赤ちゃん戦隊
まずレッドで聖騎士のケンが冒険者登録をした。
「すげえ、レベル100の聖騎士だぜ……」
周囲の冒険者たちも絶句。まだ赤ちゃんなので能力値の限界に到達していないのか、テニスやレーサーになるにも3歳までに始めてないと脳の配線がされないと言うスポーツ理論なのか、赤ちゃんでAクラス冒険者の登場に驚いている。
「なんで危ない冒険者登録なんかを? オジサン達頑張るからよ、赤ちゃんたちは家でママのオッパイ飲んでてくれ」
馬鹿にするのではなく、赤ちゃんの本業として家でママのオッパイをしゃぶっていて欲しい冒険者が、泣きそうな顔で懇願して来た。
「あぶう、きゃうううう(ふっ、冒険が男のロマンだぜ)」
「赤ちゃんは冒険が男のロマンと仰っています」
「そうなのか、赤ちゃん」
今度は父親の顔とか叔父の顔で、目を細めて赤ちゃんを見守る冒険者たち。
その後も冒険者登録が進み、そのたびにギルドの中に太陽が出現した。
「だあ、あうう(拙僧はアグニ、武僧でござる)」
回復魔法と素手での格闘を専門とする武僧、結構ムキムキだが赤ちゃんなので顎は割れてない。
「あぶう、ひゃああ(俺はキラー、重戦士だ)」
大盾は装備していないが重戦士のキラー、前世の名前と言うより中二病的な冒険者ネームを名乗っているようだ、サムライのパトリックだけは本名かも知れない。
「ばぶばぶ(えっと、賢者のタイチです)」
俺だけ登録時の水晶の光が控えめで、目が潰れそうな光は放たなかった。
「はい、それでは冒険者パーティー「太陽の牙」で登録します」
おい、待て、それ反政府組織じゃないのか? コンバットアーマーに大砲載せて戦うつもりか?
「なあ? 本当に冒険者なんかになって大丈夫なのか? そうだ、おじさんと力比べしよう」
強面のオッサンが赤ちゃんの行く末を心配して、力比べを申し出て来た。
お約束なら歩いている所に足を引っ掻けられたり、胸倉掴まれて絡まれて嫌がらせを受ける所だが赤ちゃんなので免除されている。
「じゃあ、指一本からな」
とろけそうな表情をしているオッサンが指を一本差し出して力比べを始めた。
ケンのぷにぷにしたお手てで指を握られると、オッサンは嬉しそうな顔で指を捻りあげられた。
「たああぁ」
「あいたたた、力が強い赤ちゃんだなあ。よし次は2本でやってみようか?」
これは赤ちゃんに触って欲しい事案発生だ。
「次は俺だ、赤ちゃん、指2本だ」
「ばぶ、あうああぁ」
俺達に殺到して挑みかかって来るいかついオッサン達、全員嬉しそうな顔をして指を捻りあげられて負けている。
中には腕相撲を始めたのに、赤ちゃんに負けて床に転がされてプライドを傷付けられたにも関わらず、大喜びで笑っているオッサンもいた。
「「「「「「「「「「はははははははははははっ」」」」」」」」」」
「凄い、今まであんなに荒んでた冒険者ギルドが、赤ちゃん達が来ただけでこんなに……」
受付嬢も驚いて絶句している。
俺達が入って来た時には掴み合いの喧嘩をしているパーティーとか、罵り合っていたパーティーがいたはずなのに、今では全員子煩悩なオッサンに変身していた。
「赤ちゃん、何か飲むかい?」
「バカヤロう、赤ちゃんに酒なんか勧めんな」
「あたりめえだっ、親父、ミルクとか甘いジュースとか離乳食はねえのか?」
「ねえよ、そんなの」
「赤ちゃんに蜂蜜はだめだぞ」
どう見ても「ミルクでも飲んでなボウヤ」とか鉄郎君に言ってしまい、キャプテ〇ハーロックに無理矢理ミルク飲まされる機械化人間みたいなオッサンが、BARカウンターでミルクを注文している。
それでも調理場の方では、果物を絞って100%ジュースにしたり、干し肉とかを細かく刻んで柔らかく煮込み、自主的に離乳食を出そうとしている従業員もいた。
「りんごジュースとオレンジジュースです」
「全部俺が払う」
「いや俺だ」
ギルドの新メニュー、果物100%ジュースが誕生した。オッサン達が争って支払いして自分の物にしようとしている。
「赤ちゃん、喉乾いてないか、ジュース飲みな」
全員、支払いもしないでジュース奢って貰えた。
「ふああぁ、ああ」
そこでお腹いっぱいになって血糖値でも上がったのか、アグニがおねむになってしまい、大きなあくびをするとカウンターの上で寝転んで寝てしまった。
オッサン達は無言で毛布を用意して被せ、寝返りで落ちないように注意して、それ以降は大きな音を立てないように、カウンターに用があるのに騒ぎもせず、静まり返って赤ちゃんの寝息を聞いていた。
「俺、結婚して赤ちゃん産んで貰うんだ」
座席で屯していたオッサン達も、死亡フラグを立てながら、赤ちゃんの寝顔を肴にチビリチビリとやっていた。
「ばぶぁ、ああう(おい、何か依頼を受けてみようぜ)」
リーダーのケンが暇になったようで、掲示板の方向に歩いて行った。
「赤ちゃん、これなんかどうだ? 薬草の採取クエストだ」
「毒消し草とかもあるぞ」
明かに魔物討伐とか危なそうなクエストを避けて勧めて来る優しいオッサン達。
「あうぁ、きゃあ(ゴブリン討伐とかじゃないと面白くない)」
「赤ちゃんはゴブリン討伐をご所望です」
「だめだ、赤ちゃんはそんな危ないクエストやっちゃだめだっ」
「赤ちゃんが殺しなんてよう、そんな汚れ仕事は俺らがやるから」
赤ちゃんがゴブリン殺しをやってみたいと言ったので、とうとう泣きだしたオッサン達。
掲示板に掛けてある依頼の板は、赤ちゃんには手が届かない所にあるので、危ない汚い殺しとかのクエストは絶対に渡して貰えなかった。
「ひゃあう、あああ(しゃあない、薬草採取行ってみようや)」
「ばぶぅ、あううぅ(いや、俺は診療所の仕事があるから)」
「ふにゅう、うあああう(硬い事言いっこなしやで、硬うするんはここだけでええねん)」
いや、下ネタは結構だが俺達去勢の危機なんですけど?
結局、薬草採取のクエストを受けてしまったケン達は、俺の両腕をガッチリと固めて、馬車に乗せて移動して行った。
騎士団の馬車なんかも追走してきて、その後ろを自分が受けたクエストとか放っぽりだして付いて来たオッサン達が走っている。
やがて馬車は薬草の自生地に近付き、馬車で入れる所までは馬車で、それ以降は騎士団員が抱っこして移動した。
「あいつらいいなあ」
抱っこしたそうにしているオッサン達も警護に着いた。
前世の記憶がある貴重な赤ちゃん達を中心に騎士団が警護して、その周囲を冒険者のオッサン達が警護している。
ウルフとかゴブリンとか出現しようものなら、オッサン達が秒で始末していき、決して赤ちゃんに近付けようとしなかった。
「わふぅ、きゃああああ(これや、これでんがな)」
薬草を見付けたらしいパトリックが騒いでいる。
「坊や、これはよく似てるけど違う草なんだ」
穏やかな笑顔をした教え魔のオッサンが付きっきりで教え、採取した薬草とかも全部赤ちゃんに渡している。
草原の中でベビー服姿の赤ちゃん達が得意のハイハイで進み、手足まで緑色になりながらハイハイする。
時にバッタが飛び出して来て驚いて泣いてしまったり、ちょうちょを追い掛けて立ち上がったり、ハチが出現すると騎士たちやオッサンが瞬殺してくれたり、比較的穏やかな時間を過ごした。
「赤ちゃん、薬草だよ」
「きゃうううう」
自分で見つけた薬草をエサに、赤ちゃんを自分の膝の上まで誘因するオッサン。
事案発生だが騎士団や冒険者たちも全員温かい目で見ている。
ひと仕事終わった後、水魔法で水を出して手洗い用の水まで用意してくれて、洗浄の生活魔法で緑色に染まったベビー服まで綺麗にしてくれる。
「ハイ、おてて洗ってキレイキレイしましょうね」
レベル100の上級職パーティーがする仕事では無かったが、オッサン達の手伝いもあって大量の薬草が集まり、馬車数台の屋根に積載するほど集まった。
「だあ~」
全員おねむになってしまい草原でお昼寝、オッサン達も騎士団も目を細めて、父親の顔で見守っていた。
「俺、こんな幸せだったの初めてだ」
「俺達、このために産まれて来たんだよな」
赤ちゃんと一緒に薬草集めをして、涙ぐんで幸せを噛み締めているオッサン達。
まだ日は高かったが撤収することになり、馬車の中でもお昼寝、騎士団と一緒に冒険者ギルドに戻った。
「おい、こっちのも査定頼む」
馬車の上に載せていた薬草の束も、全部冒険者のオッサン達が積み下ろししてくれて、査定の順番まで最優先でやって貰った。
「や、薬草5246本と、毒消し草1235本ですね?」
生態系を乱すレベルで採取しまくり、馬車に積載して戻って来た赤ちゃんパーティー。
「あまり取り尽くすと無くなってしまいますからね、ほどほどにお願いします」
受付嬢も少し顔を引きつらせて、余りの量の多さに苦言を呈していた。
「俺らプロが採取して来たんだ、そんなもん分かり切ってるよっ」
「うえええっ、あああ~~」
冒険者が声を荒げて受付嬢に食って掛かったので、タツヤがびっくりして泣き始めてしまった。
「どうすんだよ、赤ちゃん泣いちゃったじゃないか」
「テメエがでけえ声出すからだろう」
周囲のオッサンの方がオロオロしてしまい、色々やって結局リンゴジュースを飲ませると泣き止んだ。
「うえぁ、あぶうう(これが俺達の初仕事だ)」
大量の薬草の他にも、冒険者たちがご祝儀を出してくれたのか、全員金貨でお小遣いを貰った。
薬草の権利主張をする冒険者は一人もいなかったらしい。
「ターくん、冒険して来たんだね? 他の赤ちゃんに連れ去られたって聞いて、パパびっくりしちゃったよ」
ギルドの外に飼い主が迎えに来てしまった。
「ゲッ、風の剣士様だ」
人間用の小さいギルド入り口から、3メートル宇宙人がのぞき込んでいる。
あ、これは飼い主に無断で移動した逃亡奴隷の立ち位置だ、これはチョッキンも有り得る。
「ばぶばぶ……」
赤ちゃんを演じきれ、俺は何もわからずにここに連れて来られた被害者だ。
「うちのターくんを誘拐した悪い子は誰かなあ? これはお尻ペンペンだな」
俺の罪は問われないようだが、身長3メートルの魔族にお尻ペンペンされると、人間の赤ん坊など口から頭蓋骨が出てしまう。
顔色が青い赤ちゃんズ、それ以前に何か体調が悪そうだ。
「あううぅ(コラあかん)」
まずパトリックが倒れた。
「赤ちゃん? 凄い熱だっ、どうしよう」
お尻ペンペンされるまでも無く、ほぼ最初のお出かけで、地面をハイハイして土を触りながら薬草取り、おそとでお昼寝までしてしまったので、全員何かの感染症に感染してしまい、発熱して初めて遭遇したウィルスや常在菌に対抗しようとしていた。
「「「「「赤ちゃ~~んっ!」」」」」
「あうあぁ、はうう(エリアヒール、キュア)」
俺が回復魔法を唱えると、発熱が多少緩和されて、赤ちゃんには有害な土に含まれている常在菌やウィルスの量が減った。
「ああ、少し熱が下がった」
「良かった」
それでも大事を取って全員入院、冒険者ギルドを後にして城に向かうことになった。
「また来てくれよな、赤ちゃん」
「これに懲りずにまたな」
冒険者ギルドの外までお見送り、さらに馬車に手を振って暫く後を付いてくるオッサンまでいた。