漫言ばかり
「というわけで、美晴さまは一族もろとも惨たらしい方法で処刑されたそうです。雨音さまは美晴さまに取って代わって第一位の妃に。雷火さまは美晴さまとの共犯を疑われましたが、結果的に利用されていただけらしく厳罰は免れたようです。まぁ後宮を追放されてしまったので決してお咎めなしではなかったのですが……」
「私が聞きたいのはそういうことではない! 妃さま殺しの犯人を突き止め後宮入りも果たしたのだろう? 何か褒美や報奨をいただかなかったのか、帝に気に入られるようなことはなかったのかということを聞いておるのだ!」
霧絵殺害の謎が解かれて、後宮が大騒ぎになった後。花の後宮入り後、初めてとなる面会で花の兄はそればかり気にしている。
「人の口に戸は立てられぬ」という言葉がある。人は何か事件があるとそれを口外せずにはいられない。むしろ、「この話を内密に」と言われれば言われるほど第三者に話をしてしまうことが多いのだ。よって後宮で起きた一連の出来事は少なからず人々の間に知れ渡り、花の兄の耳にも入ってきていた。
「兄上はひどい方ですねぇ。妃になった妹に面会の申し込みが来たかと思えば、そんな損得勘定の話しかしないだなんて……少しは私の心配をしてもらってもいいのではないですか?」
「お前こそ、これだけの大事になって少しは危機感を持たんのか! 母上は話を聞いて寝込んでしまったし父上は自害する準備までしたのだぞ! だというのにお前は漫言ばかり口にしおって、後宮を何だと思っておるのだ!」
「お言葉ですが兄上、今の私の名前は『風花』でございます。『お前』呼ばわりはできるだけやめてほしいものです……まぁ、ねねさんの尽力があって楽しい後宮暮らしを満喫してはいますけどね」
言いながら花――もとい、風花は自分の名前が書かれた白い札を見せつける。その隣で黙って控えていたねねも、ここぞとばかりに口を挟んでくる。
「恐れ入りますが、風花さまの仰る通りでございます。白雪さまの遺言に気づき、その無念を晴らしていただけたのは大変ありがたいことで……私は風花さまに、とても感謝しているのです」
言いながらねねは懐から、桜の髪飾りを取り出してみせる。それはかつて白雪から霧絵の手に渡り、警備隊の様々な調査を経て最終的に風花が「今回の謎を解いた自分が受け取るべきだ」と主張したあの髪飾りだった。そこに、小さな文字が書かれているのを指さしながら、ねねは風花の兄に説明をしてみせる。
「『永久なくて春に散らさる深雪は彼の地を離れ遠きに溶けゆき』。『永久なくて』は『問わなくて』、『春』は美晴さまの『晴』にかかっている。『深雪』はもちろん白雪さまのことで、『彼の地』とは帝がいらっしゃるこの後宮のこと。つまり自分が美晴さまの手によって後宮を追い出されてしまうがそれを罪に問うことができない……という無念を語った歌だと、風花さまは教えてくださいました」
加えて風花が指摘したのは和歌の最後、「溶けゆき」の部分。「溶け」は「解け」、「ゆき」は自らの名前である白雪とかけていて、「誰かに自分の死の真相を解き明かしてほしい」という願いも込めていたのではないか――その推測を語ることなく、ねねはその桜の髪飾りをぎゅっと握りしめる。
「ただしこれは裏側に書かれているので、着けている人間にしか見ることはできません。白雪さまは霧絵さまにこれを見てもらい、美晴さまの罪の告発をしてもらいたかったのでしょうが……霧絵さまは、それを目先の利益のためにしか使えなかったようですねぇ」
残念です、と告げる風花はその表情に感情を浮かべることはない。ただいつも通り、何を考えているかわからないような顔をしているが――それは後宮の妃として最適解なのかもしれない。自分の感情を隠し、「後宮の一員」として良くも悪くも目立たず適当に過ごしていく。それが風花の本来の役目であり、今回の事件はあくまで「異例」なのである。
だが、風花の兄はそんな彼女を急かすように話す。
「それで、肝心の帝はどうなのだ? お前を気に入ってくださったのか? 上手く事が運べば、次の帝の母になることも――」
「あぁ、帝なら私の銀髪を一目見た後『おぉ、本当に銀色なのか』と驚いただけで私には会っていません。今はもっばら雨音さまに夢中のようで、雨音さまもまんざらではないようですよ」
「っ花! いや、風花! それじゃあお前が後宮入りした意味がないじゃないかぁぁぁっ!」
他人事のように語る風花に、風花の兄は堪えきれなくなったようにそう叫ぶ。その声は後宮にこだまし――葉桜となった桜の木から、葉っぱが一枚はらりと落ちるのだった。