赤針
「まあまあ、落ち着きなよ。ほら、あの子今集中モードなんだから仕方ないじゃん」
なだめるような声が聞こえてきた方を向くと、気の強そうなツインテールの女子と気の弱そうな黒髪の女子がなにやら揉めていた。まあ、俺には関係ないか。そう思いながら、俺は気を取り直して作業に取り掛かろうとしたその時だった。
「あんたのことよ。無視してんじゃないわよ」
「え」
まさかの俺。そんな言葉も声に出せず、俺はただただ驚いていた。
「そう。ちょっとついてきて」
「いやでも」
「早くして。真奈は待っててね」
「おっけー」
言われるがまま、俺はツインテールの彼女について行った。
「あの、なにか」
「あんた、所謂『裁縫男子』よね」
「まあ、そうだけど」
そう。実はさっきも妹が大好きなキャラクターのキーホルダー作りに励んでいたのだ。俺は裁縫が大の得意だっていうこと、それは周知の事実だ。それを知ってのことだろう。
「私に、お守りの作り方を教えて欲しいの」
彼女が言うには、『黒髪の少女、真奈ちゃんがもうすぐ引っ越すので、友情の証としてお守りを作って彼女に渡したい』のだそうだ。
もちろんそういうのは大好きだから、喜んで引き受けた。俺は彼女に裁縫の何たるか、からお守り完成までの間、主に放課後は毎日みっちり付き合った。
そして時は過ぎ、お守りを真奈さんに渡す日が前日に迫っていた。
「遂に明日ね」
「そうだな。お前、めちゃくちゃ頑張ってたし」
「当たり前じゃない!親友に渡すものなんだから」
「それもそうだな」
そんな当たり障りのない会話をしながら、俺はふとある事に疑問を持った。
「そういえば、さ」
「なに」
「お守りの中身、どうすんの」
「ああ、それはね」
彼女はにっこりと今まで見た事もない笑顔を浮かべ、お守りをぷらんと見せながらこう言った。
「 私 だ け の 秘 密 」
その笑顔に、俺は背筋が凍るほどぞっとした。冷や汗と震えが止まらず、なにか嫌な予感が頭をよぎった。
「そっか」
俺はそれだけ呟いて、それきり彼女と言葉を交わすことは無かった。
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その後の話だが、そのお守りを貰う前に真奈は亡くなってしまっていた。死因は分からない。あいつは俺と言葉を交わしたあの日から、学校に来ていない。
俺は確実に━━━だと思っている。
実は、見てしまっていたんだ。
あいつが俺に見せてきたお守りの中のもの。
彼女が愛用していた俺の針と、べっとりと赤い液体で濡れた黒髪の束が入っていたのを。
絵・猫の下僕