そして、線は交差する
ああ!ああ!
楽しみだ!
なんて楽しみなんだ!
私の作品がキレイな花を咲かせる!
それだけで、胸の高揚が止まらない!
だが、落ち着け、俺。
これは序章に過ぎない。
政治屋どものたまり場を吹き飛ばしたら、お次は警視庁だ!
同胞どもを捕まえた奴らも、木っ端微塵に吹き飛ばしてやれ!
そして、俺様は国に要求するんだ。
同胞の解放を!
そうだ!
そしてまた、皆と『宵の月』を再結成するのだ!
今度は世界を相手に戦おうじゃないか!
これは聖戦だ!
『宵の月』復活の狼煙を上げてやるのだ!
「ぎゃっ!」
「いてっ!」
「おい!
ちゃんと前見て歩けよ!
袋を落としてるぞ!」
「す、すいません、おじさん」
「気を付けろ!
そいつは大事に扱えよ!」
藤堂が夢見がちにふらふらと道を歩いていると、向こうから走ってきた学生とおぼしき4人組とぶつかってしまい、手に持っていた作品を紙袋ごと落としてしまった。
「ああ……!」
藤堂は慌てて紙袋を拾う。
この程度の衝撃で爆発するような代物ではないが、藤堂は何より自分の作品を愛していたため、1ミリたりとも傷をつけたくはなかったのだ。
「おっさん!
すいませんっした!」
「おい!
ちゃんと謝れよ!」
「す、すいませんでした」
「わ、悪かったな、じゃあな!」
少年たちは大事そうに紙袋を抱え直す藤堂をしり目に、自分たちの持つ紙袋をしっかり抱えて、慌てて走り去っていった。
「……クソガキどもめ。
ふざけるなよ。
あの制服、覚えたぞ。
決めた。
次の標的はあいつらの通う学校だ。
授業中に校舎ごと吹き飛ばしてやる。
ひひっ!
ひひひひひ!」
ふらりと立ち上がった藤堂は不気味に笑いながら、夜の街を駅に向かって、ふらふらと歩いていった。
「……よし、この出口で間違いないわね」
駅の出口を間違えていた翔子は、ようやく本来の出口近くまでたどり着いた。
「まだもう少し時間があるわね。
ちょっとベンチで休んでいこうかしら」
ここから謝罪相手の家まで歩くことを考慮しても、あと20分ぐらい余裕がある。
遅れるのは厳禁だけど、あんまり早すぎても迷惑だろう。
約束の時間の5分前ぐらいに着けるようにしよう。
翔子はそう思い、近くのベンチで休憩することにした。
相手に渡す紙袋を、今だけは横に雑に置く。
「……はあ」
翔子は再びため息をつきながら、庇ってやった後輩社員のことを思い浮かべる。
新卒で入ってきた2年目の新人。
ちょっと生意気なところもある男の子。
上の人にもがんがん絡みにいくから、けっこう可愛がられている。
お局連中相手にもそつなく媚を売っている。
それでいて、本人はわりと努力家で、顧客の好物までしっかり頭に入れて取引に臨んだりする出来る子だ。
ああいうのが出世していくんだろうなと思う。
正直、私も彼のことは気に入っていた。
だからこそ、彼の経歴に傷をつけるようなことは許せなかった。
「……その結果がこれかぁ」
彼は散々、申し訳なさそうに謝ってくれたけど、全然たいしたことはないと言っておいた。
先輩社員としての、なけなしのプライドだ。
「……終わったら、一杯ぐらい奢らせるか」
それぐらいなら、パワハラにはなるまい。
というか、それぐらいさせなきゃ、やってられない。
翔子はそう言い聞かせて、自分を奮い立たせた。
「ひひっ!
ひひひひひ」
え?なに?
突然、怪しい笑い声が聞こえ、翔子がびっくりして顔を上げると、薄汚れたコートに身を包んだ痩せこけた男が笑いながら、ふらふらと
歩いてきて、あろうことか、翔子の隣に座ってきた。
嘘でしょう!
「……ひひ、ひひひひひ」
なんか目が虚ろだし、この人ヤバい!
翔子は慌てて席を立った。
ああもう!
どれだけツイてないのよ、私!
まだ時間まで少しだけあるけど、ゆっくり歩けばいいや!
そうして、翔子は足早にその場を離れた。
「あっ!」
その場を離れてしばらくしてから、翔子は重大なミスを犯したことに気が付く。
謝罪相手に渡す菓子折りが入った、今は命よりも大切な紙袋を置き忘れてきてしまったのだ。
「……嘘でしょ!」
いったいどこに置いてきたのか、翔子は考えを巡らせたが、その答えは簡単だった。
今まで散々、大事に扱ってきた重たい紙袋を、今だけはいいだろうと雑然に放ったのは、さっきのベンチだけだ。
「……んもう!
最悪!」
それもこれも、あのキモい男のせいよ!
翔子は隣に座ってきた気味の悪い男に悪態をつきながら、来た道を急いで引き返した。
まだ時間に余裕があるとは言え、もしも誰かに持っていかれでもしていたら、どこかで代わりの品を調達しなければならない。
そうなったら、かなりの時間ロスになる。
もしかしたら、時間に間に合わないかもしれない。
そう思ったら、翔子は一気に血の気が引いた。
ただでさえ怒り心頭な相手との待ち合わせ時間に遅れる。
そんなことをしたらどうなるか、結果は火を見るより明らかだ。
果たして、翔子が先ほどのベンチにたどり着くと、
「あっ、たぁ!」
そこには、ベンチの真ん中あたりにポツンと立っている紙袋があった。
良かった!
ホントに良かった!
神様はまだ私を見捨ててなかった!
翔子はこんな時ばかり神に感謝を捧げ、置いてある紙袋をその手に納めた。
「……ん?」
だが、持ってみて、翔子は違和感に気が付く。
紙袋の中身が、少しだけ軽い?
輪郭も、こんなんだったっけ?
嫌な予感がその身を貫く。
日が沈んで、だいぶ冷え込んでいるはずなのに、翔子は冷や汗をかいていた。
おそるおそる中を覗いてみると、
「……終わった」
そこには、見慣れたパッケージのお菓子の缶ではなく、よく分からない塊が入っていた。