点は線になり、やがて交わり、紡ぎ出す
「ふひ!
ふひひひひ!」
藤堂は人気のない路地を歩く。
手に持つ紙袋を大事そうに抱えて。
『この愛しき作品を披露した時の、政治家どものアホ面を想像しただけで、思わず笑い声が漏れる!』
季節は冬。
天気は曇り。
時刻は夜。
「このどんよりした空を、俺様の最高傑作で晴らしてやろう!」
藤堂は誰もいない路地で、1人でそう叫び、にやにやと笑いながら薄汚れたコートを翻し、人通りの多い道へと出ていった。
「はぁ……」
翔子は謝罪相手の自宅がある駅で降りると、駅構内にある喫茶店に入った。
相手方の指定した時間まで、まだ少し余裕がある。
少しでも自分を落ち着かせようと、翔子はブラックコーヒーを頼んだ。
出てきたコーヒーはいつものチェーン店のものよりも上質な香りがした。
一口飲んでみると、普段は砂糖とミルクが必須の翔子でも、そこまで苦味を感じなかった。
なんだか、洗練されたこの上質な香りと味が、自分の心を軽くしてくれる気がする!
「……はぁ」
などと、自分を鼓舞してみても、寄せて返すは虚しさだけ。
結局は不安と緊張で、翔子はどんどん憂鬱になっていった。
喫茶店の窓の外に見える灰色の空が、そんな翔子の心情をよりいっそうどんよりとさせていった。
「おい!
早くしろよ!」
「ちょっと待ってくれよ!
俺はデカい紙袋抱えてんだぞ!」
「ったく、光彦ははしゃぎすぎなんだよ!」
「で、でも、なんだかワクワクするよね」
光彦、優太、浩平、隆の4人は相変わらず走っていた。
優太の家から高校まで走ろうという光彦の提案にのったことを後悔しながらも、彼らは楽しげだった。
親の仕事の都合で転校してしまう隆のために、特大の打ち上げ花火を打ち上げるために。
優太の祖父が花火職人で、彼は幼い頃から作り方を学んでいた。
材料はみんなでお金を出しあって買ったものだ。
花火を打ち上げるのに必要な筒や、長めの導火線はすでに準備済み。
学校の隅っこに隠してある。
そこは警備員のおじさんも見に来ない死角だから、当日まで見つかることはないだろう。
そして、一番作るのが大変だった花火玉の完成とともに、決行と相成ったのである。
今回、彼らが作ったのは8号玉。
よく花火大会で目玉とされる3尺玉(30号)なんかと比べたらだいぶ小ぶりだが、それでも玉の大きさは23.5cm。
重さは4.8kg。
開いた時の直径は280mにも及ぶ。
ちなみに、値段は35000~40000円。
4人で割ったとしても、高校生には手痛い出費だ。
「よっしゃ!
次は俺が持つぜ~!」
「助かる~!」
音を上げ始めた優太に代わり、今度は浩平が花火玉の入った紙袋を持つ。
彼らはそうして、かわりばんこに紙袋を持ちながら、広い校庭のある高校を目指していた。
「相手が来たら、なんて言ってやろうか!」
耕三は冷めやらぬ怒りをどうやってぶつけてやろうかと考えることで、かろうじて平静を保っていた。
もしもこれで彼女との縁がご破算になったら。
そう考えると、気が気ではなかった。
「おのれおのれ!
あの会社の菓子など、二度と買ってやるか!
土産に、自分とこの菓子を持ってきた日には、これでもかと怒鳴り付けてやる!」
「はぁ」
何度目のため息だろうか。
喫茶店を出た翔子は、俯きながら、とぼとぼと駅の構内を歩いた。
手に持つ紙袋がまた重いのだ。
わざわざ重い素材の缶に入れて、高級感を演出しているらしい。
誰だよ、そんなことを言い出したのは!
……私だ。
「……はぁ」
壁に掲げられた案内板を見上げる。
「あ」
目的地とは反対の出口に歩いてきてしまった。
やはり、本能が行くのを拒んでいるのだろうか。
「……はぁ」
翔子はもはや癖になりつつあるため息をつきながら、再び来た道を引き返した。
「うっし。
異常なし、異常なし、異常な~し」
高校の見回りをする義之がたいして確認もせずに、適当に懐中電灯で辺りを照らしながら歩く。
初めは夜の高校なんて怖くて堪らなかったが、慣れてしまえばただの風景。
込み上げてくる懐かしさなんかもとうに消え去り、ただの退屈なルーティーンになってしまった。
「あ~あ。
たまには、でっかい何かが起きないかな~」
退屈な見回りに飽きた義之がぽつりと呟く。
もうじき、4人の少年がそんな義之のフラグを回収してくれるなど知る由もなく。