前編
長くなってしまったので、
前編後編で分けていますが、
絵本のような作風に仕上げておりますので、
ぜひサクサクとお読みくださいm(_ _)m
「どうしよう?」
桜吹雪の中、弟のハルトと手を繋いでいるユウトは、目に涙をいっぱい溜めて困っていました。
ーーー数刻前
「赤ちゃん、無事に生まれたって!」
我が家はおばあちゃんの報告で、盛り上がっていました。
「ユウくんも、ハルくんも、お兄ちゃんになったよ!」
「ぼく、もうお兄ちゃんだよ?」ユウトはおばあちゃんに口を尖らせてそう言います。「もうすぐ小学生だし、ぼくは何でもできるんだ!」
「そうね、もうお兄ちゃんだったね。じゃあ、ひとつ進化して、おっきなお兄ちゃんだね」
おばあちゃんは微笑んでそう答えます。
「違うよ、”おっきな”は、大きな人に使うんだよ。ぼくはお兄ちゃん2(ツー)なんだ!」
「ツー!ツー!」弟のハルトは、お兄さんの回答に手を叩いて相槌を打ちます。
「じゃあ、おばあちゃんから、赤ちゃんのお兄ちゃんたちに、はじめてのおつかいを頼んでもいい?」
その提案に、ユウトは目をキラキラさせます。なぜなら、ずっと”おつかい”をしてみたかったのだから。テレビの向こうの子供たちは皆んなしていたのに、自分だけなかなか母親から許可が降りなくて、すごくすごく羨ましい思いをしていたのです。
「いいよ!何をするの?」もちろん答えは二つ返事。
おばあちゃんは笑顔で頷き、一つの小さな手提げ袋をユウトに渡します。
「タオルを持っていってほしいの。このタオルがないと、お母さん困るから…、おつかいしてくれる?」
その袋の中には数枚のタオルが入っていました。ママの大好きなワンちゃん柄のタオルも入っています。確かにこれがないと、お母さんは心細いかもしれません。
「あとね、お父さんの忘れ物も持っていってほしいの」
そう続けて、手のひらサイズのウサギのぬいぐるみも袋から取り出しました。それはパパが新しい赤ちゃんの為に、毎日動画を見ながら作っていたもの。ユウトはよく知っていました。なぜならそれは六体目のぬいぐるみで、一番出来が良いとパパが喜んでいたものだったから。
「まかせて!もう何回も病院に行ってるから、道分かるよ!」
病院までは家の前の河川敷をずーっとずっと、よっちゃんお兄ちゃんの家の方角に歩いていくだけ。簡単です!
けれども、おばあちゃんは、不安そう。「本当に二人だけで大丈夫?」
「大丈夫!おばあちゃんに、お土産持って帰ってくるね!」
なんとか安心させたくて、そう意気込んでいたのに………。
ーーー現在
薄紅色に染まる桜の並木道の真ん中でユウトは怒っていました。
手提げ袋中にはお母さんの大好きなタオルは入っていますが、パパの作ったウサギのぬいぐるみはどこを探しても見当たらないからです。
「ハルくん、泣かないで!どこにやったの!」
ユウトはハルトが犯人だと確信していました。なぜならユウトはずっと手提げ袋を大事に大事に胸に抱えていたので、中のものを落とすはずがなかったからです。ただ、ハルトが泣いて縋るものだから、少しの間弟にもその袋を持たせてあげていました。きっとその時に落としたのでしょう。ユウトはハルトに怒りながら、自分の注意不足に激しく後悔していました。
一方でハルトはというと、兄の怒った声に肩を震わせて泣きじゃくっていました。泣きたいのはこっちのほうだ!パパの大事なぬいぐるみをなくしやがって!そんなユウトの心の声を知ることなく、それはそれは大きく響き渡る声で…。
「ハルくんがなくしたんでしょ!もう!どこにやったの!」
ユウトは弟が泣くだけで欲しい答えを返してくれないことは分かっていました。でも、パパの大事なぬいぐるみを自分たちが無くしてしまったと認めたくなかったのです。
「二人ともどうしたの?」
桜が舞い散る中、よく知ったお姉さんが声をかけて来ました。ユウトたちのお隣に住むさっちゃんです。ちょっと下手っぴなバイオリンの練習をいつもしているおっきなお姉ちゃん。今日も練習に行っていたのか、はたまたその帰りなのか、背中に楽器の荷物を背負っていました。
「おにいちゃんがいじめるの」ぎゃんぎゃん泣きながらハルトはさっちゃんこと、サツキの足元に抱き着きました。サツキはそんはハルトをよいしょ、と言いながら抱き上げます。
ユウトはそんな弟に怒りの目を向けました。自分だってさっちゃんに甘えたいのです!「ハルくん!どこに落としたのか早く言って!!」嫉妬心を掻き消すように、さらに大きな声でハルトに怒鳴ります。
「さっちゃーん。お兄ちゃんがおっきな声出すよー」
早くママの元へ届けに行きたいのに…。はじめてのおつかいなのに…。情けなくて、情けなくて…。ユウトの目にも、涙が溢れ出してきました。でも、それを零さないように必死に目に力を込めます。だって、お兄ちゃん2(ツー)なんだもの。もう小学生になるんだもの。
喚き散らしているハルトをヨシヨシとあやしながら、サツキは冷静に考えていました。話の流れ的に何かを無くした、ということは想像に難くありません。どうしたら、二人がケンカをせずにその落とし物を探せるか…。一生懸命頭を働かせます。
「そうだわ!」サツキは昨日の夕方に見ていたあるテレビアニメを思い出しました。「ねぇユウくん?もう小学生になるのだから、カッコ良く、どこに落ちてしまったのか推理してみない?」
「すい…り?」
「そうよ、ここまでどうやって来たのかを思い出して、落とした場所を推理するの!難しいお仕事だけど、おねえちゃんが助手になって一緒に協力するわ」
「??」
「ユウくんは今からカッコいい探偵さん。お姉ちゃんはそんなユウくんの助手よ。ユウくんにはまだ早いかしら?やれそう?」
「できるよ!僕はツーなんだよ、ツー!」
サツキはユウトのツーの意味が理解できませんでしたが、こうしてサツキはユウトと一緒になって落とし物を探し始めることになったのです。
***
「では、ユウト探偵!この道までどうやって来たか教えてください」
「まずね、お家からこの道の入り口までは、おばあちゃんが送ってくれたの」
サツキは頭の中に地図を思い浮かべます。ユウトとサツキの家はこの並木通りのすぐ裏手。ですが、この河川敷に入るまでには小さな信号を一つ渡らねばなりません。きっとユウトの祖母は、車の往来が心配でそこまで二人を見送ったのでしょう。
「それで、二人でおててを繋いで歩いてたら、ハルくんが急に僕が荷物持つってぐずったの。僕のお仕事だけど、ハルくんが泣き止まないから、絶対に落とさないでね、って言って渡してあげたの」
「お兄ちゃんしてるじゃない!偉いわ!」
「当たり前だろ?」サツキの褒める声に少しぶっきら棒に返すのですが、その口元はニヤリとほくそ笑んでいたのをサツキは見逃しませんでした。
かわいいやつめ…。サツキは聴収を続けます。
「それで二人はずっとここまで歩いてきたの?」
「そうだよ。でも途中でよっちゃん兄ちゃんと会ったの。あ、よっちゃん兄ちゃんのところにも赤ちゃん生まれたって言ってたよ。五人だって!」
手のひらを大きく広げるユウトにサツキは目をまん丸にして驚きましたが、今はよっちゃん兄ちゃんは関係ありません。そっか、すごいね、と受け流しました。
「じゃあ、それからずーっと歩いて来たの?」
「ううん。途中で疲れたってハルくんが言うから、座ってお花見てたの」そう言って、上に咲き乱れている桜を指差します。
「ということは、おばあちゃんとバイバイしたあと、よっちゃん兄ちゃんと会って、お花見して、で、無くしているということに気がついたの?」
「ううん。その前にハルくんトイレっていうから、こっそり茂みでしたの。内緒だよ」
しーっと指を立てて、ヒソヒソと内緒話のようにサツキに伝えます。
「じゃあ、おばあちゃんとバイバイして、よっちゃん兄ちゃんと会って、トイレに行って、お花見した後に、無くしたことに気付いたの?」
「うん」
サツキに抱かれているハルトは泣き疲れてしまったのか、ぐっすりと寝てしまっていました。