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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第三部 中国編
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【クリスタ・ルクゼン ⑷】


 二〇三三年 一月 十三日 午後十四時十五分(中国時間)

 甘粛省敦煌市、西郊外。


「……〝死に物狂い〟という言葉」


 既に街としての体を成していない敦煌市を軍用車の中から眺めながらクリスタがふと、独り言のように言葉を漏らす。

 助手席に座っていた倭は視線を敦煌市で狂ったように暴れ回っている特殊個体デウスから外さないままに何だと問う。


「あのふたりにこそ──いや、あのふたりにしか使っちゃいけねぇ言葉だな、と」

「……そうだな」


 死に物狂い。


 文字通り、狂い死んだように。

 意味通り、死に狂ったように。

 本質そのまま、ふたりは狂ったように死に瀕しながら戦い続けている。

 敵わないと分かっていてなお。

 勝てないと理解していてなお。

 ふたりは死にゆくことを恐れず、狂人の如く死に向かって手を伸ばす。


 その時、通信の入る音がしてクリスタは無線機を手に取る。


「はい、こちらレドいく応援チーム」

『アホなことを抜かしている場合か、ルクゼン大佐。まだ最前線か?』

「YES、レドグリフとイクサがデウスを約束通り一歩も敦煌市から動かしていないおかげで持ち場の変更は行わずに済んでいる」


 敦煌市西郊外、敦煌市より五百メートルほどしか離れていない荒野のど真ん中。そこに軍用車を停車させてクリスタと倭は敦煌市の様子を見守っているところである。国際宇宙ステーション墜落計画にあたって半径百キロ区域は封鎖し、人々の避難も済んでいる。だが計画始動までにはまだ時間があるため、最前線にクリスタと倭が──そしてさらに十キロ離れた地点には国連軍も待機している。


『国連軍が雲南省昆明市の地下空洞に侵入成功した。崩壊してはいたが、やはり巨大な地下建造物が存在していた。おそらくデウスの暴走はトラブルだったのだろうな──研究者と思しき死体も確認されている』

「案の定、ってワケか。それで?」

『デウスをはじめとする、ヒトガタどもの研究が行われていたであろう場所も発見されたが……ほぼ崩壊していた。──隠蔽の痕跡も、ある。情報の収穫と分析にはもう少し時間がかかりそうだ』

「結局国際宇宙ステーションを堕とす計画に変更はナシ、ってワケか。OK……黒幕は分かったのかい?」

『そちらについても捜査中だ。ICPOによればいくつかの大手企業が絡んでいる可能性もあるとのことだがな』

「──……そりゃ一筋縄ではいかなさそうだ。だが、そっちについてはうちの英雄たちの出る幕じゃねぇな。人間のやるべき仕事だ」

『──ああ』


 人間には人間で。

 化物には化物で。


「他には?」

『国際宇宙ステーションに関しても、宇宙飛行士の離脱に成功した。既に墜落地点に合わせて軌道修正が行われている』

「なら、予定通り──」

『現地時間十五日午前七時、終わる』


 言葉通り、色んなものが終わる。

 ヒトガタ襲撃事件も。

 特殊個体デウスも。

 国際宇宙ステーションも。

 敦煌市も。

 レドグリフと、戦も。

 ──クリスタはぐっと喉が引き攣れそうになるのを堪えて、無理に笑顔を作った。


「俺らの〝英雄〟が数十年後には美少女・美男子リメイクされるってことだな」

「……否定できないのが悲しいな」


 日本の、歴史上の偉人どころか戦艦や戦車まで美少女化してしまう文化に倭は遠い目になる。


『その時は是非グッズを買い漁るとしよう。──何かあればまた連絡する。無理するなよ』

「OK」


 クリスタの心境を気遣うように少し茶化してから無線を切った相手にクリスタは苦笑し、大きく息を吐いた。


「……あ~あ、レドいくいいよなぁ」

「何見てんだ、お前」


 クリスタはいつの間にかタブレットでイラスト投稿型のSNSを開いており、〝レドいく〟で検索して世界中の絵描きが応援の意味も込めて描いたレドグリフと戦のイラストを多数表示させていた。

 大半が英雄を応援し、死なないでほしいと願う気持ちを込めてのイラストであったが──中にはレドグリフと戦が平穏な日常を過ごしていることを想像して描かれたものもある。


「少し戦を美化しすぎだなこいつら。戦は確かに可愛いっちゃ可愛いが、普通だぞ」

「それを言うならレドグリフだって三割増しには美形にされているぞ。実際はおっかねぇ顔なのによ」


 血と肉を飛び散らす死闘の余波が音や振動という形で響いている中、クリスタと倭は呑気にタブレットを挟んでレドグリフと戦のファンアートについてたわいもない話をしていた。

 ──けれどそんなふたりの胸中は、真逆もいいところ。

 〝最低〟の二文字しかなかった。

 当然である。

 どんなに誤魔化そうとも──どんなに気を紛らわそうとも──どんなに誇りに思おうとも。


 レドグリフと戦は、死ぬのだ。


 死ぬ覚悟のうえでふたりは戦っているのだ。

 気分が最低にならないはずがない。倭など、戦がレドグリフの死を覚悟した計画を受け入れてしまった際に影でひとり静かに咽び泣いていた。本当ならば全力で愛する姪を引き止めたかっただろうに倭はそれをすることなく、戦の覚悟を受け入れた。受け入れた上で、何もできぬ弱い己を呪いながら咽び泣いたのだ。


「レドいく結婚式イラストまであるぞ、おい」

「自由だなこいつら」


 ──それほど、世界中が望んでいるということでもある。

 レドグリフと戦が生き残る、道を。


「俺のイラストがないのが納得いかねぇな。俺、超ハンサムだぜ?」

「軍人Aだろお前なんて」

「うっせぇ、てかお前のイラストあるのが納得いかねぇ」

「あ? マジで? ──ああ、自衛隊Aじゃなくて〝戦の叔父〟ってカテゴライズされてんのな」

「俺ァレドグリフの親友だぜ?」

「〝レドグリフの親友A〟ってプレートぶら下げてテレビ局行ってこいよ」

「ふざけんな何の羞恥プレイだ」


 ──こうやってたわいもない話をしていなければ、気が狂いそうになるのだ。

 たった五百メートルしか離れていない街では、彼らの大切な者たちが命を削り散らしながら戦っている。いずれは潰えるその命を限界まで削りに削って、死に物狂いで。

 クリスタと倭がこうして最前線にいるのは彼らの要望であるからだった。本来ならば他の国連軍と共にもっと離れた場所で指揮を任されているはずであったのを、彼らは〝レドグリフと戦を見守りたい〟と我儘を言い──そして、彼らの気持ちを汲んで国連はそれを受け入れたのだ。

 何もできない。

 けれど傍にいたい。少しでも傍に、近くにいたい。

 そんな彼らの気持ちを──無視できるはずが、なかった。


「イラストだけじゃなくて動画もたくさん上がってんだぜ」

「動画?」

「主に病院で撮ったやつだな。レドグリフとイクサに救われたやつらが応援メッセージを投稿してんだ」


 そう言ってクリスタが見せてくれた動画投稿サイトには確かに、レドグリフや戦へのエールを動画に収めたものが多数投稿されていた。

 ありがとう。頑張って。死なないで。

 そんな、心からのメッセージを〝英雄〟に向けて発信している。現在進行形で死闘を繰り広げている〝英雄〟には届かないと分かっていてなお──彼らは想いを、発信する。

 ぐ、と隣から呻き声がしてクリスタは視線を上げ──けれどすぐタブレットに視線を落とした。

 倭が、唇を噛み締めて自分の両目を片手で覆いながら震えていた。


「胸ならいつでも貸してやるから言えよ、キティ」

「誰がキティだ」


 お前よりも年上だぞ──そう言う倭にクリスタはそういえばそうか、と顎に手をやる。クリスタはレドグリフと同い年で三十八だが、倭は四十五なのだ。日本人ゆえに若く見える顔立ちであったためすっかり同年代扱いしていたが──立派な先輩である。


「お前が小柄なのが悪い」

「標準的な日本男子だ」


 ふん、と鼻を鳴らして倭は再び敦煌市に視線を向ける。その腕は──もう震えてはいない。

 それを確認してクリスタは笑い、タブレットの電源を落として双眼鏡を手に取った。


 大切な親友たちの戦いざまを記憶に残すべく。

 大切な親友たちの死にざまを記録に遺すべく。




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