後編
「じゃあユウトくん!推理してみよう!」
ユウトはサツキの言葉に大きく頷きました。
「まずは、お花見してたベンチね。その時は大切な袋をハルくんが持っていたの?」
「ううん。ハルくん足が疲れたって、もう持たないって言ってたから、僕がまた持ってあげてたの」
「そっか、じゃあぬいぐるみはその花見の前に落としてしまったのかも。トイレに行った時はどうだったの?」
「草むらでするって言ってたから、僕が荷物を持って、手をね?こーんな風に大きく広げて皆んなに見えないようにしてあげてたの」
ユウトは腕を目一杯に広げてその様子を再現して見せます。
「その時、袋はユウくんが持っていたの?」
「うん!そうだよ!ずっと持ってたよ」
「?それじゃあ、いったい、いつからいつまでハルくんが袋を持っていたの?」
「おばあちゃんとバイバイしてから、よっちゃん兄ちゃんと会うまでかな?ハルくん、お兄ちゃんに会った途端、荷物をバンバン振り回すから、僕注意したの。で、タオルとか落ちそうだったから、僕がそれからずっと持っていたんだよ」
「その時は袋の中身は確認したの?」
「ううん。僕もよっちゃん兄ちゃんとのお話夢中だったから…。五人も赤ちゃんができたって聞いてびっくりしてしまって…見てないの…」
確かに五子なんて珍しい。私もその場にいたらビックリして”おつかい”どころではなくなるかも…、そう思いサツキは優しくユウトの頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「今の話をまとめると、ユウト探偵はどこにぬいぐるみが落ちてしまったと思う?」
「うーん。よっちゃん兄ちゃんと話したところとか?」
「私もそう思うわ。一度戻って確かめてみよっか!」
***
「ないね〜」
ユウトたちがよっちゃん兄ちゃんと出会ったところにまで戻ってきました。ユウトの言葉を信じるのなら、きっとこの場所で落としたに違いありません。しかし残念なことに、この薄紅色の絨毯の上には小さなウサギのぬいぐるみなんて落ちてはいませんでした。それでも、ユウトは今にも泣きそうな顔で服を花びらや土埃で汚しながら未だ探し続けています。
事情を話してパパに謝ったほうがいいのではないか、サツキの心が折れかけていた時でした。
「あれ?ユウくん?おつかいは終わったの?」
後ろから声が聞こえて二人は振りかえりました。
「よっちゃん兄ちゃん!」そう言ってユウトはその声の主まで走り寄ります。「パパが作った大事なぬいぐるみを落としてしまったの」
ユウトの前には、高校生くらいのお兄さんと大きなゴールデンレトリバーのワンちゃんが立っていました。どうやらお散歩中のようです。
「もしかして、ウサギのぬいぐるみ?」よっちゃん兄ちゃんはそう言って、手に持っていたビニール袋から土で汚れてしまったぬいぐるみを取り出します。「ワンちゃんがずっと咥えてたんだ。誰かの落とし物だとは思ったけど、ユウくんのだったか!」
ユウトはよっちゃん兄ちゃんの手に乗っているそれをみて満面の笑顔を浮かべました。そう、それだったのです。少し土に汚れてしまっているけれど、探していたパパの大事なぬいぐるみ!
「ありがとう!!!」歓喜の声をあげ、手を伸ばした時…、
「ワン!」
「「「あー!!!」」」
あろうことか、ワンちゃんがそのぬいぐるみを咥えてしまいました。三人の悲痛な叫びにハルトは目を覚まし、目の前のワンちゃんにキャッキャっと大喜び。
ユウトは反対に泣きそうな顔をしてそれを見つめていました。せっかくパパが丁寧に作ったぬいぐるみ。ワンちゃんがまた咥えてしまったから、ぬいぐるみの端の方の糸がほつれ、中の白いワタが少し見えてしまっています。
ユウトはとても悲しくて悲しくて…。ギュッとサツキの袖を掴み、涙を必死に堪えていました。
「ごめんね、ユウくん。ワンちゃんが壊しちゃったみたい。直るかな?頑張って明日までには修理するから!!!」お兄さんは眉をこれでもかと下げて、申し訳なさそうに何度も何度も謝ります。
今赤ちゃんに必要なのに…。ユウトはずっとずっと我慢していた目元から、とうとう大粒の涙を一筋流してしまいました。
「五人の赤ちゃんってワンちゃんの赤ちゃんだったのね」サツキの納得したかのように手を顎に添えてうんうんと頷きます。そしてある考えが閃いて、ユウトの涙をそっと優しく拭い、次のように続けます。
「素敵なぬいぐるみだったから、もしかするとワンちゃんも、生まれたばかりの赤ちゃんに見せてあげたかったのかもね…」
サツキの声を聞いて、ユウトはお兄さんを見上げ「そうなの?」と尋ねます。その目はまだウルウルと潤んでいました。
「この子はパパだから、ママと違って赤ちゃんにお乳はあげられないんだよ…。お姉ちゃんの言う通り、何かしてあげたかったのかもしれないね…」
「そっか…ワンちゃんパパだったんだね…」そう呟くと、ユウトは何かを思いついたのか、はっ、とした顔つきになりました。すっかり涙も引っ込んでいるようです。「ワンちゃんの赤ちゃんにも必要なのか…。五人だったよね!ちょっと待ってて!」
そう叫んでユウトは走っていってしまいます。サツキはビックリして、ワンちゃんと遊んでいるハルトをお兄さんに託して、ユウトを急いで追いかけました。
***
ユウトが急に家に帰ってきたものだから、おばあちゃんが目をまん丸にして、驚いていました。サツキが身振り手振りに簡潔に説明すると、その大きく開いた目をまた細く閉じて、「ユウくんもさっちゃんも優しいね〜」と感心します。
お家に戻ったユウトは何かを箱から取り出すと、大事そうに抱えなおし、またサツキの腕を引っ張ってよっちゃんお兄ちゃんの元へ駆け戻りました。
「僕、推理してみたの!」息を途切らせながら、ユウトはよっちゃん兄ちゃんに続けます。「僕んちの赤ちゃんにも必要なら、きっとよっちゃん兄ちゃんのところの赤ちゃんにも必要だよ!一つはワンちゃんが持っているから…。はい!喧嘩しないように、みんなに一つずつ!」そう言ってお父さんの失敗作の四体のぬいぐるみを渡しました。
その行動にすっかり驚いて、よっちゃん兄ちゃんとサツキはお互い目を見合わせます。
「ありがとう」
そう明るい声でお兄さんがユウトに答えると、ワンちゃんも尻尾を大きく振りながら喜び踊り始めました。
「でも、ユウくんの赤ちゃんの分はどうしよう?」
「大丈夫!」
ユウトはニカっと笑って手提げ袋をポンポンと叩きます。
「じゃあ、解決したところで、病院にみんなでいこう!」
***
病院につくとサツキはお兄さんとワンちゃんと一緒に下で待っていると二人に告げます。だって、今回は二人のおつかいだもの。最後は二人で終えないと。
サツキの提案にユウトはもう不安げな顔を一切しませんでした。ここからは僕の大仕事だ!頼もしい顔つきでハルトを引っ張ってお母さんの元へと駆け足で向かっていきます。
病室にはお母さんとお父さん、そしてすやすやと眠っている赤ちゃんがいました。ハルトはお母さんの姿を見て涙を流しながら抱きつきます。
「二人ともおつかいありがとう。ユウトもおいで?」
土埃で汚れたユウトにお母さんは優しい笑顔を浮かべ手を広げますが、ユウトは駆けていきたい衝動を抑えて、おつかいの袋の中を探ります。そして、その中から耳が長くて、お目目の位置があべこべな、正体の分からないぬいぐるみを取り出しました。それは、パパが一番最初に作ったぬいぐるみでした。
「パパが一生懸命作ったウサギのぬいぐるみだよ!赤ちゃんにプレゼント!」
ママもパパも何故ユウトがそのぬいぐるみを持ってきたのか理解ができず、少しの間困惑していました。が、すぐに「ありがとう」と微笑んで、ユウトの頭を撫でて褒めてあげます。
「お兄ちゃんから赤ちゃんに渡してあげて?」
ママの声にユウトは赤ちゃんの小さなおてての横に、そのぬいぐるみをおいてあげます。
「赤ちゃん小さいね」
「赤ちゃんかわいいね」
ハルトも赤ちゃんをのぞき込んで二人一緒に感想を述べます。
「名前をね迷っているの…。二人はどっちがいいと思う?ハルナちゃんかサク…」
ママが二人に質問したときでした。開かれた病室の窓から温かな風に乗ってバイオリンの音が聞こえてきます。あれ?このちょっと下手っぴな音は…もしかして…
「さっちゃん!」
パパはそう叫んだユウトを抱き上げました。
「やっぱり!パパもそう思っていたんだよ!」
急に身長が伸びたユウトの目には、病室の窓から可憐に咲き誇っているピンクのお花たちが見えました。
「そうね。”さくら”にしましょうか」
ユウトはバイオリンの音がサツキのものだと推理しただけだったのに、赤ちゃんの名前がそれで決まってしまってびっくりしています。
でも、いっか!
満開の桜並木を見つめながら、ユウトはパパの背中をぎゅっと抱きしめ返しました。
あら?パパの肩に桜の花びらが数枚くっついているではありませんか。
そっと一枚優しく掴んでそれをおばあちゃんのお土産にしたのは、ここだけのお話です。
ご入園、ご入学、ご入社された皆様、
おめでとうございます。
新たな生活に少しでも栄光がありますように♡