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相続-2-

「ここまで来ては婚約を無かった事にすれば大蜃皇国(あちら)の顔に泥を塗る事になる。かと言って、違う姫を送ったところで直ぐにばれてしまうだろうし、向こうは納得済まい」


「そこまで見越してお前の絵を送ったのであれば、お前の母親も少しは知恵が付いたと普段なら褒めてやるところだが、アレは何も考えずにお前ならば絶対に目を惹くと思ったのだろうな」


此度はやらかしてくれたとしか言いようが無い、と小さく付け加えられた言葉に、向かいに座るアリシアも頷いた。


「祖国が窮地に立たされている今、形振り構っていられないのでしょう」


実の母親だと言うのに、アリシアも辛辣だ。

それもそのはず、美しい容姿に王太子時代の父王が一目惚れをし、自殺騒動まで起こして結婚に漕ぎ着けた。

西側諸国では、宗教上、一夫一婦制が採られてはいたが、王には常時複数人の愛妾がいる事が普通である。中には愛妾を持たず、生涯王妃のみという王も中には居たが、極々稀なことであった。

その極々稀な人物がアリシアの父であった。彼は、一人も愛妾を持たず王妃一筋であり、そして殊のほか彼女に甘かった。

だが、所詮他国の姫だ。普通の姫に必要な教育しか施されていない彼女は、アリシア達セントパルミアの姫から見れば、美しいだけの人形のようにしか見えないのも仕方ない。

そして、今回このような事件を起こしたのには理由がある。

王妃の祖国は、セントパルミアの東に隣接する小国だった。

ハサンファティマが西に侵攻した場合、セントパルミアより先に攻撃を受けることになる。

しかも、大国の軍勢を撃退できる軍備も、支援が来るまで籠城して凌ぐ堅牢な城壁すら持ち合わせない平城だった。

近年中央が力を蓄えて西に侵攻してくるのでは……という噂があちこちから絶え間無く流れてきていたのだ。

娘の内の誰か一人を大蜃皇国に嫁がせれば、この侵攻を止められると安易に考えたのだとしても、おかしくはない。


「浅慮な……」と眉を顰め忌々しげにセシリアが呟いた。


「大伯母様がお妃教育をもう一度なされればよろしいかと」


アリシアは、溜め息を溢すセシリアに向かい、にっこりと微笑みながら提案をしてみせた。


「教育?」


「はい、我等セントパルミア公国の姫が受ける教育を、大伯母様自ら母上に施されては如何かと」


もう少し思慮深い行動が出来るようになるかもしれません、とアリシアが続けると、溜め息ばかり零していたセシリアの眉間の皺が解けた。


「我等の授業も無くなり、お暇でしょう?」


アリシアがカップを口唇に付けながら上目遣いに見上げると、セシリアは理解したのかにんまりと瞳を細めて人の悪い笑みを口元に刷き、楽しそうに笑い出した。


「ああ、そうだ。それは良い考えだ。わたくし自ら教えて差し上げよう」


この大伯母の授業はそれはそれは大変だった。

姉達も毎日泣き暮らすほど、スパルタで有名なのだ。

今ならば理解出来るが、薬草だけでなく中には毒を持つものも扱うのだから仕方の無い事だが、当時の自分たちには理解が及ばずただ怖いだけの人だと思っていた。

さて、母上は何処まで耐えられるかな?と、アリシアもこれくらいの意趣返しは許されるだろうと考えながら、カップを傾ける。


「それはさておき、お前は戻ってくるつもりかえ?」


「父上のお話では、三年以内には戻れる様な口振りでしたが……」


「ならば、覚悟をおし。お前はこの国の土を踏む事は二度とない。大蜃皇国だけではなく、ハサンファティマにおいても後宮入りした他国の姫が戻された事例は一つも無い。お前の父親はどんな夢を見て、お前を取り戻せると考えたのかは知らぬがな」


「戻っては来れない、と?」


静かに頷くセシリアを見つめながら、やはりな……とアリシアも頭の隅で考えていた。


「本来ならば、わたくしがマリア・セシリアを退く時に渡す物だが、今渡しておこう」


そう言って取り出したのは、螺鈿細工の施された化粧箱だった。

蓋を開けると、中には掌よりも少し大振りなカードが沢山入っていた。

表の絵柄は太陽と月と星が描かれており、裏には一枚ずつ全部違った図柄が描かれている。

太陽や月、星といった天体から、犬や猫といった動物、宝石とにかく色々な絵が描かれていた。


「我等が館と名を相続する手順は、知っているな?」


アースアイの瞳を持つ姫が、この北の塔を前任者から引き継ぐ時、それはマリア・セシリアの危篤、もしくは死亡時の時だ。

入れ替わりにこの北の塔に入り、生まれた時に両親から貰った名を捨て、新たなマリア・セシリアとなる。


「我等が"傾国"様より相続するは、彼女の名と北の塔、そしてこの"カード"の三つである」


「カード?何に使うものですか?」


「さて?わたくしだけでなく、歴代も何に使ったのか、そしてどうやって使うのかは知らぬ。"傾国"様がどのように使われていたのか、そもそも使っていたのかさえも分からぬ代物ゆえな」


「ただアースアイは、塔と名とカード(この三つ)を相続する決まりなのだ」


「カードだけ相続させて良いものかも悩んだが、わたくしがまだ生きている以上、名はやれぬし、塔は持っていけぬであろう?ならばせめて、これだけでもお前に渡しておきたい」


「分けてしまっても良いのでしょうか?」


「塔が我等を閉じ込める籠だというのなら、お前が異国へ嫁いでしまえばそれはもう意味を成さない。お前自身とカードの二つが揃っていれば問題無いだろう」


"傾国"様に瓜二つなお前が持っているのが良かろう、と化粧箱の蓋を閉じると、アリシアの方へ寄越して来た。


「それと、嫁ぐまでここに通い、上の本に全て目を通しておくといい」


北の塔は、塔部分が書庫になっている。

毒姫が実家から持ってきた持参金の一部、毒薬について記された貴重な本や、歴代のマリア・セシリア達が収集し残した貴重な本、彼女達が暇に飽かして行っていた研究や日記に至るまで、全て収蔵されていた。


「鍵は開けておくから、好きな時に来るといい。ただし、持ち出す事は許さぬ」


子供の頃、塔の上に行きたくて仕方なかった。

バッティステッラ家に伝わる秘薬に、歴代が収集した貴重な書籍。王宮の図書室よりも価値のある本が沢山眠る場所。

塔に入れるのは自分が相続してからだと思っていたから、その機会は永遠に無くなったと思っていたけれど。

セシリアは、カードを渡した今この時点で全てをアリシアに引き渡したのだろう。


出来るだけ沢山の本を読み、内容を覚えなければ。時間が少ない事がもどかしい。


「マリア・セシリアを手放す我が国は、これから緩やかに滅んでいくのだろうな」


アリシアを見ながらセシリアが呟いたが、深い物思いに耽る彼女には届くことはなかった。

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