王女の結婚-1-
気怠げにカウチに寄り掛かり、緩くウェーブする長い髪を結って貰っている少女は、手の中の少し大きなカードを眺めていた。
少女の名は、アリシア・フィリア・デル=パルマ。
このダンタリア大陸の西に位置するセントパルミア公国の第七王女で、国を出国した三ヶ月前に一四歳になったばかりのまだあどけなさが抜けきらない少女である。
だが、彼女の面差しは幼さが残るとは言え、その昔、西側諸国に美女と名を馳せたパルミア公国初代国王妃によく似ていた。
髪の色は初代王妃が黒髪の長いストレートヘアであったのに対し、アリシアのものは緩くウェーブする赤み掛かった黄金色と正反対ではあったが、顔立ちとそして何よりアースアイと呼ばれる貴重な瞳は生き写しであった。
その星をたたえたようなと形容され、光の加減で色の変わる宝石のように煌めく瞳が。
そのため幼少の頃より数多の王族、大貴族から求婚が絶えなかったくらいだ。
それが何の因果か、決まった嫁ぎ先は大国とはいえ、東の最果ての大蜃皇国。
人種や言葉、生活習慣だけでなく、生まれた時から信じてきた宗教も違う上に、王妃ではなく妃の内の一人として嫁がされるなど、初めて聞いた時には両親と重臣達の頭を疑ったものだ。
だが、過去に同じような境遇に置かれた姫は幾人か存在したのも歴史書が語っている。
いずれ自分の名もそこに記載されるだけだと、諦め祖国を発った。
手の中のカードを見るともなしに眺めていたアリシアが、ふと気づいたように側に立つ侍女に声をかけた。
「何かあったの?上が騒がしいわね……」
ギッ、ギギッと木材の軋む音が小さな室内に響いている。
その合間に、バタバタと何人もの人間が忙しなく走り回って甲板を叩く靴の音や、怒号が聞こえてきていた。
今朝は、朝早くから起こされ普段よりもキツくコルセットを着付けられているので、気分が悪い。
しかも、本日漸く嫁ぎ先である大蜃皇国に到着するからと、着飾らされ髪も念入りに梳られている最中だ。
「そうでございますね、間もなく港に着くのでしょうか……」
「漸くでございますね!」
アリシアの左右に付き従い念入りに髪や化粧の手直しをしていた双子イングリットとマルグリット・バークレイが、交互に応えた。
シナモン色の長い髪とオリーブ色の瞳を持つ彼女達は、ぱっと見では判別がつかない。そのため、長い髪を後ろで一つに結い上げているのが、イングリットで二つに結っているのがマルグリットと髪型を変えている。
この双子はアリシアの乳母の娘で、アリシアが生まれた三つの時から宮廷にあがり、母同様にアリシアの遊び相手であり姉のように仕えてくれていた。
今回の結婚が決まった時には、乳母が既に亡くなっていたため自分たちが一緒に付き従うと申し出てくれたほどである。
彼女たちの実家である男爵家は、この期に双子を連れ戻し有力貴族に嫁がせようと画策していたようだが、異国に嫁ぐ王女に付き従う相応の身分の子女など何処にも居ないことから、国から支度金という名の名目で彼女達の実家に相当額が支払われ、彼女達は今この船に乗っているのだった。
三人の遣り取りを荷物を片付けながら微笑ましく見ているのは、シルビア・メイヤー伯爵夫人とメイラン・ツァオの二人だ。
二十代で夫を亡くしたメイヤー伯爵夫人は、子供も居なかったことから王妃に乞われて宮廷に上がり、アリシアが五才の頃から彼女の行儀作法や勉強といった家庭教師を務めていたが、何故か婚礼に伴って従者として付き従ってくれた。
「公国に残ってもする事もありませんし……それに女で異国に行くなんて、素敵でしょう?」
と綺麗に結い上げた銀糸の髪に光を反射させ、灰色掛かった空色の瞳を細めて彼女は微笑んだ。
まだまだ若いのだから再婚するという道もあるのに、勿体ないと国を出る前のアリシアは思っていたが、今は付き従ってくれた事を感謝している。
最後にメイランだが、黒髪に黒い瞳の彼女は大蜃皇国の貴族の娘という触れ込みで、かの国の商人から一年くらい前にパルミア王が買い上げた。
アリシアの皇国語の教師と通訳、そして皇国の仕来りや作法を彼女に教える為だ。