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皇子達との謁見

県を省に変更しました。

前回寄港した国から実に数十日振りの地上だ。

地面に足を着くものの、未だに揺れている感覚にふらついてしまうが、目の前に立ち塞がっている兵士達には悟られないよう細心の注意を払う必要があった。


決して侮られてはいけない。失敗も許されない……緊張に手足が冷たくなっていくアリシアの頭の中は、祖国の面子を保つ事だけが占めていた。

両脇を固める兵士達が、アリシアの歩に合わせて手に持つ旗を挙げていく。

大量の軍旗の間を縫うように焦ったいほどゆっくりと勿体ぶった動作は、自分に価値があると思わせるため、そして相手のペースを崩し自分のペースに持ち込む心理作戦でもある。

何処まで通用するかはわからないが、自国と自分に価値を見出して貰わねばアリシアの来た意味が無い。

だが、訓練された兵士達の一糸乱れぬ動作で美しい弧を描き振り上げられる旗を見ながら、十四の小娘の心理戦など無駄だと言う事だけは嫌でも気付かされた。


皇国は、中央に位置する皇都を有する央県を中心に、放射線状に大きく八つの地域に分けられる。

時計回りに、北に(かん)、北東に(ごん)、東に(しん)、南東に(そん)、南に()、南西に(こん)、西に()、北西に(けん)の八つの省が配置されている。

各省は三つの州に分かれており、全土で二十四州。

州の中は細かく郡に分かれ、郡の中もまた細かく県に別れるが、各州は一氏族が治めており、皇国ではこの二十四氏族が有力貴族として絶大な富と権力を有していた。

それ故、この氏族出身の子息が表では皇国のほとんどの高位高官職を、子女は後宮で皇后と四妃と呼ばれる貴妃・淑妃・徳妃・賢妃の位を独占し、表と奥の両方から皇国を動かしているのだ。


先ほどからアリシアが通る直前に見せつけるように振り上げられる旗は海風に大きく靡き、中央に書かれた文字をはっきりと読み取ることができる。

色違いの二十四旗。

旗と同じ色のマントを纏った兵士が、高々と振り上げたあと微動だにせず、アリシアが通る道を飾った。

これは、皇国の州旗であり、中央の文字こそその有力氏族名だ。

ジェフリーが船上で見分けたのは、この色によってどの氏族かまでは分かるからだった。


国に居た頃、メイランに最重要事項としてこの二十四色を一番最初に教えられたが、今これだけの数の旗を目の当たりにするまで、半信半疑であったのは言うまでも無い。

後でメイランに詫びておこうと他所事を考えられるくらいには、アリシアにも少し余裕が生まれてきた頃、何処までも続くのかと思われた旗の道に終わりが見えた。


屈強な兵士達の垣根が割れ、その奥に護られた成人男性二人と子供が一人。

兵士達と違う豪奢な服装から、彼らが皇子達なのだろう。

中天近くにある太陽の光を跳ね返して光沢をみせる黒の長衣に、金糸で胸と肩部分に丸い縫い取りと模様が刺繍されている。

詰襟部分と折り返した袖口、そして長衣の両横から見えるプリーツ部分と、長衣の裾から覗くズボンが各人違う色をしている。

黒は最礼色であり、上着は県の色、下衣は州の色が使われるらしい。


皇子は四人だと聞いていたはずだが、一人足りない。

左から順に年の順に並んでいると思われたが、こっそりと辺りを見回してもそれらしい残りの一人が見当たらない。

そうこうする内に後十数歩というところまで迫ると、クリストファーはエスコートをしていたアリシアの手を離し、その場に片膝を突くと剣もその脇へと置いた。

後ろに付いて来ていた侍女達も一斉に歩を止め、最上級の礼を取る。

その場からアリシアだけが更に五歩ほど進み、スカートの両脇を摘むと優雅にお膝を折るお辞儀をして見せた。



自分よりも上位の者と話す場合、国によってその作法は違うが大凡二種類である。

位の上の者から下位の者に話し掛け、それを皮切りに下位の者が口を開いて良い場合と、下位の者が上位の者の許しを得て話し掛けるというものだ。

そしてここ大蜃皇国では、例外はあれど前者であることが通例だった。


アリシアは、頭を下げたまま声が掛かるのを待つ。

皇国側から、しずしずと一人の男性が近付いてきた。

公国側に一礼すると、良く通る声で演じるように声に抑揚をつけ話し始める。


『セント・パルミア公国、第七王女アリシア・フィリア・デル=パルマ姫、まずは無事に大蜃皇国ご到着、お喜び申し上げます。天帝陛下より、姫君の為に皇子様方の御出迎えと警護の儀仗兵を遣わされました』


頭上で語られる言葉を聞きながら、アリシアは困っていた。

母国で皇国語を習いはしたが、それは日常会話に重きを置いており、このような式典の場合は、相手側が通詞を用意してくれているとばかり思っていたのだ。

その時だった。


『皇子殿下に御拝謁を賜ります!』


響いたのは、メイランの声だった。

普段の大人しい彼女からは想像出来ない大声である。


『式典の最中に何者だ! 弁えよ!』


式を中断させられ顔を真っ赤に染め激昂した男が、それこそ式にそぐわない甲高い声で叫んだ。

男の着物の裾から覗く靴先が、苛立ちを隠せずに小刻みに揺れている。


この程度で激高するとは、宦官か……それも皇子付きならば、高位の太監なのだろう、とアリシアが頭を下げ続ける眼に映る男の爪先を見ながら思った。

不機嫌な態度を隠そうとしない宦官を他所に、蹌踉めきながらもアリシアの左後ろまで駆け寄ったメイランは、両膝を地面に突くと左手の甲に右手を重ねて大仰な仕草で額づいた。

叩頭と呼ばれる大蜃皇国において最上級の礼だ。

宦官の爪先の揺れが収まる。苛立ちよりも、困惑しているのが良く分かる。

自分では処理しきれないと判断したのか、宦官が皇子達に指図を仰ぐよりも先に少し低めの声が届いた。


『構わぬ、話せ』


こちらも冷たい声色に、機嫌を損ねたことが読み取れる。

このままでは不味いが、言葉が分からないアリシアにはどうすることも出来ない。


『お許しいただき、ありがとうございます。……どうか、姫様の通訳をお許しいただきたく』


『ああ……、それは……気づかず不便をかけた。琳太監、通詞はどうなっている?』


『公国語の通詞は、……その、陛下の元に……』


『ここには連れて来ていないと言うことか?』


『はっ、申し訳ございません』


少しの間遣り取りがあった後、小さな溜息を零した皇子の声には変化があった。


姑娘()、そなたは公国側の通詞か?』


『滅相もございません。姫様付きのただの侍女でございます』


『だが、通訳も出来るのだな?』


『はい』


短い言葉ならば拾える。

最悪の事態は免れたようだ。


『これ以後、皇都まで姫君が困らぬよう必ず側に控えよ』


『承知いたしました』


しかも、どんな時でもメイランだけは連れ歩ける許可が降りた。


「姫様、通訳の許可がおりました」


アリシアが聞き取りやすいようにと、メイランはほんの少しだけ顔を上げ、自分の手元を見ながら話し始めた。


「こちらの方々は、天帝陛下が遣わされた儀仗兵と護衛の兵士でございます。また、指揮官は皇子様方だそうです。どうぞ、お礼のお言葉を」


「天帝陛下の細やかなお心遣い、有難く拝領いたします。また皇子様方にも、ご足労をお掛けましたこと、御礼の言葉もございません」


アリシアは謝辞のため、膝を更に深く折ると下げていた頭を更に下げた。


『貴女は父上の妃となられるのだから、礼は不要です。どうぞお顔を上げてください』


先ほどメイランに許しを与えた声が、アリシアにも掛けられる。

顔を上げると、先ほどの太監が判官筆の穂先を軽く振り、アリシアに皇子たちに近づくよう目配せで合図を送ってきた。

きょとんと太監を見つめるだけのアリシアに、彼は手に持つ筆の先を大きく揺らしてみせるのだが、アリシアには何を意図しているのか上手く汲み取れずに、ただ揺れる穂先と太監とを交互に見つめるしかない。

そんな彼女らの遣り取りに軽く吹き出したのは、真ん中に立つ皇子だった。

顔を背け、口元を右袖で隠してはいるものの、肩が大きく震えている。

それを左右の皇子達が見ていたが、一番左端の皇子が先に動いた。

アリシアに自ら近づいてきたのだ。慌てて他の二人も続いてやって来る。

手の届くほど近くまでやって来ると、側の太監をチラリと見遣った。

太監はコホンと一つ咳払いをすると、先ほどと同じように芝居掛かった声で、皇子達の名を読み上げる。


『大蜃皇国、第二皇子・酉 怜蜂(ユウ レイホウ)殿下』


『同じく、第三皇子・申 禄蝉(シン リョクセン)殿下』


『同じく、第五皇子・子 瑞蛉(シ ルイレイ)殿下』


名を呼ばれた皇子が、各々左手を胸に当て、小さく頭を下げてみせる。

略式ではあるが、西側の国々に多い作法であった。

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