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相続-1-

アリシアが扉を出ると、直ぐ外で待っていた一人の侍女に捕まった。


「アリシア様、マリア・セシリア様がお呼びでございます」


「大伯母様が?急ぎのご用かしら?」


侍女は、「はい」と頷くとアリシアの返事を待たずに背を向け歩き始めた。

急ぎでなくてもこれで授業に戻らなくていい口実が出来た。

それに相談したい事もあったので、アリシアにしてみれば渡りに船といったところだ。


大伯母マリア・セシリアは、祖父の姉に当たる人物だ。

独身でこの王宮から一歩も出ることなく、北の塔に居を構えている。

最近では日曜の礼拝の時に挨拶を交わすくらいで、普段からこれといって交流がある訳でも無かったが、アリシアの薬学の師でもあった。

アリシアの結婚についてだとしたら相当耳が早いが、それ以外に呼び出しを受ける理由も見つからないのだが。

そんな事を考えながら、侍女の後を追うように北の塔へと向かった。

北の塔は、高く聳える塔部分と一階部分には普通に沢山の部屋とがある。

全てが大伯母に与えられているが、陽が差し込むようにと大きく取られた窓が沢山ある一階の庭に面した部屋を昼間の居室とし、続き部屋を寝室として使用するほかは、何処も使われていなかった。

天井まであるオークの扉は、飴色に光り重厚感を漂わせているが、近づけば蔦と小鳥の意匠が施された可愛らしいものだとわかる。

侍女がその扉をノックすると、中から大きく外側に開かれた。


「アリシア様をお連れいたしました」


「ありがとう」


部屋の中央に設えたテーブルと、クッションを沢山置いたソファにゆったりと腰かけた老女、マリア・セシリアが柔らかく微笑みながら礼を述べた。


初めて彼女と会う人はきっと戸惑うに違いない。

歳から言えば初老という括りになるのだが、艷やかな肌は皺も少なく眼光は父王よりも鋭い。何より、母親である毒姫譲りの美しい黒髪であった。

少女の頃に比べればふくよかになったとは言え、それでも夜会にやって来る夫人達よりずっと細身でもある。


その綺麗な黒髪をマーガレットに結い、胸元が大きく開いた黄色のドレスには小さな花の刺繍が施されている。

若い頃から可愛らしいものが大好きだという大叔母の部屋は、レースやリボンで所狭しと飾られていた。

そんな可愛い小物に囲まれた彼女に声を掛けられる。


「こっちに来て、お座りなさい。美味しいお茶が手に入ったのよ」


「大伯母様には、ご機嫌麗しく」


「知ってるでしょう?堅苦しい挨拶は嫌いよ、さぁ座ってちょうだい」


扉付近でアリシアが挨拶をしようとすると、途中で遮られる。


「お茶の用意が出来たら、皆下がって。二人きりにしてちょうだい。あと、良いと言うまで誰も近づけないでちょうだい」


「畏まりました」と一人が答える間にも他の侍女達がてきぱきと準備を進めている。

アリシアの前にも花を型どった可愛いティーカップとお菓子が置かれ、カップに温かな紅茶を注ぐと侍女達は次々に部屋を後にした。

ワゴンを押す音と足音が遠ざかるまでの間、どちらも言葉を発さない所為で大きな室内は静寂に包まれていた。

カップをテーブルに置いたセシリアが、アリシアを見つめてくる。


「先ずは婚約おめでとう」


「お耳が早い」


やはりその事か、とアリシアはカップを持ち上げながら口角を笑みの形に引き上げた。


「他の姫達は心配はしていないけれど、お前の事は……ね」


「この眼があるからですか?」


「そう。わたくしと同じアースアイ。しかも初代王妃マリア・ツェツィリア様……"傾国"様に瓜二つ」


彼女の瞳もアリシア程はっきりとしたものでもではないが、アースアイと呼ばれる瞳であった。


「話を耳にしてすぐにお前の父上にも忠告はしたのよ?」


初代の忠告を忘れたのか?この瞳を持つ者は決して嫁がせ(外に出し)てはならない。

何のために我等が、結婚も許されず我が子を抱くことすら諦め、北の塔で軟禁に近い状態で生涯を過ごすと思っているのか!国を想っての事以外他ならぬからぞ!


きっとこの大伯母の迫力は凄かったことだろう。

だが、父も母も大臣達すらソレには触れなかった。

私の結婚は、彼等の中では決定事項で覆される事は絶対に無いということだ。


「連中は四百年近く前の話は、もうお伽話程度にしか考えていないようだ」


ましてや、お前の母親は他国の姫故、よけいな……と言って、セシリアは再びカップを紅を引いた口唇に付けた。

そして再び口を開くと、溜め息とともに苦々しそうに口を開く。


「こんな事なら、もっと早くに死んでおけば良かった。そうしたら、お前にマリア・セシリア(この名)北の塔(ここ)を与えられたのに。あたら薬草の知識があったばかりに……」


そんな事、と言い掛けアリシアは口を閉ざした。


セントパルミアの王子と姫は、物心付く前から教え込まれる事がある。

初代王妃と同じ瞳を持って生まれてくる姫は、生涯この城から出してはならない、と。

この瞳を持って生まれてくるのは必ず女児だけであるが、姫達が産んだ子供はこの瞳を持つ者は生まれない。この瞳を持って産まれる事の無い王子の姫にのみ発生するのが分かっていた。

では、一生城から出さない姫にも教育を施すのは、次の王ーーつまり兄弟もしくはその子孫の相談役や、もしもの時には幼い王子の代わりに王の代理を務めるためである。

セントパルミアは決して他国出身の王妃に権力を渡さない。それは初代王妃が定めた法に則ったものだ。


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