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花の思案

「花さまの仰る通り、この後宮にはかつてもう一人お妃さまがいらっしゃいました。『白雪さま』との名を賜ったその方は、雷火さまと霧絵さまの間に位置する妃さまでしたが特に帝の寵愛を受けていらっしゃったようで……公の場に現れる時はいつも、帝からいただいた桜の髪飾りを着けておられました」


 剣呑な茶会が終わった後。

 花をへりくだった物言いで、しかしはっきりと「口の利き方には気をつけろ」と注意したねねはどこか不安げな表情でそう語る。彼女とてこの後宮にいる以上、他人事ではいられないのだ。それだけこの場所は女の愛憎が入り乱れている、何が起こるかわからない場所である。その闇に自分の主である少女が食い殺されてしまわないか、心配してくれるらしいねねは暗い面持ちで話を続ける。


「その髪飾りは他の妃さまたちが身に着けるそれよりも一際豪華で、日の光を当てるとそれはもう眩しいくらいに輝いて……白雪さまはいつもその髪飾りを他の妃さまに自慢していたのですが、白雪さまがご病気で亡くなられたのをきっかけに霧絵さまへと譲られたそうです」


「んー、なんだかおかしな話ですねぇ。帝からいただいた高級な贈り物を、他の方に譲る……まして髪飾りのように、持ち主が直に触れるものを赤の他人に渡すなんて普通は考えないはずです。霧絵さまはそれを、大人しく受け取ったのでしょうか?」


「はい、もともと妃さまたちの中では白雪さまと霧絵さまは比較的、仲が良かったようですので……それ以降、霧絵さまはずっとその桜の髪飾りを着けるようになったのでございます」


 とはいえ、そう話すねね自身もどこか不自然さを感じていたようだった。

 古今東西、女の装飾品に纏わる怪談は数多く存在する。「美しい宝石を散りばめた首飾りが、持ち主をどんどん不幸に落としていった」「婚約者の指輪を投げ捨てた男が、指輪の怒りを買い酷い目に遭った」……いずれも「持ち主が直に触れるものには、それだけ持ち主の念が宿りやすい」という考え方を前提としたものばかりだ。特に髪に関するものはそれが顕著で、「櫛は『くし』が『苦死』に繋がるため持ち主の負の感情が籠っている、だから貸し借りや落としたものを拾うといったことも絶対にしてはならない」と言われているほどだ。だが白雪と霧絵は、互いにその禁忌を破った。それが今回の悲劇に繋がったかどうかは定かでないが、花はじっと考え込むように床を見つめる。


「霧絵さまはいつまでご存命だったのでしょう? 例えば昨晩、もしくは早朝などに彼女の姿を見かけた方はいらっしゃらないのでしょうか? また霧絵さまがお亡くなりになったと思われる時間に、他の妃さまたちは何をしていたのでしょう? 誰か、ご存知の方はいらっしゃらないのでしょうか?」


「昨晩、霧絵さまは美晴さま、雨音さま、雷火さまとお茶をお飲みになりました。その時も、変わったお茶をお飲みになって四人とも舌鼓を打っていたのですが……自室に戻ってからのことは、把握しておりません。霧絵さまお付きの女官も今は警備隊の監視下にあるため、霧絵さまがいつ頃亡くなったのかはまだわからない状況にございます」


 ねねの言葉に、花は「なるほど」と相槌を打つ。

 実情がどうであれ、この後宮で妃たちは表向き平和を保っていた。それは帝が訪れる場所で凶行に及べば、死かそれ以上の重罪を与えられるからに他ならない。例え自分が無実であっても、平和を乱す「何か」があれば自身の破滅にも繋がるのだ。だから妃たちは胸の奥に黒いものをしまい、笑顔でその場を取り繕ってみせた。私たちは後宮の一員だ、仲間だ。そう牽制しあいながら、仮初めの平穏を維持し続けていたのだ。


「しかし、霧絵さまの遺体が見つかった時はひどく大騒ぎになったでしょう? ねねさんは、霧絵さまの亡骸はご覧になりましたか?」


「はい、私はちょうど花さまを迎える準備のため早朝から駆り出されておりましたので。『霧絵さまのこのお姿を、他の妃さまに見せるわけにはいかない』と命じられてその痛ましい姿を間近で見ることになりました。唯一の救いは、首に痕があったもののあまり苦しんだ様子が見られなかったことでしょうか……白雪さまから受け継いだ、桜の髪飾りと合わせてか桜の文様が入った寝間着姿をお召しになっていまして。それがとってもお似合いで、本当にお綺麗で……私はただただ、残念です」


 後宮にいる妃たちは毎晩、帝が自分の元に訪れるのを待つべくこぞって寝間着を華美にする。それで帝の心を射止め、毎晩通うようになれば占めたものだ。霧絵も、そして白雪も同じように着飾っていそいそと帝を待っていたのだろう――自分たちを迎えに来たのは帝ではなく、死神であるとも知らずに。


「……ところでねねさん、いくら私付きの女官だからとはいえなんでそう熱心に色々なことを教えてくださるのです? あなたにとって私は『髪の色が珍しいから』というだけでのこのこやってきた、単なるよそ者でしょう? 別に、黙っていても問題ないのではないでしょうか?」


 花の素朴な、しかし当然の疑問にねねは不安げな様子で唇を開いては閉じた。そうしてしばらくの逡巡のあと、ねねは神妙な顔つきで言葉を紡ぐ。


「実は、私はもともと白雪さまにお仕えしていた女官でございます。白雪さまは私たいそう可愛がってくださり、私もまた白雪さまに忠誠を誓っていたのですが……その白雪さまが亡くなり、次は霧絵さま。私は自分が弱い人間だとは思っていませんが、だからと言ってもうこれ以上、妃さまが死ぬところを見たくはないのでございます……」


 ねねの言葉を聞いた花は、沈痛な面持ちで彼女を見つめる。

 死は生物にとって避けられぬ運命だが、それを言伝でしか知らないのと間近に見るのとでは雲泥の差がある。まして本来なら自分の娘にあたる年齢の少女たちが、理不尽な死を与えられるのには形容しがたい苦しさがあったはずだ。それを突き付けられた花は、それまでのどこか飄々とした物腰から急に真剣な表情を見せねねに話す。


「ねねさん、霧絵さまや白雪さまのこと、もう少し詳しくお聞きして良いでしょうか?」


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