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相続-3-

「長く話し込んで疲れたわ。さあ、お前はお戻り」と声を掛けられ意識を戻したアリシアは、美しい化粧箱を手に北の塔を後にした。


大伯母の部屋を出たアリシアだが、自室に戻るには遠回りになる西の回廊へと歩き出した。

北の塔周辺は普段から人通りが無いのを良い事に、考え事を口に出して整理する。


「嫁ぐまで後一年と少し……。言葉はお父様が家庭教師を手配されているはずだから、皇国の歴史は本があるけど、後宮の内情なんてどうやって調べたらいいのよ……」


アリシアは、歴代の王と王妃の肖像画が飾られた長い西の回廊を歩いて通り抜ける。


「そんな物、きっと北の塔にだって有りはしないわよ」


大きな溜息と共に独言(ひとりごち)た時、回廊の一番端までやって来た。

そして、初代王妃の肖像画の前で立ち止まる。


「"傾国"様……貴女は、なぜ祖国を裏切り滅ぼされたのです?」


見上げた絵の中の女性に語り掛ける。

彼女は、敵国との終戦後に和睦の証として捕虜同然に王子に嫁がされた。

だが、その美貌により王と王子が彼女を取り合い、王子が王を弑殺してしまうという惨事を引き起こした。

父王を手に掛けはしたが、その後は賢王として国の平定に努めた新王との夫婦仲は良く、二人の間には子供が九人も産まれた。

それが王が病状に伏した十数年後、彼女は突如周辺諸国に牙を剥く。

大陸に響き渡るほどの美貌と機知に富んだ話術で、他国の外交官や貴族達を味方に付けていくばかりか、彼女に心酔した者を通してその国の内情をつぶさに手に入れていくのだ。

そしてその情報から、祖国を始めとする周辺国に内乱や反乱を起こし、絶妙なタイミングで疲弊した国々に軍隊を送ると全てを制圧し、大国を樹立した。

それがセントパルミア大公国であり、その初代王妃に就いたのだ。

これだけならば、歴史書には戦争を仕掛け多くの王侯貴族と人民の命を奪った、“稀代の悪女"として名を残しそうなものだが、彼女がそうならなかったのは、同じ頃に大陸中央に突如興ったハサンファティマが大きな理由だった。


彼女がセントパルミア大公国の初代王妃に就いた頃、同じく周辺国を制圧し勢いに乗ったハサンファティマが進軍してくるが、大国となっていたセントパルミアを破ることが出来ず、敗走の途についた。

その後四度にわたるハサンファティマの進軍があったが、尽く打ち破った公国と不可侵条約が締結され今に至っている。

それ故、美貌と知性を兼ね備え、野蛮な騎馬民族を尽く退けた救国の王妃とどの歴史書にも彼女を褒め称える記述ばかりが載っている。

その後、彼女は王が病死すると後を追うように亡くなり、歴史書には更に王妃を称える言葉で締め括られているのだ。



だが、敢えてアリシア達アースアイを持つ者は、彼女を"救国"ではなく"傾国"と呼んでいた。

理由は分からないが、同じ瞳を持って生まれた自分達への戒めなのかもしれないーー決して戦争を起こさず、人民の血を一滴も流さないという戒め。


――貴女に似た私が滅ぼすのは、ハサンファティマか大蜃皇国か、それともこのセントパルミアなのか……――


「案外、何処も滅ぼせないばかりか、私自身が滅びるのかもね」


アリシアは、マリア・ツェツィリアの肖像画に一度だけ触れると、自室へ向かうためにくるりと踵を返した。

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