州子と県姫-2-
「ですが、出自は隠しようが無いのではないですか?」
メイヤー夫人が言いたい事は分かる。
どんなに出自を偽ったとしても、貴族の子弟であることは直ぐにでもばれてしまう。
幾人も妻を持てるとはいえ、貴族に嫁ぐのだからその娘の実家も貴族である可能性が高い。ひょっとしたら大貴族に連なる人物かもしれない。
まかり間違ってそんな大貴族の怒りを買うような事があれば、妓楼を潰されるだけでは済まない――最悪は楼主の命も無い。
誰しも揉め事や、厄介事には巻き込まれたくは無いはずだ。
「そもそも妾本人が貴族の出なら、“妾”のままなんてことは有り得ないんだ」
州同士、又は県や郡との繋がりを強めたい場合にその姫を娶るのだ。
例え不器量であったとしても、相手が“姫”であるならば正妻として娶る。
“姫”を愛妾のまま、屋敷の外に邸宅を与えて囲うような事は決してしない。
「反対に貴族の娘なのに“愛妾”のままっていうのは、余程妻の反対にあってるか、何かしら不都合な事があるか、だろうな」
確かに正妻達が“否”と唱えれば、妻に迎えることは出来ない。
だが、夫にそこまで強硬に反対を唱えられる妻というのは、それこそ皇族を母に持つ州姫くらいだ。
そのような高貴な姫を“妻”に持つ男は、特定の愛妾を持って妻の機嫌を損ねるような危険は犯さず、妓楼に通うくらいに留めておくだろう。
となると、本宅の外に囲われている愛妾とその子供というのは、自ずと大貴族に繋がっては居ない者達ということになる。
後ろ盾の無い女とその子供たちが、どのような目に遭おうが誰も気にはしない。
「そういうことだから、貴族の直系は母親の身分が低ければ簡単に売られちまうってわけだ」
ショックを隠せないメイヤー夫人に、ジェフリーは思い出しすように続ける。
「宦官の中にどれくらい貴族の子弟が居るかは知らないが、娼妓の中には元貴族ってのは自称も含めて結構多いぞ」
「そんなに売られる貴族の娘が」
居るのですか?と続けるよりも、ジェフリーの回答の方が速かった。
「借金の形」
「え?」
「郡や県ってのは、その地位を守る為にも結構物入りなんだ。貴族とは名ばかりで、蓋を開ければ財政は大赤字ってとこが多い。だから、借金の形に娘を売る話は昔からごろごろしてる」
「そんなに簡単に、その……子供を売り買いするものなのですか?」
メイヤー夫人には衝撃が大きいのだろう。
その言葉を口に出すことも躊躇っているように見えた。
「こっちでは、妻も子供も夫の所有物だからな。男児は家を継ぐのに必要だが、女児はそこまで大事にはされない。ましてや女児ばかりの家だと、器量の良い娘と正妻腹の娘以外は逆に邪魔者扱いされる可能性が高いかな」
聞き返した訳では無く、驚きに声を上げたのだが、ジェフリーは勘違いしたままで続ける。
「――若い皇子が居るなら、話は別だが」
女児の役割は、結婚により自州と他州の結束を固める役と、後宮に入り天帝の子――即ち皇子を産む事のみを求められる。
だから後宮に入れた娘が子供を産めないとなれば、その姉妹、従姉妹や果ては年若い伯母に至るまで次々と入宮させる。
だがそれは幼い皇子か、好色な天帝の代であれば、という注釈が付く。既に多くの妃嬪を抱え、成人した皇子を持つ天帝の後宮に入る事には意味がない――誰よりも早く男児を挙げるか、数多くの男児を産まなければ価値が無いからだ。
反対に多くの妃嬪を抱えていても、子供が姫ばかりや、幼い皇子しか居ない場合は、勇んで州姫を後宮に送り込むだろう。
「貴族の女が居るとなれば妓楼も箔が付くし、何より高官を相手にするような青楼や妓楼なら、高い金を積んででも欲しがるからなぁ……貴族の娘は誘拐なんかも結構あるし」
いくら外出時に護衛を付けても、野盗などに襲われればひとたまりも無い。
身代金目的の誘拐ならばまだいい方だ。政敵の策略であれば、辱められた挙句、無惨に痛めつけられた遺体が屋敷の前に打ち捨てられる等という事も過去にはあった。
妻や娘が屋敷の奥深くに隠されているのは、誘拐だけで無く事件に巻き込まれないようにとの配慮でもあるのだ。
「西側では、王妃に成り得る身分の娘ってのは、大抵が周辺国の王女だったり大貴族の娘だ。そりゃぁライバル国の使者達による駆け引きや持参金の額もあるだろうが、結局はたった一人しか正妻にはなれない」
後に王が公娼を持ったとしても、どこまでいっても彼女は妾でしか無く、王が亡くなれば王宮から出され修道院に送られるか、残りの余生を生涯与えられた領地から出ないというのが決まりだ。
王の死後は、決して王妃の立場を越える事は出来ないし、王宮に返り咲く事もない。
「だが、こっちでは正式な妻の数は決まっちゃいない。言い換えれば、ある程度の身分の娘で美貌があれば誰でも妃嬪にもなれる」
美貌だけで下女から妃嬪にのし上がった例も多々ある。
中には天帝の生母という者も幾人か居るほど、市井の娘でも優れた容貌の者は、両親が後宮に下働きとしてでも入れたがるほどだ。
「娘を持つ州侯にすれば、同じ年頃の娘を持つ貴族は、全員"敵"という事ですね?」
「そうだ。後宮に入ってしまえば、どれだけ位の高い大臣であっても妃嬪に手出しは出来ない。だから同じく妃嬪である娘とその侍女達が、自身で手を下さなければならないが、入宮前なら州侯や一族の者がどうにかしてしまおうと考えてもおかしくは無いだろう?」
「そういうものでしょうか……」
「ま、今は感覚的にも理解できないと思うが、入宮すれば嫌でもわかるだろうさ。それより――」
「柳偉、ですね?」
話を戻したジェフリーに、メイヤー夫人は直ぐに反応した。
「州子か州孫だと思ったのはどこで?」
「姫様に対し、三跪三叩頭礼をいたしました」
「三跪三叩頭礼……確かに、州候かその後継ぎにだけに許された謁見作法だが、見様見真似ってことは?」
宦官であれば、州候達の謁見や妃嬪達の所作を間近で見る機会も多いはずだ。
器用な者なら、見様見真似で覚えることも出来るだろう。
「それこそ宦官如きが?ですわ」
そう、宦官如きが州候やその直系にのみ許されている物事を、例え真似であれ、似た他の所作であれ行っていいわけが無い。
見つかればその場で殺される程の行為だ。
なのに、そんな危険を犯してまでアリシアに見せた柳偉の意図とは何なのか。
「からかわれたなんて事無いだろうな?」
「誰かに見られれば、その場で頸を刎ねられる恐れがありますのに?」
そんな危険を犯してまでアリシアをからかったとなると、肝の座った者かただの大馬鹿者かのどちらかだ。
「その為に夜の闇に紛れてやって来たんじゃないのか?」
誰かに見られても、見間違いで押し通す為に。
異国の姫が、三跪三叩頭礼を見たと言ったところで、本当に違いが分かるのか?唯の叩頭礼と勘違いされたのでは?と言い逃れをされる恐れもある。
その場合、アリシアが大騒ぎをして後宮内を混乱させたと罰せられる可能性が出てくる。
「口にはせずに、所作だけを見せた事も賢明ですわね」
「そんでもって、望みが金銭や官位じゃなくて貧民救済ってのも賢しいな」
アリシアに濡れ衣を被せる為の芝居であったとしても、柳偉が金品を要求してたとなれば、貴妃を騙して取り入ろうとしたと言い返せるのだが。
二重三重に安全策を張り巡らせる手腕、柳偉という宦官、確かに宦官にしては頭が切れる。
ジェフリーは大きく溜め息を吐く。
「切れ者過ぎて、逆に厄介だな。そんな奴を姫の懐に入れて大丈夫なのか?」
一瞬言葉に詰まったメイヤー夫人だが、アリシアが欲しがる人物だ。
「確かに……気は置けませんわね。でも反対に、それくらいの者で無くては後宮で、姫様の手足になり得ないのも事実でしょう?」
メイヤー夫人も、柳偉をどう扱うべきなのか悩んでいるようだが、腹を括って彼の動きを見るつもりなのだろう。
その様子を見て、「ふう」と肩で大きく溜め息を吐いたジェフリーは、首を傾げて呟いた。
――けどアイツの年廻りくらいで、取り潰されたって州は聞いた事が無いんだが……――




