点B
「はぁ~。
憂鬱だわ」
盛大にため息をつきながら、とぼとぼと歩く彼女の名前は翔子。
年は28才。
新卒で入社したお菓子メーカーで地道に仕事を続け、それなりに仕事を任せてもらえるようになり、後輩への指導もしっかりと行う彼女に対する会社の評価は高い。
そんな彼女は、いま試練に挑もうとしていた。
「なんで、企画部の私がお客様への謝罪に行かないといけないのよ」
そう。
クレーム対応である。
しかも、お客様の自宅に訪問しての直接謝罪。
今まで接客の経験もなかった翔子にとって、それは想像以上にハードルが高かった。
「はぁ~あ。
なんで、勢いであんなこと言っちゃったんだろ。
部長も部長よ。
これも良い経験だ。
勉強させてもらいなさい、とか無責任なこと言って。
いっつも適当なんだから!」
本来、クレーム対応はお客様相談室か、なければ営業部の仕事である。
ちなみに、翔子の会社では営業部の担当である。
企画部の翔子とは無縁の代物のように思えたが、焦げたお菓子が混入してしまったことを、翔子の部下の采配の失敗だと言ってきた商品部と、それに便乗した営業部に腹を立てた翔子が、それなら自分が謝罪に行ってやる!と、売り言葉に買い言葉で言ってしまったことから、あれよあれよと言う間に、有名デパートにも置かれている自社の高級洋菓子が入った紙袋を持たされて、会社から送り出されたのである。
ようやく駅にたどり着いた翔子は、訪問先の住所を確認し、スマホで最寄り駅を調べる。
「あら、こっからわりと近いのね。
……良いんだか悪いんだか」
翔子は何度目か分からないため息をつきながら、改札へと消えていった。