拉致
その日の夜、祭りの喧騒も落ち着き、通りには酔いつぶれて寝ている冒険者や踊り子、村のものも皆寝静まった頃に、裏路地を駆け抜ける黒い装束に身を包んだ集団が領主の館に向けて疾駆していた。
全員、身のこなしからして只者ではないのは伝わってくるがその中でより異彩を放つ、恐らくリーダーであろう隻眼の人物が周りに合図をすると、各自散開しそれぞれがすべき事に従事しだした。
時は、闇夜。月明かりもなく領主の館は静まり返っていた。普段であればまず明かりのついている時間だ。当主のリオンもそうだが、この館に従事している執事やメイドも就寝は遅い。しかし今日の夜ばかりは勝手が違った。
隻眼の男が、自分たちにしか分からない指笛で合図を送る。瞬時にそこにいた数人が散らばっていき残ったのは隻眼の男のみとなった。
しばらくして、影服を着た男が1人音もなく現れ、
「お頭、全て滞りなく終わりやした。」
「おう、誰にも気づかれてねぇだろうな?」
「はい!その辺は抜かりありません。領主のリオン・マクギリスや、かの英雄レオン・マクギリスは潜り込ませていた密偵にしこたま酒を飲ませましたから。」
「ふむ・・・かの有名な御仁でも酒の力にゃ適わねぇか。よし分かった。用が済んだらとっととズラかるぞ。長居して得なことは何もねぇ、女と仕事は早いに越したことはない。」
「ハッ!」
「しかしお頭。このガキをどうするおつもりで?」
「知らねぇよ。俺らはただ、このガキをお偉いさんに届けりゃいいだけなんだからよ。余計な詮索して命を盗られるなんてシャレになんねぇからな。分かったら、お前も早く行け。」
影服の男は音もなく闇に紛れて消えていた。
「ククッ。かつての英雄も田舎にこもり平和を謳歌しすぎちまったのかねぇ・・・まぁ、仕事は楽でいいけどよ。」
そしてまた暗闇の中が本来いるべきところだというように、隻眼の男は闇へ闇へと歩いて行くのだった。
次の日の朝。マクギリス領はかつてないほどの騒ぎにみまわれるのだった。