを向いて椅子に座ると、上履きをパカパカと脱いだ。その上に、びしょぬれになった靴下の足をのせる。足先からも素足が透けて見えていた。お母さんの履いているストッキングみたいになっている。
「…佐藤くん、向こう、向いててもらってもいい?」
「え?あ、ごめん!」
僕はそんな本田さんをまじまじと見てしまっていて、本田さんは顔を赤くしてタオルで口元を隠していた。僕が彼女と反対側を向くと、背後から、
「ん、んしょ…」
というかすかな声とともに、すすす、という衣擦れの音が聞こえてきた。そして袋のガサガサ、それを閉じる音。そしてそれをランドセルに入れたのか、金具の音が聞こえてきた。カチリ。そして足をタオルで吹いているのか、さすさす、そんな音。まだ人の少ない教室に、そんな音が僕の耳にはやけに響いて聞こえてくる。
「…佐藤くん、ごめんね、もういいよ」
「う、うん」
本田さんの声に、僕は前の方を向いて座りなおした。横を見ると、上履きを脱いで、その上に素足をのせた本田さんが座っていた。やはり、さっきのは靴下を脱いでいる音だったらしい。ほかの子と比べて日焼けをしていない本田さん。靴下焼けのあともなく、紺色のワンピースから、肌色の素足がすらっと伸びている。少しだけ暑いのか、足はやや赤く染まっていた。脱いだ靴下は、ランドセルの中に入れたみたいで、干したりはしていない。
「…な、なんか恥ずかしい、ね」
本田さんはその姿勢のままこちらを向いて、恥ずかしそうにはにかんだ。顔も赤くなっている。僕はそんな彼女を見てると照れてしまって、目線をそらしながら聞く。
「替えの靴下って…」
「うん、持ってきてないんだ。こんなになるなんて思わなくって…。だから、今日はハダシの日にするね」
本田さんの口から出た、「ハダシ」という単語に、僕はドキッとした。あんなにかわいい本田さんが、今日一日、ハダシで過ごす決心をしている。周りを見ると、みんなはそんなに濡れなかったのか、替えの靴下を持ってきていたのか,同じように靴下を脱いでいる人はまだいなかった。
「…どうかした?佐藤くん」
「え、いや、なんでもないよ!」
やや前かがみになりながら、僕は冷静に答える。本田さんは素足の先で上履きの中敷きを確認するような動きをしている。
「はあ、上靴も濡れちゃった…」
小さくつぶやく本田さん。濡れた靴下で上履きを履いたせいで、その中まで濡れてしまったようだ。だから上履きも脱いでいるのか。濡れた上履きを素足で履くのって、すんごく気持ち悪いんだろうな。
「…佐藤くんは、濡れなかったの?」
「え、う、うん、まだそんなに強くない時間には来てたから…」
「そうなんだ、私も、もう少し早くきたらよかったな」
そう言って、足を空中でふりふりする。まだ濡れているのか、それを乾かしているような動きだった。
「あ、そろそろ始まるね」
気づけば席はけっこう埋まっていて、朝の会の時間まであと5分ほどだった。あわててトイレに行って戻ってくると、先生が来て、プリントを配っているところだった。横の本田さんは、上履きを机の下にそろえて置いて、素足を机の棒にのせていた。足の指がもにもにと動いている。
「はい、今配ったお手紙は、今日必ず、保護者の方に渡すこと!いいですか?」
「はーい」
先生の説明の間も、本田さんは真面目に聞きながら、足元は足指をもじもじと動かしている。
「では、朝の会、始めようか。日直さん、お願いします」
「きりーつ」
ガタガタとみんなが席を立つ中、本田さんも同じように席を立つ。みんなと違うのは、靴下を履いていないこと。それどころか、本田さんは上履きを履くことなく、裸足のまま、床の上に立って挨拶をしていた。きれいに足をそろえて、礼をして、そしてまた席に座ると、足を棒の上に移動させる。朝の会の間も休むことなくもにもにと動きを止めない本田さんの足先を、僕はついつい目で追ってしまった。
雨のせいでいつもより暗い教室で午前中の授業を受けて、4時間目は音楽だった。リコーダーをもって音楽室へ移動する。隣の本田さんは朝から今まで、結局一度も上履きを履きなおすことはなく、席を離れることもなかった。けれど音楽は音楽室に移動しなければならない。さすがにどうかなと思いながら本田さんを見ると、素足の先を上履きにちょんと入れて中を確認しているところだった。そしておそるおそる、足全体を上履きに入れる。さすがに、裸足のままで音楽室まで行くのは嫌だったみたいだ。
「うー、濡れてて気持ち悪い…」
教科書とリコーダーをもって立ち上がると、そうつぶやく本田さん。上履きの中で足を動かしているようで、上履きの足先部分がもごもごしている。
音楽室は上履きを脱いで入るようになっていて、本田さんはカポカポと上履きを脱ぐと、一度足指をグッパッとして、ペタペタと裸足のままで中へ入っていった。濡れて気持ち悪い上履きから解放されて、とても気持ちよさそうだった。音楽室の中は絨毯が敷かれていて、靴下越しでもふさふさと、毛羽だった感覚がある。教室の席と同じように座るので、ここでも本田さんと僕とは隣同士。席につくと、本田さんは足の裏で絨毯をなでながら、
「なんだか、ごわごわするね、ここの床」
「そうなんだ、家とは違う?」
「うん、おうちの方がもっと気持ちいいけど、けどここの絨毯も気持ちいいかも」
そう言って、本田さんは足の裏をなおもスリスリと押し付けていた。リコーダーの練習中も足の動きは止まらずに、スリスリ、足指をもにもに、と動かしていた。
給食を食べて昼休み、図書委員の僕と本田さんは、昼休みが始まるころには図書室のカウンターに座っていた。今週は僕たちが、昼休みと放課後のカウンター当番の日だった。
「…こっちの方がまだ新しいね、絨毯」
「そうなの?確かに、見た目は新しいかも」
教室からここまで、まだ乾いていないらしい上履きを履いてきた本田さんは、図書室でまた上履きを脱いで、裸足になって入っていった。図書室も音楽室と同じように、土足禁止の教室だ。絨毯が敷かれているが、音楽室のものより少しだけ新しそうに見えた。
「あ、この本、返却済みだって。私、返してくるね」
「え、僕がやっとくよ」
「いいよいいよ!佐藤くんは、カウンターをお願い!」
そう言って、本が乗ったワゴンをゴロゴロと転がしていく本田さん。雨の日とあって利用者は多く、本を借りる人、返す人もいつもの2倍以上な気がする。バーコードを読み取るだけなので簡単な作業だけれど、人数が多いと結構大変だ。
「おつかれ。これ、追加の返却分の本だよ」
カウンターが落ち着いたところで、新しく返却された本を持っていくと、本田さんは床にペタっと座って、棚の一番下に本を片付けているところだった。暑さからか、赤く火照った足の裏が、ワンピースの裾から伸びてばっちり見えていた。よくよくみると、足の裏には髪の毛や、消しゴムのごみがくっついていた。
「あ、ありがとう!」
「…なに、してたの?」
本田さんが座っていたあたりは図鑑や資料集が並ぶ棚で、貸出NGのスペース。ワゴンを見るとすでに空になっていた。
「きいてよー、だれかわかんないけど、ここの本、順番がバラバラでね、いま直してたんだ」
本田さんの横には、重そうな図鑑が積まれていた。誰が使うのかわからない、百科事典だ。20巻まであって、その順番を直しているらしい。
「そうなんだ、手伝おっか?」
「ううん、これくらい、私一人で大丈夫だよ!あ、本はワゴンにおいておいて!」
「わかったよ、じゃあカウンターに戻っておくね」
「おねがい!」
それから昼休みの終わりまで、本田さんはカウンターには戻らず、本の整理と返却をしているらしかった。5時間目の予鈴がなったころ、ようやくワゴンを押して戻ってくる。
「あ、待っててくれたの?先に教室行っててよかったのに!」
「いやいや、そんなわけにはいかないよ。じゃあ、もどろっか?」
「うん!」
小さくこくんとうなずいて、本田さんはペタペタと靴箱の方へ歩いていく。そして上履きを手に持つと、
「うええ、まだ、乾いてないや…」
「湿度も高いしね、乾きにくいのかもね」
右手に上履きを持ったまま、なにやら考える本田さん。左わきには、いつの間に借りたのか、本が一冊挟まっている。
「ねね、佐藤くん、廊下って、誰かいる?」
「廊下?ちょっと待って」
本田さんのナゾの質問に、僕はささっと廊下に出て確認する。もうすぐ次の授業が始まる時間なので、廊下を歩く生徒はいない。
「誰もいないよ」
「そっか、じゃあ…」
本田さんは上履きを手に持ったまま、ペタペタと図書室の外へ出ていってしまった。
「え、ちょ、え!?」
いきなりの大胆な行動に、僕は思わず大きな声を出してしまった。あの本田さんが、裸足のまま廊下へ出ていってしまった!
「ほらほら、遅れちゃうよー」
本田さんは楽しそうに、ペタペタと裸足のまま廊下を歩いて行ってしまう。走ると、先生に見つかった時に大変なので、あくまで早歩き。前を行く本田さんは、後ろ手に上履きをもって、ショートの髪をふりふり、歩いている。
「本田さん、上履き、は…?」
ようやく追いついて、隣を早歩きしながら聞いてみる。
「上靴?えへへ…、裸足の方が気持ちよくって…。誰もいないし、いいかなあって」
「そ、そうなんだ」
「…ほかの人には、秘密だよ?」
そう言って、口の前に人差し指を立てる本田さん。とてもかわいくて、絵になる仕草だ。
「う、うん…」
僕の上履きを履いた足音と、裸足の本田さんの足音が交互に廊下に響く。階段を上って教室へ近づくと、本田さんは階段の一番最後のところで立ち止まって、足の裏を確認する。
「わ、学校って意外と汚れてるんだね」
「そ、そうなの?」
隣に立つ僕は、それとなく本田さんの方を向く。膝を曲げてばっちり見える、本田さんの足の裏。廊下にたまったホコリや砂で、さっき図書館で見たときとはうってかわって、うっすら灰色に汚れていた。本田さんは手を使って、ぺし、ぺしと汚れを落とす。消しゴムのゴミや大きめの砂はとれたけれど、灰色はそんなに変わらなかった。
「ごめんね、待たせちゃって。先、いっていいよ?」
「ううん、それより、肩、かすよ」
「あ、うん、ありがと」
ふらふらしながら足の裏をはたく本田さん。見ていて危なげなかったので、僕は肩を貸す。手をついてもいいよってつもりだったんだけれど、本田さんは肩を直接僕の肩にくっつけてきた。体の半分に、本田さんのぬくもりを感じて、今日で一番ドキドキした。
「…よし、とじゃあこれ履いて…。うー、まだ濡れてる…」
ある程度汚れが落ちると、本田さんは上履きを床に置いて、裸足をそこに突っ込んだ。流石に一日では乾かないのだろう、気持ち悪そうな顔をして、そのまま教室に入る。席に着くと、すぐまた上履きを脱いでしまって、素足を机の棒に置いていた。気持ちよさそうに、足の指がくねくね動いている。
「佐藤くん、図書室、いこっ」
帰りの会が終わってすぐ、本田さんは僕のすぐ隣に、ランドセルを背負ってきてくれた。放課後は下校時刻まであと1時間ほど、図書委員の当番だ。上履きがようやく乾いたのか、素足のまま、しっかりかかとまで履いていた。
図書室につくと、本田さんは上履きをスポスポ脱いで、再び裸足で入る。何かついていたのか、足の裏をこちらの向けてぺしぺしとはたく。ほてって赤くなった足の裏が丸見えだった。
「ヒマだねー、佐藤くん」
「そうだね、雨もやんだし、みんな帰ったり習い事とか行ったんだろうね」
放課後の図書室はあまり利用者がおらず、僕と本田さんはカウンターに並んで座っていた。ワンピースの裾から素足を伸ばして、足の指をくねくね動かしている。本を読みながら、そちらの方も気になってちらちら見てしまう。カウンターの向こう側からは見えないので、自分だけの特権だ。
「今日ね、初めて、一日中ハダシで過ごしたなあ」
本を読んでいた本田さんがふいにそうつぶやいて、ちょうど足先を見ていた僕はドキッとして、つい本を落としてしまった。バササっと床に落ちる本。本田さんが前に伸ばしていた足を戻して、取ってくれる。
「佐藤くん、落としたよ?どうかした?」
「あ、ううん、なんでも、ないよ…」
もしかして、足をみてたの、ばれたかな…。ドキドキしながら、僕は本を受け取る。
「…足、いつもより疲れちゃったかも」
「そ、そうなんだ…」
本田さんはそう言って、足をイスの上にあげて、手でぐにぐにとマッサージを始めた。白すぎず、程よく日焼けした足が、すぐそこにある。
「ねね、佐藤くんってマッサージ、トクイ?」
「え?いや、どうだろう…」
おばあちゃんやおじいちゃんの肩たたきくらいはしたことあるけれど…。そう考えていると、
「足、マッサージ、してくれないかな?自分じゃうまくできなくって!」
「え、足…?ええええ?!」
僕がイイよと言う前に、本田さんは右の素足をこちらに伸ばして、僕の足の上に乗せてきた。細かな砂粒がくっついたままの、傷のない素足が、すぐそこにある。ぼ、僕がこれをマッサージ、して、いいの、か…!?
「はやくはやくー」
本田さんは楽しそうに、僕のマッサージを待っていた。僕はドッキドキする心を落ち着けて、
「じゃ、じゃあ、いくよ…」
おそるおそる、足の裏に触れてみる。温かかくて、少しだけ湿っぽい足の裏。とても柔らかくて、パンのようだ。
「きゃははは、さ、佐藤くん、くすぐったいよお、もっと強く!」
「あ、ご、ごめん!」
優しすぎたのか、本田さんはいつもは出さないような大きな声で笑っていた。足の指もくねくね、激しく動いている。くすぐるつもりはなかったんだけれど、僕はもっと力を入れて、足の裏全体をもみもみしていく。初めは細かく震えながらくすぐったさに耐えている様子の本田さんも、次第に慣れてきたようで、終わるころにはすっかり気持ちよさそうにしていた。
「ふう、ありがと!じゃあ、反対側も…」
「あ、あのー…」
「はい!」
「ひゃい!」
「すみません、貸し出し、いいですか?」
「あ、は、はい!」
いつからそこにいたのか、カウンターの目の前に、一冊の文庫本を持った生徒が気まずそうに立っていた。もしかして、さっきのあれ、見られてたのかな…。そりゃ、大きな声を出していたから、中にいた人には聞こえちゃっていたかも…。てっきり誰もいないと思っていた…。
「はい、返却は2週間以内にお願いします!」
本田さんは、何事もなかったかのようにテキパキと貸し出し処理をして、その男子生徒を見送った。けれど、頬は赤くなっているのに気づく。気にしているんだろうな…。
「…びっくりしたね」
イスに座った本田さんがつぶやく。
「う、うん、まさか人がいたなんてね」
「気を付けなきゃいけないね、うるさかったかも…」
え、そっち…?と思ったけれど、僕は突っ込まずに、その後はまだ誰か残っているかもしれないから、僕たちは静かに本を読んで過ごしていた。正確には、僕は本の内容がほとんど入って来ず、再びカウンターの奥に伸ばされた本田さんの素足が気になって仕方なかった。
「間もなく下校の時刻です。生徒の皆さんは速やかに下校しましょう」
そんな校内放送が流れ始めて、僕と本田さんはカウンターの席を立った。どうやら、あの男子生徒以外には、残っている人はいなかったみたい。図書室担当の先生に戸締りを任せて、僕と本田さんは図書室を出る。靴箱から上履きを取り出した本田さんは、
「うーん…、佐藤くん、これ、乾いてるかな…?」
そう言って、上履きを僕の方に差し出してきた。え、これはつまり、僕に確認しろってこと…?
「え、えっと…」
「さわってみてよ、まだなんか濡れてる感じがするんだ」
「う、うん…」
いいのかな、いいのかな、と自分に問いかけながら、僕はおそるおそる、本田さんの上履きに人差し指を突っ込んだ。中敷きに触れてみると、確かにまだじっとりとしている。今朝の雨なのか、それとも本田さんの…。
「うん、まだ、湿ってる、ね」
控えめにそう伝えると、本田さんは、
「やっぱり、そうだよね…。ねね、さすがにもう、誰もいないよね…?」
僕は、本田さんの意図をくんで、図書室の外を確認すると、
「うん、誰もいないよ。声も聞こえない」
「よかった。じゃあこのまま帰ろ」
そう言って、上履きは手に持ったまま、裸足で廊下へぴょんと出てしまった。校内を裸足で歩くなんて、テイコウがないのかなと思うけれど、本田さんはペタペタと裸足のまま歩くことをむしろ楽しんでいるようにも見えた。とにかく、気持ちよさそうに歩いている。汚れるのも気にしてないみたい。そのまま、階段を下りて昇降口へ。みんなが上履きや外靴で歩き回るすのこの上を、本田さんは裸足のままペタペタと歩いていった。
「ねね、上靴、ここにおいてて乾くかなあ」
手に持った上履きを靴箱に入れようとして、本田さんがつぶやく。靴箱にはふたがついていて、通気性はそんなに良くなさそう。
「うーん、外に干してた方が乾くんじゃないかな…?」
「だよねー、持って帰って、家で干しとこうかな」
本田さんは納得した様子で、ランドセルからビニール袋を取り出してその中に上履きを入れた。そして裸足のまま、昇降口の外へ出てしまう。え、裸足のまま帰るの!?それはさすがに!
「え、ちょ、本田さん!?」
僕は慌てて靴を履いて、本田さんの後を追う。すると、昇降口のすぐ横の水道のところにいた。濡れた運動靴を、そこに干していたらしい。午後から太陽が顔を出していたから、少しは乾いたのかな?
「良かった、少し乾いてる!」
運動靴の中に手を突っ込んで、安心した様子の本田さん。靴を地面に置いて、軽く足の裏をぺしぺしとはたくと、素足のまま靴に突っ込んだ。靴下は濡れたままだろうし、仕方ないのだろう。
「ごめんね、佐藤くん、またせちゃって!」
「ううん、いいよいいよ。…靴、乾いてる?」
なんとなく気になって、ドキドキしながら聞いてみる。自然に聞けただろうか…?と不安だったけれど、本田さんは何も気にしてないように、
「うん、なんかまだ冷たい気もするけど、だいじょぶだよ!」
そう言って、足をこちらに伸ばす仕草をする。ワンピースに、素足に、運動靴。そんな格好の本田さんはとてもかわいく見えた。
「じゃあね、佐藤くん、また明日!」
「うん、また明日」
家は別々の方向なので、校門を出るとすぐに分かれることになる。ほんとうならもうしばらく一緒にいたかったけれど、こればかりは仕方ない。明日も雨が降ればいいのになと、夕焼けの空を見上げながら、僕は帰路についた。
「あ、佐藤くん、おはよ!」
翌日の火曜日、期待通りにはいかず、素晴らしい晴れ空の下、校門を通ろうとしたときに声をかけられた。登校時間の10分ほど前。僕はふつう、このくらいの時間に来ている。振り向くと、昨日とはまた違った服装に身を包んだ、本田さんが手を振って駆け寄ってきているところだった。黒い無地の半そでTシャツに、紺色のショートパンツ、真っ白なニーハイソックスを履いている。足元は運動靴。無事に乾いたのか、昨日と同じものだ。髪は、今日は後ろで小さく結んでいた。
「おはよう、今日は晴れたね」
「うん、よかったよ!昨日は雨がすごかったもんね」
「これなら、靴も乾くよね」
「うん、この靴も乾いて…あ!!」
本田さんが足を伸ばして運動靴を見せてくれたとき、急に声を上げて立ち止まった。
「どうかした…?」
「私、昨日、上靴、持って帰ったよね…?」
おそるおそるといった風に聞く本田さん。これはまさか…。
「うん、家で干すって言って…」
「うん、干したんだ。家に帰って、ベランダに…」
「そして、それを…」
「わ、忘れて、きちゃった…」
呆然と立ちすくす本田さん。周りをがやがやと低学年の子たちが通っていく。僕は何にも声をかけられなかった。
「わー、どうしよう!?今日もまた、ハダシなの!?」
一瞬、落ち込んでしまったのかと思っていたけれど、それだけでもなくって、本田さんはその状況が楽しそうにも見えた。
「今から、取りに帰る?」
念のため確認してみると、
「ううん、家まで20分くらいかかるからチコクしちゃうよ。とりあえず、いこう!」
心配する僕を置いて、本田さんはすたすたと昇降口の方へ歩いていった。今日もまた、楽しい一日になりそうだった。
つづく