繋がった線が予期せぬ結果を生むこともある
「よっしゃ!
学校が見えた!」
「長かったなぁ~」
「つ、疲れたね」
「おい!
そろそろ静かにしろよ!
学校には夜勤の警備員さんもいるんだからな!」
光彦、優太、浩平、隆の4人は、ようやく自身の通う高校にたどり着いた。
音を立てないように、静かに校門をよじ登る。
時刻はすでに21時を回ろうとしていた。
真冬の容赦ない寒さが4人を襲うが、彼らはそんなことを感じていないかのように、夜の学校を忍び走る。
校門を抜けると、右に校舎、左に校庭。
受付兼警備員室があるのは校舎の手前すぐ。
彼らはそこにいるであろう警備員に見つからないように、ゆっくりと、だが、なるべく早く、左回りで、壁沿いに進む。
出来ることなら、22時には家路に着きたい。
そうなると、電車を使った帰宅時間を考慮に入れると、残された時間は30分ほどだった。
それでも、見つかればいっかんの終わり。
彼らは慎重に、学校のフェンスに沿うように生えた、背の高い木々に身を隠しながら進んだ。
「よし、校庭をはさんで、校舎の時計の真向かいの木。
この辺りだ」
光彦が声のトーンを落としながら話す。
「えっと、たしかこの辺に……あった!」
浩平が木々の隙間に隠された大筒を見つける。
「は、早くセットしないと」
隆が慌てた様子で周りをキョロキョロしている。
「まあ、そんなに焦るなよ。
焦ると、良い仕事ができない。
冷静に急げ。
それがじいちゃんの口癖だ」
優太が祖父譲りの職人顔を覗かせると、4人は道具一式を持って、校庭の中央までひっそりと歩いた。
「ふぁ~あ」
その頃、警備員の義之は見回りを終え、休憩がてら、夜食のカップラーメンを食べ終えて、眠気がピークに来ていた。
学校には、校門や校舎の入口を見張る監視カメラがついていた。
そしてそれは、警備員室から見ることが出来る。
しかし、食べ終えたカップラーメンを片付けている時に侵入してきた4人の少年を、義之は見逃していた。
そして、校庭の中央を見張る監視カメラはない。
つまり、義之が少年たちの侵入を見逃した時点で、彼に少年たちの行動を止めるのは不可能だったのだ。
校庭で少年たちが花火の打ち上げ器具を設置しているとは露知らず、義之は眠気と戦いながら、父親の許に戻るか否かを考えているようだった。
「……やっぱり。
せめて、何かしらの成果は必要だよなぁ」
義之は、父に頭を下げるにしても、何らかの手柄をあげてから、と考えていた。
「でも、そんなの都合よく現れるはずもなく」
そして、義之はため息を漏らし、巡回日誌の『異常なし』の項目にチェックをつけていったのだった。
「すーはー、すーはー」
翔子は謝罪相手である耕三の自宅前で、何度も大きく深呼吸をした。
「落ち着けー、落ち着け、片山翔子。
第一印象が大事よ。
え~と、申し訳なさそうな、でも、演技くさすぎない顔で、出来れば、ほのかに口角を上げる。
……って、そんなん無理よ」
翔子は営業部から教えてもらった、ファーストコンタクトの心得を思い出しながら顔を作ろうとしたが、普段から勝ち気な翔子には到底、不可能に近いことだった。
「……うん!
女は度胸!
うっしゃ!
いくぞ!」
結局、翔子は自分で自分に気合いを入れて、耕三宅のインターホンを押したのだった。
「あら、こんな時間に誰かしら」
お茶の間で楽しく会話に花を咲かせていたら、突然のインターホン。
耕三はハッと思い出す。
そうだ、あの焦げたお菓子を売りやがった店の奴が謝罪に来るんだった!
耕三はチラッと女性を見る。
女性は穏やかな笑みを浮かべながら、玄関の方を見ている。
くそう。
本当は怒鳴り散らしてやりたかったが、そういうわけにもいかん。
というか、もしも玄関を開けたら、いきなり土下座なんかしてきたらどうする?
俺の印象が悪すぎないか?
……ようし、ここは一芝居打つか。
「耕三さん。
お出にならないの?」
「ああ!
いやいや、こんな時間に誰だろうと思いましてな。
すぐに出てきますぞ。
少しお待ちください」
耕三はバッ!と立ち上がり、玄関に向かった。
「はーい!
どなたですかな?」
耕三は出来るだけ明るい声を出した。
「あ、大正製菓の片山と申しますー」
女か。
くそう、空気の読める奴ならいいんだが。
耕三は一抹の不安を感じながらも、明るく、いま開けまーす、と返しながら、玄関を少しだけ開けた。
玄関の隙間からは、まだ若い女が困ったような顔(翔子本人は精一杯の申し訳なさそうな顔のつもり)をしながら、息を吸っている姿が見えた。
まずい!
「この度は……!」
「ストップ!」
「へ?」
大きな声で謝罪し、思いっきり頭を下げようとしていた翔子は、それを制止され、肩透かしをくらってしまった。
耕三は頭を下げかけた翔子を手招きする。
翔子がそれにつられるように玄関に近付くと、耕三はひそひそと話し始める。
「いいか、よく聞け。
いま、俺の、今度とても大切な人になるであろう女性が家に来ている。
その人の前でおまえに怒鳴り散らすような姿を見せたくはない。
いいか。
おまえは俺に、昔に世話になった部下だ。
手土産は持ってきたか?」
「あ、はい」
翔子は突然の出来事にぽかんとしながらも、駅のデパ地下で購入したお菓子の入った紙袋を掲げた。
「よし。
なら、それをその時のお礼として、俺に渡せ。
で、来客もいるようだし、とでも言って、なるべく早く帰れ。
彼女が上がっていけと言っても、必ず遠慮して帰れ。
そうすれば、今回の件は不問にしてやる。
わかったな?」
「え、と、は、はい。
わかりました」
翔子は突然の事態に動揺したが、なかなか起こり得ないことが、大事な場面ではよく起こることを知っているので、臨機応変に対応することに慣れていた。
「よし、物分かりの良い奴で助かった」
「耕三さん?
お客様ですか?」
「じゃあ、頼むぞ」
女性の気配を感じ、耕三が声をひそめると、翔子はこくっと頷いた。
女性が玄関に姿を現すと、耕三は玄関をちゃんと開けた。
「おー、久しぶりだなー、片山くん!」
「お、お久しぶりです!」
突然に演技を始めた耕三に、翔子もなんとかついていく。
「こんばんは。
耕三さんのお知り合い?」
女性が小首を傾げると、耕三は親しげに翔子の肩を軽く叩く。
「そうなんですよ!
この子は昔に会社で面倒を見てやった子でしてね!
今はフリーでいろいろやってるみたいなんですが!」
この人の中で、私はどういう位置付けなんだろう。
翔子は頭をフル回転させながら、耕三の話に自分のキャラクターを合わせていった。
「そうなんですよ!
社長には……」
「今は会長だけどな!」
「っ!
会長には、本当に良くしていただいて!」
役職を間違えそうになると、耕三が女性に見えない角度で睨んできたため、翔子は慌てて言い直した。
「今日はそのお礼を兼ねて、夜分遅くとは思いつつも、訪問させていただきました。
これ、つまらない物ですが」
「おー、すまんなー」
翔子が紙袋から出したお菓子の缶を耕三が受け取る。
「まあ!
これ美味しいんですよねー!」
お菓子の名前を見て、女性が嬉しそうな声を上げる。
「あ、お好きなんですか?」
「そうなんですよー。
子供の頃に、たまにお中元なんかでいただくことがあって、嬉しかったわー」
「な、なら、あとで一緒にいただきましょう!」
「あら、いいんですか!」
「ええ、もちろん!」
「あ!
なら、あなたもご一緒に、なんて、ここの家の人間じゃないのに、そんなこと言っちゃ駄目ね」
そう言って女性が上品に笑うと、翔子はここだ!とばかりにまくし立てる。
「いえいえ、とんでもない!
せっかくのご夫婦水入らず。
お邪魔するわけには参りません!」
「んなっ!」
「ホントに、ご挨拶だけのつもりだったので、私はこれで!」
翔子はそう言って、頭を下げた。
「あらあら、ご夫婦だなんて、照れちゃうわー」
赤くなりながらも、満更でもなさそうな女性の顔に、翔子は勝った!と、心の中でガッツポーズをした。
「そ、そうか。
気を使わせて悪いなー。
また今度、改めてゆっくり話でもしようや」
耕三は動揺しながらも、なんとか平静を保って、穏やかな顔を見せた。
お菓子の缶を女性に託すと、玄関を閉めにかかる。
玄関を閉める直前、耕三は顔だけを外に出して、
「よくやった」
それだけをこっそりと翔子に伝えると、玄関を閉めた。