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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
7/49

【神社倭 ⑴】


 二〇三三年 一月 七日 午後十二時二十分

 東京都新宿区、都庁前。


 神社戦がこの世に生を受けたのは今から二十四年前のことである。

 倭がまだ駆け出しの自衛官であったころ、姉である神社(かみやしろ)(わだち)が夫との間に身籠った二人目の子が戦である。

 最初は、普通だった。

 違和感に気付いたのは、身籠ってから五ヶ月を過ぎたあたりのことであった。

 その当時のことを思い出して倭はふう、と息を吐く。


「──戦況はどうだ?」

「各地において討伐隊による駆除は順調に進んでいるようです。戦車による攻略は化物の動きが早いことと、戦車の装甲でも攻撃から身を守れないことから中断しています」

「新たに現れたっていうデカい奴は?」

「交戦に入るという連絡以降何も……」


 それを聞いて倭はふむ、と無精髭の生えた顎を撫ぜる。


「戦を呼び寄せよう。──君、申し訳ないが伝達したいことがある。カメラを」


 付近で自衛隊の活動を中継していた報道陣に声を掛けて、倭は自分をカメラの中に捉えさせた。


「戦。この中継見ていたらすぐ都庁前に来てくれ。他の化物どもとは違う個体がいる」


 そこで倭は言葉を切り、何回か繰り返し報道してくれとカメラマンに依頼する。緊急事態だからか、カメラマンはすぐ頷いてくれてテレビ局にいるのであろうプロデューサーと連絡を取り始めた。

 それを見届けて倭は情報収集に努めている無線交換手の元へ戻り、戦況の推移を改めて確認する。付近で待機している戦車の方にも声を掛けて、戦車の装甲はどうやら意味を為さないことを伝えていつでも戦車の外に逃避できるよう指示を下す。そうしているとふと、無線交換手のひとりが声を掛けてきた。


「あの……戦さん、という方は神社さんの姪御さんなのですよね?」

「ん? ああ、そうだ」


 神社(じんじゃ)の家系に生まれ、けれど跡継ぎにはならず自衛官になった倭に代わり姉の轍が婿を取って跡を継いだ。そこに生まれたのが戦で、生まれた当初から──いや、生まれる前から戦は異常であった。異常で、異質で、異端だった。


「お前、一昨年子ども生まれたよな? 何グラムだった?」

「え? えっと、三〇一六グラムでした」

「おお~健康的だな。──あのな、あいつが──戦が生まれた時の体重な、一万グラムを超えていたんだよ」

「はっ!?」


 そうなのだ。

 神社戦が倭の姉、轍のお腹にいた当時から既に異常であった。神社戦の兄である神社(かみやしろ)(まもる)は至って普通の健常な胎児であったのに対し、戦は母親が重みでお腹が引き千切れそうになってしまうほどに重い、重すぎる胎児であった。

 当然、姉の轍は産婦人科で胎児に異常がないか精密検査をしてもらった。けれどいくら検査しようと異常は何ひとつ見つからなかった。異常に重い以外は至って普通の、何か特別なものがあるわけでもないごくごく普通の赤子であったのだ。

 こんなにも重い赤子が生まれるという例は世界中でも数例ほどみられるが、そのどれもがその重さに相応した大きさの赤子であった。しかし戦は見た目だけならば他の赤子と何ら変わらぬ小さく、可愛らしい赤子でしかなかった。

 十八時間にも渡る長い格闘の末に生まれた戦は十キロを軽く超えていて、けれど見た目は他の赤子と何ら変わりないという異質さを孕んでいて、だから当時は病院中が軽い混乱状態になっていた。


「検査の結果、人間の数十倍もの筋細胞を含有していることが分かってな。筋肉が異常発達するミオスタチン関連筋肥大って症例と似ている。異常に筋肉が発達してマッチョになった子どもっての、いるだろ? それと似たようなもんだと診断された──違うのは、戦の筋肉は発達しない。圧縮される」

「圧縮……」

「ボディビルダーのあの筋肉量がUSBメモリーサイズに収まるとでも考えとけ。戦の体はつまり、そういうことなんだ」


 あの小さな体には数百人分ものボディビルダーの筋肉が詰まっているんだ──そう言って倭はくっと口を吊り上げる。我が姪ながら末恐ろしいと、独り言のようにぼやく。


『応答願います! こちら新宿区二〇四小隊!! ダメです、こいつは他の化物とはまるで違──』


 突然無線が入ったかと思えば絶叫が、轟く。

 無線交換手が声を掛けるが返事はない。倭は即座に武装を固めるよう隊員たちに指示し、報道陣に向けても避難の準備をするよう申し付けた。


 そしてそのタイミングを図ったかのように、都庁の屋上に一体のヒトガタが現れた。


 紅蓮よりも暗く。

 光焔(こうえん)よりも(くら)く。

 朱墨よりも黒く。

 緋縅(ひおどし)よりも(くろ)い。

 けれど何よりも。

 何よりも凶悪で。

 何よりも狂暴で。

 何よりも強暴で。

 何よりも兇悪な。

 巨大なヒトガタ。


「退却!!」


 倭の絶叫と、ヒトガタの全身から無数の触手が爆ぜるのは同時であった。


「う、わあぁあぁぁ!!」

「ぎゃああぁ、っがは」


 絶叫と、絶望と、絶命と。

 ヒトガタの弱点が認知されたことで一時は持ち上がりかけた希望が蹂躙される。

 蹂躙、蹂躙、蹂躙。蹂躙以外の何物でもない。


「くそが!!」


 これまで対処してきたヒトガタの五倍ほどもある、十メートルはある巨大なヒトガタに倭は悪態を吐きながらM9を構える。直前の無線でのやりとりからしておそらく無意味だろうとは分かっていても。


 轟音。


 都庁の屋上にいた巨大なヒトガタが、倭の目の前に降り立つ。数人の自衛官ごと戦車を押し潰して、道路にクレーターを作って。


「ぐ──」


 目前にするとこれまでのヒトガタとはまるで違うことが分かる。まず大きさからして違うのは当然であるし、皮質もこれまでのヒトガタとは比べ物にならないほど硬い。硬いというよりも、あれはもはや鱗であった。赤黒い鱗がびっしりと皮膚を埋め尽くしている。刃のように鋭い触手さえも鱗で覆われていて、まるで魚人のようだと倭は思う。


「生存者は固まれ! 固まって銃構え!!」


 倭の怒声に巨大なヒトガタからの攻撃を逃れることのできた自衛官たちが一斉に隊列を作り、M9を構える。

 火花を散らすようにM9の銃口から無数の銃弾が雨の如く巨大なヒトガタに降り注いだ。

 けれど、これまでのヒトガタには表皮をこそげ落とす程度には効いていたそれが、巨大なヒトガタの鱗に覆われた表皮には傷ひとつつかない。


「くそっ」


 案の定の展開に倭は舌打ちをせずにはいられなかった。戦車は圧し潰され、M9は効かない。援軍を呼ぶ暇もない。呼べたとて、到着するまで持ちこたえられるとも思えない。

 詰みであった。


 轟音。


 詰みではなかった。


「戦!!」

「遅くなった。──こいつか」


 倭たち自衛官を庇うように、巨大なヒトガタと自衛官の間に割って入るように上空から降ってきた戦は道路にクレーターを作りながら着地して眼前にいる巨大なヒトガタを睨み据える。


「……確かに、強い」

「倒せるか?」

「倒さなかったら死ぬだけだ」


 戦はそう言って腰を低く構え、跳ねるように地面を蹴って飛び出した。その衝撃でアスファルトが砕け、破片が倭たちに飛び散る。


「──アアァアァァァアアァ!!」


 雄叫びを上げながらの力任せの一撃。それが巨大なヒトガタのみぞおちらしき部分に抉り込む。あんなに銃弾を浴びせても傷ひとつつかなかった鱗が──容易く貫通した。

 人外め、と倭が思うよりも早く巨大なヒトガタの腕が横薙ぎに振るわれ、空気が爆ぜる。直後には都庁の玄関口から爆音が轟いて、同時に横薙ぎによる風圧──どころではない爆風が倭たちを薙ぎ払う。

 地面ですりおろされるように転がった倭はM9を地面に突き立ててどうにか体勢を整え、視線を上げた。その頃には戦が雄叫びを上げながら都庁玄関口から巨大なヒトガタに向かって一直線に駆けていて、そこでようやく倭は先ほど戦が巨大なヒトガタによって薙ぎ払われて都庁の中に突っ込んだのだと理解する。

 風圧だけで倭たちを薙ぎ倒してしまう巨大なヒトガタの横薙ぎ、その直撃を喰らったにも関わらず戦には深手を負ったような色が見られない。頭から血は流しているし、鼻血も出ていて口元から血も流れている。けれどそれがどうした、といわんばかりに戦の雄叫びには闘志しか感じない。

 闘志であり、戦意であり、殺気。

 これまで何十体ものヒトガタと相対し、駆逐してきた戦には見られなかったものが、そこにあった。


 戦は、本気だった。


 人生で初めての、本気であった。



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