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「おっしゃー!
よく分かんないけど終わったー!」
耕三の家を出て、しばらく歩いた所で、翔子は鬨を上げた。
「なんか、いまいち状況を把握できなかったけど、きっとあれで良かったのよね」
きっと、あの女性の来訪は予定外のものだったのだろう。
本来であれば、自分を怒鳴り付けるつもりでいたが、あの女性がいたためにそれが出来ず、一芝居打とうと考えた。
翔子は耕三の行動をそう想定して、それに付き合うことにしたのだ。
「ま、何はともあれ、何とかなって良かった」
翔子は大きく伸びをすると、手に持つ紙袋の存在を思い出した。
「あ、そだ。
これ、警察に届けなきゃ。
でも、なんなんだろう、これ。
丸くて……」
翔子は紙袋の中を覗きながら、警察署に足を向かわせた。
「あ、翔子さん!
お疲れ様です!」
「ん?
おー、どした?
なんでここにいるの?」
自分の名前を呼ばれて、翔子が顔を上げると、そこには、自分が庇ってやった後輩社員の姿があった。
「いや、翔子さんに庇ってもらって、でも、結果的に翔子さんが謝りに行かなきゃいけなくなって、俺、申し訳なくて。
やっぱり、俺も一緒に行こうと思ったんですけど。
仕事がなかなか終わらなくて、結局、間に合わなかったんです……」
そう言って、しゅんとしょげる後輩が何だか可愛く見えた。
「そーかそーか。
心配してくれたのか。
ちゃーんと無事に終わったから気にすんな!」
「わっ!ちょっ!
やめてくださいよー!」
そう言って、翔子は後輩の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
後輩も嫌がりながらも、なんだか嬉しそうにしていた。
「あれ?
それ、渡さなかったんですか?」
「あ、そだ。
警察に届けるんだった」
「け、警察?」
びっくりした顔の後輩に、翔子は事の経緯を説明した。
「なんだ。
びっくりした。
それなら、俺も付き合いますよ」
「おっ、悪いね。
入口で待っててくれればいいからさ。
終わったら飲みに行こうよ。
心配してくれたお礼に奢っちゃる」
「やった!」
無邪気に喜ぶ後輩を柴犬のようだと思いながら、2人は連れ立って歩いた。
「んじゃ、ちょっと行ってくるねー」
警察署に入っていく翔子を見送る後輩がポツリと呟く。
「きっと、ものすごい緊張したんだろうな。
それなのに、俺のために体張って。
……いつか、俺が先輩を公私ともに支えてあげたいな……なんて」
彼が夜空を見上げると、灰色の空から、ちらほらと雪が舞い始めていた。
「ふひーふひー。
や、やっと着いた……」
藤堂は息を切らしながら、ようやく高校にたどり着いていた。
すべては、愛しき我が子の晴れ姿を拝むため。
校門越しに中を窺うと、校庭の中央あたりで、何やら動く人影がいくつか見える。
「あれかぁ!」
藤堂は口角を大きく引き上げ、もっと間近で見ようと、校門をがしゃがしゃとよじ登った。
「なっ!
なんだあいつはっ!」
今度はちゃんと監視カメラを見ていた、警備員の義之がそれに気が付き、急いで本部に連絡。
不審者を見付けたら、まずは本部に連絡して、応援を出してもらう。
義之はそのマニュアルに従って、応援を呼んだ。
すぐに駆け付けてくれるとのことで、義之は懐中電灯と警棒を携え、校門へと向かった。
「やっべ!
雪降ってきた!」
「大丈夫なのか!
雪で濡れたらヤベーんじゃねーのか!?」
光彦と浩平が騒ぐが、優太は至って冷静だった。
「大丈夫。
そんなにすぐには湿気らない。
それに、もう……できた!」
「やったぁ!」
優太の声に、隆が飛び跳ねる。
「よし。
あとは、その紙袋の中の花火玉に導火線を繋げて、こっちからこう……」
優太が最終工程を呟きながら、紙袋に手を入れる。
「へひっ!
この辺でいいだろう。
ここからなら、俺様の最高傑作の晴れ姿も、奴らの吹き飛ぶ姿も見られる!」
藤堂は嬉しそうな顔を浮かべて、懐からリモコンを取り出す。
リモコンでタイマー機能のセットも出来るが、今回は直接、リモコンで爆弾を起動させる。
「ふひひひひ。
さあ!
『宵の月』、復活の狼煙だ!」
そして、藤堂が起爆スイッチをオンにしようとした瞬間、
「ふひっ!?」
少年たちが校庭の中央から離れた。
4人が校庭の中央を囲うように、そこから距離を取ったのだ。
「ふひひひひ、まあいい。
なんにせよ、あの中の1人は木っ端微塵だぁ!」
そして、藤堂は今度こそ、起爆スイッチをオンにした。
その少し前、翔子は警察署に紙袋を渡した。
そこは県警本部。
かなり広く、警察官もまばらだったため、翔子は目についた警察官に紙袋を見せた。
その警察官は偶然にも、長年、藤堂を追い続けていたベテランの警察官だった。
彼は紙袋の中身を確認した瞬間に顔色を変える。
「ど、どこでこれを!」
彼が飛び付かんばかりに翔子に尋ねてくるので、翔子はだいぶ動揺したが、何とか、紙袋を持ち込むに至った経緯を説明した。
「な、なるほど。
あなたには、もう少し詳しく話を聞きたいが、その前にこれを処理しなければ!
おい!
すぐに爆発物処理班を呼べ!」
「えっ!?」
警察官の発した物騒な言葉に、翔子はその日一番の驚いた顔を見せた。
「寒いなー。
先輩、まだかなー」
翔子の帰りを待つ後輩社員は寒さに身を震わせたが、残念ながら、翔子が戻ってくるのはまだまだ先のことになりそうだった。