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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
6/49

【ジャーナリスト ⑴】


 二〇三三年 一月 七日 午前十時十分

 東京都渋谷区、ハチ公像前。


「スクランブル交差点において暴走していた未確認生命体は先ほど討伐されたそうです。死者は現在判明しているだけでも千人を越えますが、渋谷区においては未確認生命体による襲撃が落ち着いたと見ていいのでしょうか」


 数時間前にはあんなにも人々の絶叫と絶望と、絶命とで彩られていた渋谷区が今は恐ろしいほどに静まり返っている。

 自衛隊や警察、消防隊が忙しなく動いている中、マスメディア陣がハチ公像前を陣取って報道活動に勤しんでいた。いつもならば爆音を立てながら上空を飛ぶ報道ヘリも今日ばかりは一機も見掛けない。数時間前に東京湾を空撮していた報道ヘリが三機、ヒトガタによって撃墜されたからである。


「化物の死体はどこだ?」

「自衛隊が回収作業に取り掛かっているところのようだ」

「カメラ持ってこい、映すぞ」

「安全が確認されていませんよ」

「せっかくの特ダネだぞ、いいから来い」


 自衛隊が動き回らないよう忠告してきているのにも関わらず、やはり報道ネタ欲しさに勝手に動き出すマスメディアというのはいる。

 人命よりも特ダネ優先──同じジャーナリストとして分からなくもないが、その人命に部下や同僚の命を使っているのはいただけないと、フリージャーナリストである男は他人事のように思いながら手元のメモ帳に渋谷区での状況を書き留めていった。

 通勤・通学のラッシュ時間帯に襲撃を受けたこともあり渋谷区での被害状況は壊滅的で、自衛隊や警察による救助活動が開始されてもヒトガタへの対処法が分からず被害は収まるどころか増大していくばかりであった。けれどそれが今、恐ろしいほどに静まり返っている。数体のヒトガタの死体が確認されているようで、原因究明が急がれているところのようだ。自衛官のひとりが女性の手によって討伐されたと主張しているが、誰も信じていない。

 ヒトガタの死体は大きく抉られた形であることが多く、銃器による攻撃でも表皮部を損傷させるに留まり──しかもすぐ再生する、という不死身の化物が何をどうすればここまで傷付けられるのか。

 ──そう考えている矢先であった。

 鼓膜が張り裂けんばかりの轟音を轟かせて、渋谷駅の駅ビルが爆ぜた。

 途端にあたりから絶叫が上がって、自衛官のひとりが声を出すなと叫んでいたのさえも塗り潰される。舞い上がる塵埃のせいで駅ビルの様相を確認できないさなか──それは、やってきた。


 紅蓮よりも暗く。

 光焔(こうえん)よりも(くら)く。

 朱墨よりも黒く。

 緋縅(ひおどし)よりも(くろ)い。

 赤黒いヒトガタ。

 駅ビルから弾丸のように飛んできたそれが、ハチ公像を押し潰してそこに立つ。

 ジャーナリストの口から、絶望にまみれた絶叫が上がった。


「黙れ!! 声を上げるな!!」


 ごじゃりと、腕を振り上げようとしていたヒトガタの背中が爆破飛散して肉片を撒き散らしながら大きく抉れた。びしゃりと血飛沫と、何かの塊っぽい血に濡れた固形物がジャーナリストの全身に掛かる。


「やまとくんは何をしてる──おい貴様ら、テレビは回っているな?」


 背中を大きく抉られたヒトガタは糸が切れた人形のようにぐにゃりとその体から力を失くし、崩れ落ちていく。その傍では全身を赤黒い血に染め上げたひとりの女性が厳しい顔つきで立っていた。


「テレビが回っているならわたしを映せ」


 その高圧的な物言いに圧されてか、あるいは特ダネ狙いか──マスメディア陣の構えているテレビカメラが一斉に女性を映す。


「自衛隊も警察も消防隊も、政府もよく聞け。こいつらの弱点は首の後ろだ。首の後ろの──うなじの下あたり……ええい、名前は知らんがともかくこのあたりだ。このあたりにチップのようなものがあった──それを破壊すればこいつらは動きを止める」


 自分の首のうなじに触れながら女性はそう言うと鼻を鳴らし、さっさとこの情報を共有するよう命じてくる。

 ──その言葉を受けて改めてヒトガタの方に視線を向けて見れば確かに、ヒトガタのうなじあたり──頸椎部が爆ぜて消え失せていて、その傷口はこれまでのヒトガタのように再生の気配を少しも見せない。ヒトガタは、完全に死んでいた。


「戦さん!」


 その時、自衛官のひとりが女性に向けて声を上げた。先ほど声を上げないよう叫び──それと、女性がヒトガタを討伐したとも主張していた自衛官だ。


「お前か。やまとくんは?」

「神社さんは基地で陣形を組み直しています」

「そうか。ならやまとくんにも今のことを伝えろ──首の後ろを集中的に狙え。チップは米粒よりも小さいが……破壊さえできれば死ぬ」

「はい!」


 女性の──戦と呼ぶらしい女性の言葉を受けて自衛官は連絡を取りにこの場から去っていった。それを合図にしてマスメディア陣が沸いたように戦に対して質問を浴びせかける。けれど戦はそれらを無視して周囲を見回し──メモ帳片手に茫然としていたジャーナリストに目を付けた。


「おい」

「え、あ、っはい」

「被害状況はどうなっている? 渋谷以外にもアレはいるんだろう?」


 その言葉にジャーナリストは慌てたようにスマートフォンを取り出して仲間のフリージャーナリストとの情報共有を目的に作られたグループチャットを開く。


「えっと、東京湾が一番被害は大きくて……新宿区や文京区などでも渋谷区と同様に被害が出ています。それと、北九州や京都北部でも被害は増大していく一方のようで……」

「そうか。だが弱点が分かった以上、きちんと情報を共有して対処法を確立すれば被害の増大は防げるだろう。お前もジャーナリストならこの情報をしっかり伝達することだな」


 特ダネだからと出し惜しみするマスコミは要らん。

 ──そう言って戦は赤黒い血がこびりついてしまった指先をコートの裾で拭いながら大きく息を吐いた。

 赤黒く染まっているという異質さはあるものの、戦は何処からどう見ても普通の女性だ。それなのに──ジャーナリストは逆らう気にはとても、なれなかった。戦と対峙している、それだけで生物としての本能が〝逆らうな〟と命じてくるのだ。知らぬうちに流れ出てしまっていた冷や汗を拭いながらジャーナリストは戦の厳しい面持ちをそっと見やる。


「す、すみません! えっと、日本だけじゃないみたいです!」

「なに?」


 戦の圧倒的なまでに畏怖を感じさせる雰囲気に流されてか、マスメディア陣の中からひとりのカメラマンがそう声を上げてきた。


「情報は錯綜してばかりですが……どうも似た化物がアメリカとフランスにも表れたようです」

「アメリカとフランスにも? ……じゃあ米軍やフランス軍とも情報を共有した方がよかろう。その点は貴様らに任せるが」


 戦はそう言うと顎に手をやり、考え込むように眉間に皺を寄せた。コートで血を拭ったにも関わらず少しも抜け落ちておらぬ、赤黒い指先からは──戦がこれまでどれだけのヒトガタと戦ってきたのかが、窺える。


「チップは明らかに人工的なものだった。そういった知識が全くないわたしでもわかる──これは人為的なものだ」

「人為的な……」

「何処の誰がこんなことをしているのかは知らんがな。それを調べるのはわたしの仕事じゃない」

「あの……あなたは、一体」

「あ? わたし? ──うどん県から旅行しに来ただけの通りすがりだ」


 せっかくの旅行が台無しだ。

 心底不機嫌そうにそう言って、戦は舌打ちする。


「戦さん! 神社さんに連絡を取りました。神社さんが内閣府や自衛隊、警察などに通達するそうです」


 連絡を取り終えて戻ってきたらしい自衛官の言葉に戦は頷き、くるりと身を翻して地面に倒れ伏しているヒトガタの死体をねめつける。


「……人間なのは間違いないだろうが、何をどうしたらこうなるのやら」


 戦の横をすり抜けるようにして何人もの自衛官や警官がヒトガタの死体を取り囲み、回収作業に移り始めた。それを見たマスメディア陣の中から回収してどうするのか、回収よりも先に人命救助を優先すべきではないのか、などといった声が上がるがそれを戦がうるさいの一言で黙らせる。


「こいつらへの対処法を掴むのが最優先に決まっているだろう。掴んでいない状況下でのこの数時間の被害、もう忘れたのか」


 弱い奴は弱い奴なりに優先順位をちゃんと考えろ。

 そう吐き捨てるように言って、戦は歩き出した。それを避けるようにマスメディア陣の海が割れて道ができる。

 それに向かって警官のひとりが慌てたように声を掛けた。


「君! 何処に行くんだ!?」

()()のいるところに決まっている」


 その一言だけを残して戦は地面を勢いよく蹴って全力で駆け出した。その衝撃で舗装された道が砕け、それに驚く間もなく戦は重力という重力を無視してビルの壁を駆け登っていった。そうしてものの数十秒もしないうちに戦の姿はそこから消えた。

 それを見てジャーナリストは、思った。


 ()()は化物だ。




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