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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第三部 中国編
46/49

【ジャーナリスト ⑻】


 二〇三三年 一月 十五日 午前七時〇分(中国時間)

 甘粛省西部、ウイグル自治区境界線。


 朝日が昇り、けれど朝光は差し込んでこない朝。

 肌を突き刺す冷気と視界を覆う、大地を燻っている霧とがただでさえ陰鬱な気分をさらに燻らせる。

 そんな中──軍営テントの外に設置された巨大なスクリーンの前には、この場に留まっている国連軍の兵士と戦場ジャーナリストの面々が集っていた。中には神社倭とクリスタ・ルクゼンの姿もある。


『──ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』

『──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』


 既に声帯が潰れて声を出すだけで血が噴き出しているのではないかと思うほどにいびつな、聞いているだけで幻痛を覚えてしまうような爛れた雄叫びを上げながら死に物狂いで戦うレドグリフ・キリングフィールドと神社戦の姿をこの場にいる全員が静かに見守っている。


「──戦」

「レドグリフ……」


 戦の叔父、倭とレドグリフの親友、クリスタ。

 ふたりの心境はジャーナリストには推し測れない。ふたりとも顔に表情はなく、けれど言葉に形容しきれぬほど多くの想いを瞳に宿してまっすぐモニターを見据えている。


『警告!! 墜落十秒前!!』


 その時だった。

 一瞬、大地を覆う薄膜のように張り巡らされている雲が白く輝いた。──かと思えば金糸雀色の輝きと共に空に穴が開く。

 風穴を開けられた雲の縁は紅く熟されていて、向こうに広がる青空が金糸雀色の輝きと共に視界に飛び込んできて──けれど青空を堪能する間もなく、金糸雀色の輝きに紅蓮の火焔が纏わりつきながら紅焔の燻った道を空に描いて瞬く間もないうちに、空の果てへ消えていく。

 空に焼き付けられた紅焔の道の先にあるのは──敦煌市。

「ああ……」

 倭の、諦めに満ちた声が零れ落ちる。


 そして地平線の果てが、爆ぜる。


 最初に金糸雀色の輝きが世界を満たし、けれどそれはほんのひと瞬きで消えた。

 代わりに夕陽を彷彿とさせる茜色の紅焔の如き煌めきが空を塗り替える。そこでキィーン、と鼓膜が劈かれて激痛を覚えた。

 おもわず耳を押さえたジャーナリストたちに、今度は一閃の輝きを孕んだ突風が叩きつけられて視界を失うと同時に地面に転がる。


「うわああぁああぁあ!!」


 ようやく、悲鳴が時間に追いついて喉から上がる。

 けれど衝撃は止まらない。

 次に襲い掛かってきたのは地球全体がシェイクされているのかと思うほどの大地震であった。世界が揺れる。天空が震える。大地が崩れる。


「地面にそのまま伏せていろ!! デカいのが来るぞ!!」


 軍人のひとりがそんなことを叫ぶのが、激痛で痺れている鼓膜に届いてジャーナリストたちは反射的に地面にうつぶせになる。


 大轟音。


 鼓膜どころではない。

 全身を電流の如く迸り、内臓をぐちゃぐちゃに捻り潰してかき混ぜてくるような轟音が轟いて、ジャーナリストははっと目を開けて地平線の向こうを見やる。視界からは既に輝きが消えていた。

 代わりに、地平線の果てでは地平線が弾けていた。

 文字通り──地平線が、爆ぜていたのだ。


「ああ……」


 未だ全身を劈いている音と振動とに身動きがとれぬまま──揺れる世界の果てで大地がめくれ上がって空に大量の土砂を噴き上げるのを眺めながら──ジャーナリストは、願う。


 〝英雄〟が守り抜いた世界の無事を。


──


────


──────


────────


──────────


────────


──────


────


──


 世界の揺れが、収束を迎えゆく。

 天空の震えが、終息を迎えゆく。

 大地の崩壊が、集束を迎えゆく。


「無事な遠望カメラを検索・起動!! 展開しろ!!」


 神社倭の怒声が響き渡る。

 衝撃波の影響で未だ痺れと痛みを覚えている鼓膜にはとても優しくない──切羽詰まった声だ。ジャーナリストはそっと身を起こし、あたりの様子を窺う。

 国連軍の兵士たちはさすが、既に体勢を整えていて各々活動を始めていた。倭とクリスタは技術班の兵士たちに混じってパソコンを操作している。

 今度は視線を地平線の果てに向ける。

 大地が爆ぜ、土砂を天空に噴き上げてめくれ上がっていた大地──そこには巨大なキノコ雲が出来上がっていた。土砂を噴き上げ、膨大な熱エネルギーをも噴き上げて空中の水蒸気を瞬時に蒸発させ──空が融けかけていた。


「無事な遠望カメラ発見!! 接続・中継します!!」


 兵士のひとりがそう叫ぶと同時に傾きかけたスクリーンに映像が映し出される。ここよりもずっと敦煌市に近い場所に設置されている遠望カメラからの映像だ。墜落の衝撃で小型ドローンなど木っ端微塵であるのだから現地の情報を得るのに最も時間がかからないのが、この遠望カメラなのだろう。


「拡大!!」

「はい!!」


 兵士のパソコンを操作する手に従って遠望カメラの映像が動き、敦煌市目掛けて倍率を上げていく。超小型ドローンに比べるとどうしても画質が劣るが、それでも昨今の技術力は流石だと感心させられる画素数と解像度である。


「くそっ、ろくに見えないな──おい、敦煌市に向かう準備だ!!」

「は!! 既に始めております!!」


 スクリーンに映る敦煌市は噴き上げられた土砂の砂塵と立ち込める水蒸気のせいで何も見えず、クリスタと倭は焦燥感に満ちた表情でスクリーンを見守っている。


 ──その時だった。


「!? 煙が──」


 地平線の果てを眺めていたジャーナリストのひとりが怪訝そうな声を上げたことでその場にいる者たちの視線が一斉に敦煌市の方を向く。

 そして全員の顔が、驚愕に彩られる。


 爆ぜた地平線から噴き上がるキノコ雲──それが、真っ二つに割れていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「──っ!! 遠望カメラの倍率を下げろ!!」


 クリスタの悲鳴のような怒鳴り声に、スクリーンの映像が敦煌市からぐっと離れ──その全体図を曝け出す。

 敦煌市の中心部。

 そこには一筋の、赤い紐が地面から天空に向けて伸びていた。


 ──紅蓮よりも暗く。

 ──光焔(こうえん)よりも(くら)く。

 ──朱墨よりも黒く。

 ──緋縅(ひおどし)よりも(くろ)い。


 絶望色の、赤い虹彩。


 ぎょろり、と天空に向けて伸びている紐のちょうど中間部が膨らんで赤黒い瞳を持った巨大な眼球が、現れた。

 ぎょろ、ぎょろ、ぎょろと赤い光彩に載った赤黒い瞳がめまぐるしく白い眼球の上を泳ぐ。その動きに連動して眼球を支えている、地面から天空に向けて伸びた赤い紐──筋繊維のような、紐がぼこりぼこりと泡立つ。

 かと思えば泡立った紐からじわりじわりと繊維状に赤黒い糸が伸びていく。

 再生、していく。


「うそ……だろ?」


 誰かが、絶望に塗れた声で囁く。

 絶望。

 そう、絶望である。絶望以外に一体どんな言葉で形容しろというのか。

 この映像はここだけでなく国連本部や各メディア局にも繋がっているはずである──そちらでも同様に、絶望の二文字以外は全てがこそげ落ちていることだろう。

 死に物狂いだった。

 ふたりの〝英雄〟は勿論のこと──NASAも国連も軍も、医療関係者も科学捜査班も、人類全てが死に物狂いだった。

 死に物狂いで懸けた、最後の作戦であった。

 それなのに結果はこのザマである──絶望しか感じない。


「!! 待て、何か物陰が──」


 絶望の二文字に呑み込まれた中、兵士のひとりがふいにそんなことを叫んでパソコンを操作し、遠望カメラを眼球に向けて拡大していく。


「戦!!」

「レドグリフ!?」


 倭とクリスタの絶叫が重なる。

 スクリーンに映し出された絶望の権化のような、空に浮かぶ巨大な眼球。それを挟むように左右から神社戦とレドグリフ・キリングフィールドが眼球目掛けて飛び掛かっていた。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』


 遠望カメラは音を届けない。

 それなのにふたりの〝英雄〟の最期の──いや。

 ()()の、絶叫が聞こえてくるようであった。それを耳にして倭とクリスタの顔に笑顔が、浮かぶ。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』


 最後の力を全て右腕に注ぎ込み、死に物狂いで振り上げる戦。


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!』


 最後の力を全て剣一本に込めて、死に物狂いで斬り掛かるレドグリフ。

 人類最強の〝英雄〟──ここに在り!!


「行け!! 戦!!」

「やっちまえレドグリフ!!」


 ふたりの最後の一撃が摩擦熱で紅焔の道筋を描きながら巨大な眼球の──赤い虹彩に載った赤黒い瞳に、()ぜる。




 ──その瞬間の天変地異ぶりは後世数千年に渡って長く、永く語り継がれるほどのものであった。

 神社戦とレドグリフ・キリングフィールドの最後の一撃。それは天をふたつに分かち、大地をもふたつに(わか)った。比喩でも誇張でもない──文字通り世界がふたつに割れたのだ。

 その光景を、人類は決して忘れぬだろう。

 戦とレドグリフの一撃は真空の衝撃波と摩擦電流による高圧電流の大津波を生み出し、空の青色に紺碧色の切れ目を入れ──大地に後世、〝英雄の渓谷〟と呼ばれることとなるクレバスを作り出したのである。






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