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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
9/49

【陸上自衛隊 ⑵】


 二〇三三年 一月 七日 午後十四時十分

 東京都新宿区、都庁前。


 化物だ、と無線交換手は思った。

 神社戦。彼女からもたらされた情報によってヒトガタへの対処法を確立させることに成功し、自衛隊と機動隊で共同部隊を構築し各地に現れたヒトガタを行動不能状態に追い込むようになってから数時間。

 各地で駆除されたヒトガタの数が百を越えたあたりのことであった。

 新宿区に他のヒトガタとは比べ物にならないほど巨大で、かつ屈強なヒトガタが現れ──それまで優勢であった形勢が一気に崩れ、パニックになりかけた。けれどそこに神社戦が現れたことで、崩れた形勢に比例して拡大していくことになるはずであった被害が出ることはなかった。

 代わりに、無線交換手は本物の地獄をその目に焼き付けることとなってしまった。


「アアアァアアアァァア!!」


 巨大なヒトガタの触手にはらわたを貫かれ、抉られてもなお倒れることなく修羅の如き鬼気迸る形相で叫びながら力任せに腕を振り下ろして──触手ごとヒトガタの肉片を根こそぎ奪い去っていく神社戦。


「■■■■■■■■■■!!」


 言葉どころか声にさえなっておらぬ、とか言って擬音でさえもないいびつな音をはらわたの奥底から上げながら十メートルほどもある体長と変わらぬ腕を鞭のようにしならせて神社戦の体を勢いよく地面に叩きつけ、けれど直後には立ち上がってくる神社戦の姿にさらにいびつな音を咆哮の如く上げた巨大なヒトガタ。

 ──人外と人外の、戦いがそこにあった。


「放心している暇があったら生存者連れて退却しろ!」


 背後から倭の怒声が飛んできて無線交換手ははっとしたように隣で倒れている同期を抱きかかえ、引き摺るようにその場から離れていく。


「っぐぁ!!」

「うわっ!」


 巨大なヒトガタの腕に屠られ、戦の体が道路を抉りながら転がってきて無線交換手は思わず声を上げる。戦の体はもはや血が流れていない部分を探す方が大変なほど、血まみれであった。

 けれど戦はすぐ起き上がり、四肢で地面を掴むように四つん這いになった。獣のような、格好である。

 ──いや、実際今の戦は猛獣そのものであるのかもしれない。ぐるる、と戦の喉から威嚇にも似た唸り声が零れ落ちている。血みどろの顔を殺意に歪め、開き切った瞳孔で巨大なヒトガタをまっすぐ捉えて離さない。その闇を煮詰めたような瞳孔からは狂気さえ見え隠れして、無線交換手は思わず身を竦めた。


「──アアアァァアァア!!」


 咆哮。

 爆音。爆風。舞い散る砂塵。飛び散る瓦礫。


「うわぁっ!」

「佐藤! こっちだ!」


 倭の自分を呼ぶ声に無線交換手は慌てて同期の体を抱え直し、砂塵で視界が悪い中声を頼りにどうにか倭の元へ行く。


「我が姪ながら化物だな」


 砂塵が風に吹かれて薄れていき、互いの姿をはっきりと視認できるようになった頃に倭が眉間に皺を寄せて冷や汗を流しながらそう言った。

 倭の視線の先には先ほど、戦が四つん這いになっていた地面がある。そこは──完全にクレーターとなっていた。そして都庁の中からは断続的に轟音が轟き、時折都庁の壁が爆ぜて吹き飛んでいる。──どうやら戦が巨大なヒトガタごと、都庁の中に突っ込んでいったらしい。そして今はそこで、戦っているということなのだろう。


「神社さん、どうしますか? 援軍を……」

「要らん。援軍を呼んでも戦の邪魔になるだけだ。化物は化物に任せて俺たちはとにかく人命救助と避難作業だ」


 倭はそう言うと動ける隊員たちに向けててきぱきと指示していく。無線交換手はまた、都庁の方に視線を向ける。

 轟音に次ぐ轟音。

 震える都庁と爆ぜる壁。

 時折飛び出してくる鱗に覆われた触手。

 吹き飛ばされ屋外に飛び出てはすぐ四肢駆動で戻っていく戦。

 現実であるはずなのにあまりにも現実離れした戦いの光景が、そこにあった。


「アアアァアアアァアア!!」

「■■■■■■■■■■!!」


 血を撒き散らし肉片を飛び散らし血反吐を吐き散らしながら戦う化物たち。

 ──確かに援軍を差し向けても邪魔にしかならないだろう。いや、邪魔でしかない。断言できる──邪魔だ。

 M9を用いても傷ひとつつけることの叶わない巨大なヒトガタの体を、神社戦はまるで発泡スチロールのように砕いてしまう。腕のひと振りで生じた風圧に全身がもがれそうな想い二なるというのに神社戦は薙ぎ払われた腕の直撃を受けてもなおすぐ立ち上がる。人間の目にはとても追いつかない速度で振り回される触手を神社戦は赤子と戯れるように手のひらで受け止め、赤子を縊るようにねじり切ってしまう。

 化物以外の何物でもない。

 ──そしてふと、無線交換手は思う。


「……あの未確認生命体は再生しますが、戦さんはしませんよね?」

「しねぇな。自己治癒能力は異常に高いが……あの化物ほどじゃねぇな。一応人間だし、な」


 無線交換手の問いかけに倭は作業する手を止めないままそう答える。その答えに無線交換手はぽつりと、呟く。


「化物以上の化物じゃないですか」


 巨大なヒトガタは再生する。

 だが戦は再生しない。傷付けばそのまま傷は残り続ける。

 それなのに──戦の動きは少しも、澱まない。鈍くならない。疲れを見せる様子さえ、ない。苦痛に顔を歪めはするし悲鳴は上げる。だがそこに〝(うずくま)る〟の二文字が存在していない。それどころかむしろ、傷付けば傷付くほど──血を流せば流すほど、戦の闘気が上がっていくようであった。

 あれは本当に人間なのだろうか。


「戦は昔から異常にタフだったからな……あそこまでとは俺も思っていなかったが」

「……戦さんがいなかったら、間違いなく壊滅していましたよね──東京」

「ああ。本当に戦がたまたま上京してきていてよかったよ。……九州や関西にはどうやらあのデカいバケモンは現れていないようだし、本当に運がよかったとしか言えん」


 倭はそう言ってため息を吐くと数人の隊員だけをこの場に残し、あとは全員他の隊に編成し直して未だ生き残っているヒトガタたちの駆除にあたるよう申しつけた。その指示に隊員たちは敬礼と共に応え、怪我人を連れて一斉にその場から去っていった。

 後に残されたのは無線交換手や倭を含む数人の隊員と──避難指示を受けたにも関わらずこの場から動こうとしない、数人のジャーナリストだけだった。


「命の保証はしないぞ」


 ジャーナリストたちに向けて倭はそう言い放つが、ジャーナリストたちは承知しているとばかりに頷くだけであった。覚悟の上──ということらしい。


「お前たちも、逃げたいと思ったら遠慮なく逃げろ。こればかりは個人意志を尊重する」


 そう言いながら激戦によって端から崩壊していく都庁を眺めて、倭はひとつ大きく息を吐く。


「戦が勝つと信じては、いるがな」


 生まれる前から化物だったアイツを俺ァ二十年以上見守ってきてんだ──そう言って倭は口を吊り上げる。けれどその顔には、恐怖からの脂汗が滲み出ていた。当然である──あたり一面死体の海であるし、目前の都庁は轟音を立てながら崩壊していっている。死の恐怖を感じないはずがない。


「すみません、カメラマンの斎藤と申します。あの女性は神社戦──神社倭さん、あなたの姪であると拡散されておりますが、それは正しいので?」


 ふと、ジャーナリストのひとりが声を掛けてきて倭は都庁から視線を外さないままにそれに頷く。


「神社戦さんについてお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「構わないが、いつでも逃げられるようにしておけよ」


 こうなってしまった以上、一般人だからと戦の素性を隠していても仕方ない──そう言って倭はため息を吐く。確かに、あの巨大なヒトガタと渡り合うことのできる人間なぞ、一般市民からすれば──いや、戦闘に長けた自衛官からしても畏怖の対象でしかない。それを和らげるという意味合いでも倭は戦について包み隠すことなくジャーナリストたちに語って聞かせた。

 時折響く爆音と、轟く雄叫びに遮断されながらも倭は語り続け──そうして戦が異常な体に生まれてきただけの普通の女性であることを知ったジャーナリストたちは、戸惑いに視線を彷徨わせる。


「特殊な訓練とか……」

「ない。よく見りゃ分かるが、戦の戦い方は素人そのものだ」


 戦は武道を嗜んだこともなければ運動部にさえ在籍していたことすらない。学生時代はずっと吹奏楽部で、運動らしい運動など体育の時間以外はしたことがない。

 至って普通の、どこにでもいるただの女性。

 故に、戦の戦い方に技能はない。

 ただ力任せに。ただ本能任せに。

 貪る獣の如く。(たけ)る畜生が如き。

 そこに存在するは、純粋な暴力。

 無垢にして清廉な純然たる暴力。

 〝暴力〟以外の何物でも、ない。


「力任せに殴って、本能のままに駆け回って、血の猛り狂うままに咆哮する。生まれながらの化物だよ、アイツは」


 だが俺たちの〝希望〟でもある。

 そう言って倭はジャーナリストたちを見回し、今の情報をどう扱うかよく考えるよう言い含めた。


 化物とするか、英雄とするか。



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