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アリシアと皇子達-3-

怒涛とはまさにこの事、と言わんばかりの勢いだった。

禄蝉達の背中を見送っていたアリシア達一行に、背後から怜蜂の声が掛かる。


『娘娘、どうぞこちらへ』


呼ばれて部屋に入ると、椅子を勧められた。

侍女達が、机の上のものを素早く片付け、アリシアの目の前で新しい茶器が用意されていく。

怜蜂に手を引かれ勧められた椅子に向かうと、柔和な表情でアリシアを見下ろして来た。


『ああ、衣装も良く似合っておいでだ』


「ありがとうございます。こちらの着物はとても楽で、もう倒れる事も無いと思います」


――貴重な時間を無駄にしてしまい、申し訳ありません――


アリシアと瑞蛉、怜蜂が各々席に着き、そしてメイランはアリシアと怜蜂の間に、他の者達はアリシアの背後に立っている。

州城の侍女達は全て下がらせたが、続き部屋には人の気配があった。

何かあれば直ぐにでも飛び出してくるのだろう。

扉から視線を戻したアリシアは、怜蜂を見上げて訊ねた。


「不躾で申し訳ありませんが、天帝陛下は以前からお身体の具合が悪かったのでしょうか?」


『いいえ……遠方より妃を迎えるのですから、決してそのような事はありません』


ここに来るまで公国を罠に嵌めるために、天帝の体調を隠していたのかとも思ったが、騙された訳では無さそうだ。

安堵に詰めていた息をほっと小さく吐いたアリシアに怜蜂が続けた。


『と言いたいところですが、貴女との婚約が決まった昨年より午皇后宮よりお出ましも無く、我々皇子達ですら側近くに寄せては貰えず、遠くからの御目通りという状況が続いていたので……』


これは……拙い事になった。

一年も姿を見ていないとなると、アリシアが皇国の地を踏むより以前に天帝が亡くなっていた可能性もある。

ひょっとすると、締結された同盟も天帝本人が結んだものではないかもしれない。

帰国すべきだ。これは私では手に負えないどころか、下手をすれば皇国の政争にセントパルミアが巻き込まれる恐れがある、と頭の中でアリシアは少ない情報からどうするべきかを考えていた。


『姫、公国と交わされた条約の内容をご存知なら教えていただきたい』


怜蜂に声を掛けられ、深く沈んでいた意識を目の前に向ける。


「申し訳ありません。わたくしが知らされているのは、これが三年間の"白い結婚"である事のみです。ただ皇国へ行けば良いと言われて国を出ましたので、詳しい内容は教えて貰ってはおりません」


『"白い結婚"?』


西側では宗教上一度結婚した場合、離婚は認められていない。

ある場合を除いては。


同盟や条約により良く使われる手が、自国の王もしくは王子と他国の王女を結婚させて同盟をより強固なものにする事がある。

だが、同盟は結びはしたが条件に不服がある場合、もしくは裏切られる可能性が高い場合や、王女を嫁がせる側が数年後に他国と関係を強固にしたい場合など、遠からず離婚する可能性が非常に高い。

だが、その二人の間に子供が居れば宗教上、離婚は絶対に認められない。

離婚は認められないが、婚姻の無効、取り消しは出来る。

結婚そのものを取り消すものとして使われるのが、"白い結婚"であった。これには条件があり、結婚はするが同衾はせず、決して子供は作らないという双方の書面での取り決めがなされている場合だ。

そして宗教指導者が結婚を禁じた叔父姪などの近親婚の場合は、子供が居たとしても結婚の無効を主張することが出来た。

だが、当事者双方もしくはそのどちら一方から無効の申し立てがなされ、宗教指導者がそれを認めた場合のみ無効となる。そして酷な事に一方的に無効を宣言される場合もあり、その場合、二人の間の子供は庶子となるため王位継承権が無くなる事も珍しく無い。


王女を駒としか考えていない父親や兄弟にとって、結婚の無効は条件的に厳しい。ならば、最初から幼い王女を嫁がせ"白い結婚"と条件を付けた方が、取り戻しやすいという事だろう。


『なるほど、だから貴女が選ばれたのか』


十四歳という年齢は、両国ともに決して幼いという年齢ではない。

アリシアが選ばれたのは、その瞳故にーーそうか、一年前の時点では天帝はまだ生きていた。彼は、アリシアの肖像画を見たのだ。だからアリシアを選んだのだ。その時点で天帝が死亡していれば、アリシア(アースアイ)など選ばず、無難な姉達の誰かを選んだだろう。


「いいえ、幼い王女という条件でしたら、わたくしの下にもっと幼い妹達がおります。わたくしを指名されたのは、天帝陛下と伺っております」


――天帝陛下は、他に何かお考えがあったのではないでしょうか?――


『やはり急ぎ皇都へ戻った方が良いようだ』


天帝陛下の係累侍従か、もしくは右大臣ならば何か知っているかもしれない、という事か。


『多分、何も出てこないだろうな……』


我々も貴女を皇国に迎える事を知らされたのは、貴女が公国を立った三ヶ月前のことなので。三ヶ月後に到着する公国の姫を申州まで迎えに行け、とだけ命じられただけで、他の妃嬪も祖母である卯太皇太后もご存知なかったようだ、と説明してくれた怜蜂は、手の中の蓋碗から茶を啜った。


『貴女の処遇だが、帰国は許可出来ない。次の天帝妃ーー大兄、彩蝣の後宮に入っていただこうと思う。このままこちらに留まる事になったと、祖国に鳥を遣わしてください』


――交わされた条件の如何は問わず、そのまま違わない事を約束しよう。その代わり、最初の条件の通り戻る事は許さない――


やはりそう来たか、とアリシアが苦笑を見せたのは、伯爵夫人が鳥を使った事がバレていた事に対しての二重の意味でだ。

自身の州でも無いのに、兵士だけでなく他人の州城の侍女達まで手懐けているとは。どこに居て何をしようとも、怜蜂の耳につぶさに届くのだろう。

これは惜しい、彩蝣殿下を見ていないから何とも言えないが……人心を掌握する能力に瞬時の判断力、母親の身分が低い事が惜しまれるのも頷ける。

アリシアが視線を落とし、怜蜂の作法を真似て蓋碗の蓋で茶葉を奥に押しやっていると、大人しく菓子を摘んでいた瑞蛉が口を開いた。


『二兄、娘娘は大兄の宮に入るの?』


『元々姫は、我が国と公国との同盟の証として天帝の元へ嫁いで来られたのだ。同盟を継続するには、次の天帝妃とならなければならない』


小弟(ぼく)の宮ではダメ?』


『何を言って』


『だって、兄上達の宮には既に義姉上(あねうえ)達が沢山いらっしゃるけど、小弟にはまだ一人も居ないから!』


『妃が欲しいのなら、皇都に戻り父帝の喪が明けたら兄上と相談し、適当な州姫を選んでやる』


だから話を混ぜ返すな、と父親のような口調で嗜めるも、当の瑞蛉は聞いてはいない。

椅子から降りると、アリシアの側へと寄っていく。


『娘娘、小弟なら正妃にしてあげられるよ!三年間子供を作らない約束なら、別に小弟でもいいでしょう?』


ね?と、アリシアのものよりも一回りは小さな手で、アリシアの右手を大事なものを包み込むように握ると、少し高い位置から見下ろしてくる。


『瑞蛉!娘娘は、天帝妃の敬称だ。既に姫はそう呼ばれたのだから、紛れもなく天帝の妃だ。子供が口出しすべき事柄では無い!』


『下がりなさい!』と、怜蜂が鋭く一喝した。


漆黒の瞳に第二皇子を映していた瑞蛉は、アリシアの手を名残惜しそうに離すとクルリと背を向け駆け出して行った。


「あ……」


背を向ける一瞬見えた瑞蛉の表情は、口唇を噛み涙が溢れそうだったのは見間違いではない。

椅子から少し腰を浮かせたアリシアに、片手を軽く上げ制止したのはジェフリーだった。


「様子を見てきますから、話を詰めておいてください」


そう言い置いて出て行ったジェフリーの背を見送ると、メイヤー夫人が耳打ちしてきた。


「彼に任せておいて大丈夫でしょう」


目の前の怜蜂へと視線を戻すと、彼は眉間を指で押さえているところだった。


『兄弟の中で瑞蛉(あれ)だけ一人、年が離れているのと、幼くして子皇后(母親)が亡くなった事もあり、皆で甘やかし過ぎたきらいがあって』


申し訳ない、と素直に謝られた。

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