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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第三部 中国編
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【神社倭 ⑶】


 二〇三三年 一月 十四日 午前七時二十五分(中国時間)

 甘粛省西部、ウイグル自治区境界線。


「──ああ。そういうことだ。ごめん、姉さん」


 臨時設置された国連軍のテント、その中で倭は遠く離れた日本にいる姉、轍とスマートフォン越しに会話していた。

 傍には、ハンバーガーを頬張っているクリスタしかいない。


『──いいのよ。戦が東京で戦い始めたと聞いてから、なんとなく覚悟していたことだもの』


 ヒトガタが日本を襲撃して一週間──その間、轍からの連絡は一切なかった。娘である戦の状況を一番知っているであろう倭に色々聞きたくて仕方なかっただろうに、轍は一切連絡を取ろうとはしなかった。

 それはひとえに自衛官である弟を信じていたからこそ。

 ──だから轍と連絡を取り合うときはいつだって、倭から連絡を入れていた。

 今回も、倭は明朝に迎えた〝最期〟を前に最後の連絡を姉に入れていた。姪である戦を守る立場でありながら守れず、それどころか逆に守られ──死なせる結果となってしまう後悔を懺悔したい気持ちを抑えて、努めて冷静に国際宇宙ステーションを堕とすのはもう変えようがないことだけを伝える。

 そして自衛官を弟に持っただけあり、轍は倭の心境を理解して深く突っ込みはしなかった。

 ──どころか、おかしな方向へと倭を問い詰めにかかってきた。


『それよりも倭くん、どうしてレドグリフさんのことを教えてくれなかったの?』

「は? ……キリングフィールド中将?」

『そうよ。びっくりしたんだからね。ビデオレターがありますっていきなりテレビ局の人にレドグリフさんと戦のキスシーンを見せられたのよ? 戦にそういう相手ができたのならもっと早く教えて頂戴』

「いや、あのキスシーンには俺たちもビビったって。なんとなくそういう雰囲気だってのは分かってたけど……」

『よかったわ。戦に──心の底から甘えることのできるパートナーができて』

「……、……姉さん」


 戦は、昔から誰にも甘えない子であった。

 強すぎるがゆえに──誰にも甘えることができなかった。

 いや。

 ()()()()()()()()()()()、だろう。

 戦にとって大人は甘えることのできる存在ではなかった。

 戦にとって大人は、()()()()()()()()()()()()()()()()であった。


『それで倭くん、写真は?』

「は? 写真?」

『あなたレドグリフさんと戦の近くにずっといたんでしょう? じゃあ撮っているでしょう? ツーショット』

「いや、撮ってねえけど」

『この愚弟がッ!!』


 ひどい言われようである。

 轍の一喝が聞こえたのか、隣のクリスタが目を丸くする。日本語の分からぬ彼に轍との会話内容を伝えれば、クリスタは爆笑しながらレドグリフと戦の写真なら大量に撮ってあるから転送してやるよと言ってきた。


「…………、……クリスタが撮っているそうだから後で送ってもらうよ」

『あら! クリスタさんってお友達? お礼を言っておいて頂戴』

「クリスタ・ルクゼン──キリングフィールド中将の親友だよ」

『まあ。倭くんと違ってとっても優秀な御方なのね。倭くんと違って』


 ひどい言われようである。


『──連絡してくれてありがとうね、倭くん。ごめんね、戦を見捨てるような決断をひとりでさせてしまって』

「……!」

『大丈夫、とは言えないけれど……あの子のことは誰よりも知っているから、覚悟はとうに決めているわ』


 ──母親だもの。

 そう言い切る轍の声は微かに震えていて、けれどそれを指摘することはせず倭は頷いて朗らかに笑ってみせる。


「さすがは〝最強〟を産んだだけのことあるな」

『ふふ。──気を付けてね、倭くん』


 ──気を付けてね、やまとくん。


 それは戦がレドグリフとともに戦地に赴く直前、倭に対して投げかけた言葉とそっくりそのまま同じであった。

 不覚にも泣きそうな心持ちになりながら、倭は頷いて轍との会話を終了させる。


「……ふー」

「HEY」


 どさりと椅子の背凭れに深く体を預けた倭にクリスタがハンバーガーセットの入った紙袋を差し出す。礼を言いながら受け取って中身を取り出し、遠慮なく頬張る。


「──そういや、キリングフィールド中将にはメリーランド州に家族がいるんだったか?」


 チーズバーガーを一個食べきり、ポテトに手を伸ばしながら倭は英語でクリスタに話しかける。


「ああ。ホームパーティーに呼ばれるたびにレドグリフ引き摺って行ったよ。レドグリフの実家には両親と妹がいてな──レドグリフと違って陽気な一家だよ」

「へぇ……」


 厳格で生真面目な印象の強いあのレドグリフの家族が陽気、と言われてもいまいちピンと来ないなあと思いながら倭はリモコンを手に取ってテント内に設置されている多数のモニターのボリュームを上げる。

 途端に、あたり一面を戦塵が舞ったかのように死闘を奏でる音が響き渡る。

 ──レドグリフと戦の、死闘である。

 姉である轍に連絡を入れるにあたり、一時的にミュートにしていたのだ。


『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』


 そこにいるは、英雄の成れの果て。


「──レドグリフの妹にな、罵倒されたよ」

「……なんて?」

「〝兄さんの恋人と挨拶する時間くらい稼ぎなさいクソ役立たずヤリチン軍人!!〟」

「はは」


 兄であるレドグリフが死地へと赴くことよりも、兄に恋人ができたことの方を重要視するあたり──倭の家族とレドグリフの家族はよく似ている、と倭は笑う。

 レドグリフの妹であるクレア・キリングフィールドは二十六歳と戦に近いらしい。自他ともに認めるブラコンであるらしく兄を心底慕ってやまないそうだ。そんな兄が選んだ恋人なのだからきっと素敵な女の子であるはずと、会いたいと電話口でクリスタに散々喚いたとのことである。


「まあ確かに……一日くらい、ゆっくりさせたかったな」


 レドグリフと戦はドイツにおいて集中治療を受け、三日かけて体を回復させ、動けるようになるやいなや一直線に中国入りしていった。

 レドグリフと戦に戦ってもらわないという選択肢はもはやなかった──だが今思えば、戦いに行ってもらう前に少しだけ自由を満喫してもらっても、よかったかもしれないと倭は目を細める。


「……まあ多分、家族に会いに行けと言ったところであのふたりは断っただろうけどな」

「だろうな。レドグリフはそういう男だし、イクサもなんとなくそんな感じがする」


 自分に厳しく。

 他人にも厳しく。

 世界に対しても厳しい。


「でも、レドグリフのやつイクサには滅茶苦茶甘かったな」

「……戦もだ」


 全てに対して厳しいふたりが、互いだけは甘やかす。

 ──何のラブコメだ、と倭は苦笑する。


「っと、いよいよ国際宇宙ステーションが降下軌道に入ったようだ」


 クリスタが手元のノートパソコンを操作しながら言い、倭もノートパソコンの画面を見やる。

 国際宇宙ステーションは時速約三万キロで飛行しており、地球を約一時間半で一周する。その軌道を少しずつずらしていき、中国の敦煌市上空をちょうど通過する軌道に入ったのだ。それを誤差なく敦煌市に墜落させるべく、タイミングを正確に計算して降下させなければならない。

 決して失敗できぬ、一度きりの作戦である──NASAは今頃緊張感で張り詰めていることだろう。


「……何もできないのが歯痒いな」

「俺たちの仕事は国際宇宙ステーション墜落後──だ」


 国際宇宙ステーション墜落計画にあたり、現在倭とクリスタのふたりは他の国連軍とともに敦煌市より離れている。

 そして国際宇宙ステーションが堕ちたあと倭とクリスタは国連軍を率いて敦煌市へ向かう手筈となっている。

 何をするか?

 そんなの、決まっている。

 骨さえ残らない可能性の方が大きいにしても──何らかの形は、遺したいと思うのが人間というものだ。


「……戦」


 倭の、愛する姪を呼ぶ小さな声は──クリスタにしか、届かない。



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