応援してくれる子はかわいい
「あー、もー、またかよ…」
放課後の体育館、俺は一人、バスケットボールをもって格闘していた。相手は高いところに設置されたゴール。高校に入って始めたバスケ。有名マンガを読んで初めて見たけれど、周りは経験者だらけで正直肩身が狭い。レギュラーなんて遠い夢だけれど、少なくとも練習中は迷惑をかけられないので、少しでも上達しようと一人残って練習していた。
「あれー、ゆーくんじゃん!まだやってたの?」
そろそろ帰る準備もしなきゃなと思いながら次のシュートを打った時、体育館の入り口からよく聞く声が響いてきた。振り向くと、俺と同学年でバスケ部マネージャーをしている、籠山珠里が立っていた。
「ジュリか…。そろそろ帰ろうかなってしてた」
「そうなんだ、今日は入った?」
そう声をかけながら、珠里はローファーを脱いでカランカランと地面に置くと、中へ入ってきた。シューズなどないから、黒タイツのまま。窓から差し込んでくる夕陽に照らされて、足先やかかとが透けて見えた。まだ本格的に寒くはないはずだけれど、珠里は早くから黒タイツを履いている。
「ぜんぜん。才能、ないのかなあ」
そう言いながら、俺は体育館の床に寝そべった。かなり汗をかいていて、床の冷たさが気持ちいい。空いた扉から、涼しい風が体を撫でていった。
「才能なんて、ある人の方が少ないよ。だいじなのは、努力だよ!がんばらないと!」
タンタンとタイツの足を鳴らして近づいてきた珠里は、俺の頭の上にしゃがんだ。中が見えないように、スカートはしっかり足の間に挟んでいた。横を向くと、すぐ目の前に黒タイツに包まれた足先とひざがあった。俺は少しばかりドキドキしながらそこから目をそらす。手を伸ばしたい衝動に駆られるが、自制心が抑えてくれる。
「わかってるんだけどさー、でもさー」
「ほらほら、見ててあげるから!入ったら、今日は終わりね!」
そう言って、珠里はぱっと立ち上がると、床に転がっていたバスケットボールを手に取った。そして、
「えいっ」
そう声を上げてボールを投げ上げた。放物線を描いてゴールに向かって、そのままネットを揺らした。
「やったっ!みた?みた?」
スカートをひらひら、ポニーテールをポフポフさせながら、ぴょんぴょん飛び跳ねる珠里を前に、俺はぼうぜんと、こちらに転がってきたボールを見つめていた。あんなに入らなかったのに、たった一回で…。
「ど、どうして…」
俺は立ち上がって珠里に聞いた。
「えへへ、中学の時バスケ部でさ。高校に入ったら、勉強しなきゃって思ってやめちゃったんだけど、でもバスケ、好きだからさ、マネージャーならいいかなって」
「そ、そうだったのか…」
「レギュラーでけっこうがんばってたんだよー。まだまだ、体は覚えてる!」
これはいよいよ負けていられない。俺はボールをまたつかんで、ゴールの方を向いた。先輩から教わった姿勢で、目線を合わせて、ボールをかまえる。そして力みすぎないように、ゴールへ向かってボールを放つ。
ガチャン。
「あー、おしい!」
いける!と思ったけれど、そのボールはゴール手前がわのネットにひっかかって、床へ落ちた。俺がそれを取りに行こうとすると、先にパタパタとジュリがボールを取りに行ってくれた。
「こっちで待ってるからさ!どんどん打ってよ!」
「…おっけ!」
時間もそんなに残っていないし、せっかくジュリも手伝ってくれる。一度くらいはゴールして帰らないと、もやもやする。俺は近くに準備していたバスケットボールをゴールへ向かって打ち続けた。あちこち飛んでいくボールを、ジュリは的確にキャッチして俺の方へ戻してくれる。
「あー、くそ!」
何本打っただろう。腕が疲れてきて、一度休憩をはさむことにする。惜しいときはあるけれど、いまだ一度もシュートは決まらないままだった。体育館わきにおいていたスポーツドリンクを飲んでいると、その横でジュリが何やらごそごそと動いていた。
「…ちょ、なにやってんだよ…」
「だってー、暑くなっちゃって!」
俺のいる前だというのに、ジュリは立って、黒タイツを脱いでいるところだった。スカートの裾をガサゴソとして、グッと一気にタイツを下ろす。そして右足、左足と、丁寧にかつ素早く、タイツを脱いでしまった。露わになった素足は、どことなく赤くなっているようだった。
「あー、床、冷たい!」
気持ちよさそうに、足の指をくねくねと動かすジュリ。脱いだタイツは床の上に置いて、ペタペタと足踏みをしている。
「タイツのままだと滑って危なくなる時があったんだよねー。これならだいじょぶそう!」
俺はそんなジュリの素足についつい見とれてしまい、スポーツドリンクが変なところに入ってしまって、むせてしまう。
「ちょ、ゆーくん、大丈夫?」
「ガフ、ゴフ、あ、ああ、うん、ちょっと変なとこ入った…」
「あはは!じゃあ、再開、しよっか!」
「お、おう!」
落ち着きを少しばかり取り戻した俺は、またシュートライン上に戻った。ジュリが並べてくれたボールを、一つつかんでゴールへ目を向ける。そしてその下には、黒タイツを脱いで素足になったジュリが待っていた。…いや集中できないんだけど!ゴールへ目を向けて、そしてジュリ(の足)へ目を向けて…。なかなか定まらない…!
「ちょっとー、どーしたの!はやくはやく!下校時間になっちゃうよ!」
「わ、わかってるよ!」
ええい、どうにでもなれ!俺はもうどこへ視線を向かわせればいいかわからないまま、とにかく上の方へシュートを放った。どうせまたゴールの音は聞こえない、と思ったけれど、
ばふ。
「わ、やった!やったよ、ゆーくん!」
「まじかよ…」
俺のはなったボールは綺麗に、放物線を描いて、ゴールへ一直線に飛んでいった。ゴールから落ちてくるボールをうまく受け止めたジュリが、ペタペタと駆け寄ってくる。
「よかったね!きれいなシュートだった!」
「さ、さんきゅ…」
俺はまだこの事実を受け入れることができなかったけれど、入った、ということはなんとなくわかって、ジュリと一緒に片づけをするうちに、嬉しさがこみ上げてきた。
「入った、んだよな…」
「ん?そーだよ!入ってた!」
「入ったよな!」
「うん!」
体育館倉庫のカギを教官室へ返して、更衣室で着替えを済ませる。体育館の出口へ向かうと、ジュリはまだそこで待っていてくれた。
「おつかれ!はい、これ!」
「え、なんで…」
ジュリから手渡されたのは、キンキンに冷えたスポーツドリンクだった。
「初シュートの、ごほうびだよ!飲んで飲んで!」
どうやら着替えている間に自販機で買ってきてくれたらしい。こんなの、ドキドキせずにはいられない。
「あ、ありがと…」
俺はジュリを見ることができずに、顔を背けてお礼を言った。
「あれあれ?照れてる?ゆーくん、照れてる?」
「そ、んなんじゃねえよ!」
そう言って、キャップをひねって一気にごくごくと飲んでいった。けれど途中でまたむせてしまう。
「あはは!ゆっくり飲みなよー」
スポーツドリンクを飲み干した俺は、道具と通学用のカバンを持って外に出た。まだ日は出ているのか、完全に真っ暗って程ではない。ジュリの方を向くと、一つ気づくことがあった。
「あれ、ジュリ、タイツ…」
ジュリはさっき脱いだタイツを、まだ履いていなかった。素足のままで、ローファーを履いているようだった。いや、スニーカーソックスでも履いてるのかな…?
「あ、これ?履きなおすのめんどくって!今日はもういいかなって!」
そう言って、ローファーを脱いで見せてくれるジュリ。現れたのは、何も履かない、素足だった。まさか見せてくれるなんて。想像以上の行動に、また俺はむせてしまった。
つづく




