周辺国
今、俺は飼い主に連れられて魔王様の執務室に来ている。
ヴァンパイアやリッチになるための魔法を教えて貰えて、感動のあまり赤ちゃん泣きしてしまったので、他の召使が気を利かせて俺を追い出そうとし始めた、すぐに追い払われるだろう。
「さて、お別れ前にお主の天命、寿命を占ってやろう」
(はい、ありがとうございます)
「ほぎゃあ、あああっ」
魔王様直々に占いの装置を使って、俺の残りの寿命を測ってくれている、こんなサービス今後一生受けられないだろう。
「よ~しよし、泣かないでいいぞ」
飼い主が籠を揺らしてあやしてくれるが、赤ちゃんなので泣きやめない。
「お主の寿命は30歳だ」
(ええっ? 俺の寿命短すぎ、前世と一緒……)
「まあそう急くな、30歳でリッチかヴァンパイアになるのだろうよ、人間としては死ぬが残りは死人、不死王として死んだまま生きるのだ」
(はい、分かりました)
「ほぎゃあっ、ほぎゃあっ」
寿命が短いのも知らされ、本格的に泣き始めたので早々に追い払われた。執務室にはあってはならない泣き声だったのだろう。
「大きくなったらまた来るが良い、自分で出来なければわしがリッチにしてやっても良いぞ」
(ありがとうございました)
魔王様との会見が終わった。
本来奴隷身分の人間が会える相手ではないのだが、飼い主の顔パスで愛玩動物として会えて、トントン拍子に不死の魔法まで教えて貰えた。
体が出来上がって、ある程度の身長になればまた来るように言われたので、15で成人するまで生き残れば何とかなるかもしれない。
それでもこのまま生きていても今生も寿命が30歳。
いや逆に考えるんだ、30歳で自力でリッチかヴァンパイアになって人間としての寿命を終えて、その後はリッチとして長生きするんだ。
他にも分かったことがある。
この国の重鎮は魔王一家だけが人間で、他の貴族は大半が魔物か魔族。
魔王様本人は魔族の血が入っている混血で、幼い頃は迫害されたそうだ。
普通の人間がこの国で出世するには、何らかの手段で魔族になるのが推奨されている。
夜勤務ならヴァンパイアだが、人間を食料か家畜扱いするので許認可制。
奴隷や下僕を数十人以上持てて、献上品の血液を毎日回収できる財力が無いと許されないそうだ。
野良ヴァンパイアになって、他人の奴隷や愛玩動物を勝手に殺したり血を吸って回るのは禁止。知能がないグールはすぐに討伐される。
リッチなら魔力さえあれば誰にでもなれるのと、跡継ぎのバカ息子に無理矢理役職を継承させないで済むので、一世代だけの役職を与えて年とっても金や権力に目が眩んだりしないので、清潔な人物として一生?を終えるそうだ。
人間のままなら、50歳過ぎると金の亡者や権力の亡者になってしまうのはこの世界も同じで、長命な魔族やエルフなら腐敗政治や汚職役人が蔓延しない。
と言う訳で不死王になってお金持ちになるのを目指そう。
前世では生きるのに精一杯で、贅沢とか一切できなかったからなあ…… (遠い目)
支援とか受け取れたり、医療控除もあって健康保険の支払い上限もあったけど、全部その枠内での生活で、還付された医療費も医療費に消える生活。
「そうか、もうあかんのか」
働けなくなったら缶コーヒーも買えないし、缶ジュースが体に悪いし、摂取できるカロリー計算が基本だったから、病院食以上のものは食べられない。
いっそ生活保護生活まで行って以降の方が医療費無料になったから天国だったけど、その頃には歩いて外になんか行けなかったし、腎臓食に肝臓食に糖尿食で食べ歩きとか甘い物厳禁だったなあ。
離乳食が終わったら美味しいものが食べたい。
「おにぎりたべたい」
問題なのはこの世界の平均寿命が40歳以下だと言う事。
乳幼児死亡率が高いのが平均を下げているから、突然死とかしないように気を付ける必要がある。
変な感染症とか流行病に掛かると即死だ。
よくある転生物のお約束ならコレラとかペストが流行して、転生前の知識を使って流行を抑えるとか、治療薬を開発して貢献するとか、治療不可能な病気でもエリクサーを作って治すとか、ヒロイン的な立場にいるょぅじょの病気のお母さんをエクスヒールとかエクスキュアで治してしまうとか、熊をイメージした治療魔法を使うとか色々あるが、俺の場合治療師とか治癒師じゃないし、医療従事者じゃなくて受ける側だったので大した知識もない。
通信可能なスマホとか、なんでもダウンロードして百科事典も入ってるタブレットとか、アマゾンで買い物できるPCとか、賢者の石も持ってない無力な赤ん坊だ。
抗生物質とか薬も通販で買えない。
ここでは盲腸程度の内臓疾患で死に、虫歯や親知らず程度でも下手をすれば死ぬ世界なのだ。
以前のような内臓疾患まみれだと即死するか、痛みで自殺しなければならない。
まず医師や治療師を目指して、その後にリッチという手段もある。
う、眠気が……
「ZZZZZZZZZ……」
「本日も筋トレと魔力強化のトレーニング」
魔王様謁見以降、魔法の学習に入れそうだったのだが、まだ文字が読めない。
この世界は勿論日本語が使われておらず、ロシア語のキリル文字筆記体並みに読解が難しい表記だ。
本と呼ばれるのは手書きか写本、愛玩動物が自分用の本を入手したりするのはまず無理だと思った方が良い。
今後読み書きは教えて貰えるが、魔法教育を受けて入門書を与えて貰えるのかは疑問だ。
「キュア、ヒール、キュア、ヒール、アイス」
呪文の発動用発音だけは練習しまくった。「ママ」よりも早く覚えた。
お約束なら赤ちゃんの状態でも魔法を覚えて、天才扱いされてさらに英才教育を受けられるはずだが中々成就しない。
赤ちゃんなのですぐに寝てしまう。
その上、前世の記憶なんか赤ちゃんの意識が目覚めれば、すぐに吹っ飛んでしまうはずだ。
まあその時が俺、前世の太一が終わる時なのだろう、母乳と離乳食の味でも楽しんでから穏やかに消えよう。
最後の最期にこんな瞬間が与えられたのに感謝するとしよう。
「ZZZZZZZZZ……」
季節が巡って暑い時期と寒い冬が来た。生後半年以上だろうか?
それでもまだ意識を保っていて、前世の記憶もある。
もしかすると前世での怨念が強すぎて、新しく生まれるはずだった赤ちゃんの意思を乗っ取ってしまったのかも知れない。
何度か王城にも呼ばれて前世の記憶を聴取された。
ここでお約束なら製紙の仕方とか水の汲み上げポンプとかになるのだろうけど赤ちゃんなので絵が描けない。
「よく来たなタイチよ、お主が思う人類最大の発明は何だと思う」
(はあ、電気とか発電でしょうかねえ?)
「それは何じゃ?」
(物に電子を流して熱で光らせたり、配線するだけでエネルギーを自由に取り出せるようにしてあるんです)
最近では書記官が付いていて、意思疎通の魔法で一語一句書き洩らさないように記入されている。核兵器については語らないようにしなければならない。
「その(でんき)とはどうやって作る?」
(火で熱したり水が落ちるエネルギーで回転させる発電機が必要です。回転させる部分に銅のコイルを巻いて、外側に磁石を置きます、回転させる方を磁石にしても使えます)
電気や発電について一通り聴取された。これから絵が描けるようになるまでは基礎研究をして、銅線に絶縁体を塗って熱で溶けないようにする研究をするそうだ。
「わしは今、農業政策をしておる、何か良い考えはあるかのう?」
(あります、窒素固定とかリンやカリウムが必要です)
他にも人類の大発明の一つで、それ以降人口爆発が起こった発明も知らせておいた。
化学肥料、ハーバーボッシュ法、空中窒素固定装置だ。
お約束ならパンジーだか豆類を作って地面の窒素固定をするか、糞尿を肥料に変えて四輪作とか始めるのが普通だが、魔法で金属の塊が作れるそうなので、鉄の容器とコンプレッサーを作って貰い、数百気圧、数百度の状態を作り出せるなら、鉄容器や白金の触媒で窒素がアンモニアになり、空気から無限に肥料が作れると教えた。
コンプレッサーやピストンリングが作れると言う事は、その逆、内燃機関も作れる。
原油を精製して石油を作り出せると言うと、油まみれで使い物にならなかった土地が、原油の生産地として有効活用できるようになったらしい。
以後は国家秘匿事項で最重要案件として試行錯誤すると、数年で魔法を駆使した装置からアンモニアが出たそうだ。
冶金技術が低いので装置の寿命が短いのと、魔力を大量に消費するのが問題だが、糞を全て集めて堆肥を作るのと同等のコストに到達したらしい。
何でそんな面倒なものを操作してまでアンモニアを作るのかと言えば、硝酸、つまり爆薬が製造できるからだ。
ペロッと窒素固定を白状した後になって、これが爆薬の原料だったと気付いた。
爆薬は硫黄などからも作れるが、硝酸が入ると爆発速度が音速を超えるようになる。
他にもいろいろとお漏らしをしてしまい、結局は銃や大砲、原子力と核兵器についても聴取されてしまった。
自分が戦争に行くのは懲り懲りだが、基本的に国防には協力する。
この国が解散させられたり占領されると、奴隷は奴隷のままでも悲惨な生活が始まってしまう。
魔王国、やたらバとかガとかゴとか濁点が多い中二病名称が付いてる魔王国周辺は、人間が支配している国に囲まれていて、この国で搾取?されている人類を解放しようと虎視眈々と人類独立を狙っているそうなのだ。
どこかのアーブ周辺と一緒で、人類統合体みたいな宗教的な団体とか国家が色々いるらしい。
余計なことはしないで欲しい。ここに住んでいる住人は、悪逆非道な王様や貴族や商人に支配されている周辺国と違い、無意識に奴隷的労働を強いられてるわけじゃない。
愛玩動物として愛され、労働している人達も貴族に搾取されずに幸せに暮らしている。
政治体制は腐敗していないし、貴族も自分の私腹を肥やしたり贅沢三昧をしないし、隣国にちょっかいを掛けて国土や奴隷を増やそうとはしない。
この国は中世にも拘らず福祉体制まで充実している理想国家なのだ。
国民皆保険制度については魔王様に進言しておいた。
この国では神や悪魔は魔族を愛し、魔族は人間を愛し、人間は家畜や動物を愛し、動物は草木を愛している。
それが社会の基本的な構造だ、人間だけで独立してもこれだけの社会を維持できるはずがない。
これを洗脳と呼ぶなら呼べば良い、俺達は幸せに暮らしているんだから邪魔しないで欲しい。
俺の赤ちゃん時代はこうして過ぎて行った。