出来上がった絵は……
そして、ずいぶん長い月日が経った。
今日は毎年恒例となった、夏の花火大会。
全国でも有数の規模を誇る花火大会で、全国各地から人が見物に集まってくる。
そして、花火が打ち上がり始める。
ここにも、そんな花火を見に来た家族が一組。
「ちょっとー、ママ、早いよ~」
「あなたが遅いんでしょ!
ほら、早く、始まっちゃってるよ!」
「パパー!
いけいけー!」
「わっ!
ちょっ!
暴れないで!」
姉さん女房に急かされて、娘をおんぶする年下の旦那が走る。
父親の背に揺られて、娘は楽しそうにはしゃいでいた。
ようやく良い場所に着いた3人は、一緒に花火を見上げる。
娘は父親に肩車をしてもらって、ご満悦の様子だ。
「あー……」
「どうしたの?」
「いや、あの時も、花火が上がったなって思って」
「ああ、私が警察署で根掘り葉掘り聞かれてる時に打ち上がった、真冬のやつね」
「そうそう。
あの花火を見た時に思ったんだ。
今度は夏に、2人で見たいなって」
「結局、2人で見たのはけっこう先だったよね」
「そうそう。
でも、それからは、毎年2人で一緒に見た」
「これからは3人で、だけどね」
「ははっ!
そうだね」
「パパ!ママ!
花火きれーだねー!」
「「ふふ、そうだね」」
夜空に咲いた花火が、3人の楽しそうな笑顔を照らした。
「おーい、藤堂。
ちょっと手を止めて、こっち来てみろよー。
花火やってるぜー」
「いや、もう少し」
藤堂は仲間の声に短く応え、作業を続けた。
長い刑期を終えた彼を迎えてくれたのは、かつての仲間。
藤堂は喜び、再び『宵の月』の結成だと喜んだが、藤堂が長い刑期を務めている間に、かつての仲間はすっかり丸くなっていた。
彼らは町工場を作り、真面目に車の部品製造に精を出していたのだ。
藤堂も初めは面食らっていたが、生来の手先の器用さから、仕事にはすぐに慣れ、部品造りに楽しさを見出だしていた。
真面目であるがゆえに曲がってしまった彼の心は、苦楽をともにした仲間たちが温かく迎えてくれたことで、再びまっすぐになり、その後、彼は町工場のエースとして、懸命に業務に励んだのだった。
夜空に咲く花火も、作業に夢中な今の彼の目には映らなかった。
義之は社長になっていた。
あのあと、感謝状と懸賞金を手に、父親のもとを訪ね、義之は頭を下げた。
懸賞金を父に渡し、会社を手伝わせてほしいと告げたのだ。
父親は難しい顔をしていたが、息子のすっきりした顔を見て、長かった反抗期が終わったことを悟った。
父親は義之に仕事を手伝うことを許した。
懸賞金は受け取ったが、義之が完全に仕事を覚えるまでは手をつけないと告げた。
「早く俺に楽をさせろ。
おまえが俺の跡を継げば、俺はさっさと引退して、おまえにもらった金で新婚旅行に行く」
父親の言葉に義之は驚いたが、連れてきた女性に向ける父親の笑顔を見て、義之は安心した。
その後、義之は仕事を懸命に覚え、今では、会社をさらに拡大させた優秀な二代目社長として、雑誌のインタビューを受けたりしている。
「ほら、耕三さん。
花火が始まりましたよ」
「おお、いま行きますぞ」
年をとった老夫婦が急いで縁側に座る。
お茶請けには、いつか妻が好きと言ったお菓子があった。
居間では、2匹の犬が仲良くくるまって眠っている。
「あの時は、寒い冬でしたねぇ」
「そうそう。
季節外れだけど、なかなかおつなものでしたな」
「ああ、そういえば、あの時に訪ねてきた片山さん、お元気かしら」
「ぶふっ!」
耕三は思わずお茶を吹き出す。
「ふふ、嘘ですよ。
とっさに口裏を合わせたにしては、なかなか良い演技でしたよ」
「き、気付いてたのか」
耕三は口元を吹きながら、照れたような顔を見せた。
「ふふふ、あなたのことはよく見てますから」
花火に照らされた、年老いた妻の顔は、何よりも綺麗だった。
耕三は、君の方が綺麗だと言うことは出来なかったが、代わりに、愛しき妻の手をとった。
そして、花火の光に照らされて、2匹の犬が眠る居間に、手を繋ぐ夫婦のシルエットが浮かんだ。
「おー!
今年も綺麗だなー!」
「さすがは日本でも有数の花火師が上げる花火大会なだけあるな!」
「あ!噂の花火師、優太が来たよ!」
「おまたせ!」
かつて少年だった彼らも、立派な大人になっていた。
普段は家族と花火を見る彼らも、毎年今日だけは、この4人で集まると決めていた。
「おいおい、花火大会の頭領が抜けてきて大丈夫なのかよ!」
「大丈夫だよ。
今はほとんどコンピューターで制御してるし、部下に任せられないようじゃ、社長なんてやってられないさ」
「おー!
頼もしいねー!」
「さすがは優太!」
祖父の跡を継いだ優太が行う花火大会はスポンサーも多く、世界的にも話題になっていた。
「ふふふ」
「どうした?
隆?」
「いや、あの時の花火も綺麗だったなと思って」
「いやー、あの時はヤバかったな。
警察官も大勢いて、マジで逮捕されるかと思ったわ」
「俺も。
ま、さんざん親と教師と警察に怒られたけどな」
「俺はじいちゃんにぼこぼこにされた」
かつて少年だった男たちが笑う。
その笑い声はかつて親友を送り出すために打ち上げた、真冬の花火を見上げた時のものと変わらなかった。
少年たちから端を発した1つの点は、線となり、結果的にいくつもの線を巻き込んで、つぎはぎだらけの一枚絵となった。
その中心には一輪の大きな花火。
それを囲うは、花火を彩るように描かれた、人々の笑顔だった。