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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第三部 中国編
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【国際連合職員 ⑶】


 二〇三三年 一月 十三日 午前〇時十分(アメリカ時間)

 ニューヨーク市マンハッタン区、国際連合本部ビル内。


 劣勢であった。

 けれど一歩たりともその場から動かしてはいない。


「……これで、あと二日、もつのか?」

「もたせる。キリングフィールド中将はそう言い切ったんだ。だからもたせるだろう。心配している場合か──動け」


 職員のひとりがふと零した弱気な一言を一蹴したのは国連の事務総長である初老の男性であった。ヒトガタ襲撃事件が発生してから五日──ほとんど寝ていない彼の眼の下はこの場にいる誰よりも深い隈が刻み込まれていて、けれどその両眼はギラギラと使命に燃えている。


「さすがにあのキリングフィールド中将が〝倒せない〟と明言しただけある……デウスは地球に存在してはならない怪物だ」


 事務総長はそう言いながら手元の熱く煮え滾っているブラックコーヒーを口に含んだ。そして顔を顰め、確かに苦くしろとは言ったが限度があるとぼやきながらまた二口目を口に運ぶ。

 そんな事務総長の視線は壁に掛けられているモニターから一切外れない。

 そこには、今現在中国の敦煌市で特殊個体デウスと死闘を繰り広げているレドグリフ・キリングフィールドと神社戦の姿が映し出されている。

 日本の企業が開発し、つい最近実用化されたばかりの超小型ドローンによる空撮である。何十機ものドローンが国連軍により操縦され、敦煌市上空を飛び回っているのだ。時折特殊個体デウスの攻撃の余波を受けて破壊されるドローンも出てくるが、予備はまだ十分にある。少なくともレドグリフの申し付けたタイムリミットの瞬間までは様子を映し出し続けられるだろうと事務総長は考えていた。


「……イクサ・カミヤシロの一撃を受けても鱗を破壊する程度か」


 神社戦。レドグリフと違い、何の技能も持たない彼女はただ力任せに薙ぎ払うだけの手法しか持たない。だが、その力任せが圧倒的なまでに絶大的であった。

 いや──圧倒的なまでに絶大的、それだけだと伝わらない。

 異常。

 その一言に尽きる。

 機関銃どころかロケット砲でさえ弾くヒトガタの特殊個体を、素手で貫通してみせるのだ。異常以外の何であるというのか。

 戦の叔父である神社倭は戦の筋肉について〝ボディビルダーの筋肉量をUSBメモリに圧縮したのが数百個〟と例えていた。だがあれは数百個どころではないだろう、と事務総長は眉間を揉む。

 USBメモリどころではない──神社戦の体。あれはボディビルダー数百人分の筋肉量をマイクロチップに詰め込んでそれで構築しているようなものなのだ。何故動けるのか、それが分からない。

 あの普通にしか見えない小さな体にはとても収まりきらぬ筋肉を詰め込んでいるのだ。筋肉に圧し潰されて全身粉砕骨折になっているはずであるし、動けぬはずなのだ。だが戦は動ける。動いて、戦える。戦って、使いこなせている。

 異常でしかない。

 その異常さでもつて、戦はヒトガタを屠ってきた。

 だがその異常さも──特殊個体デウスにはあまり、通用していない。


「……いや、鱗を破壊するだけでも十分異常ではあるのだがな……」


 なんせミサイルでさえ傷つけることは叶わなかったのだ。

 水爆による攻撃は失敗に終わったが、水爆を空中で暴発させた触手を吹き飛ばす程度には効果があった。

 ──つまり神社戦はミサイルよりも強く、けれど水爆には及ばない──と、そこまで考えて自分の単純すぎる思考のアホらしさに頭痛を覚えて頭を押さえた。


「仮眠を取られては如何ですか?」

「……そうだな。キリングフィールド中将とイクサ・カミヤシロには悪いが……」

「貴方が倒れてしまうことで国連内部の機能が低下し、キリングフィールド中将からの伝言を守れなくなってしまうような事態になる方が悪いですよ」


 空気を和ませるためだろう──ほんの少しだけ茶化すような色合いを含みながら笑みをたたえて言ったその職員に事務総長は微笑み、そうだなと頷く。


「ああ、だがその前に……敦煌市周辺の避難はどうなっている?」

「キリングフィールド中将とイクサがデウスを縫い付けてくれているおかげでとてもスムーズに進んでいます」

「そうか、それは何よりだ。──あと、市民の反応は?」

「……現在、世界各国の国連事務局がクレーム対応でパンクしかけています」

「……──だろうな」


 レドグリフの命令とはいえ、〝英雄〟を犠牲にすることを決めたのは国連なのだ。批難されるのは覚悟していた。


「ネット上でも、SNSや掲示板などで〝英雄〟を使い潰すことの是非が議論になっています」

「……何を言われようとももう後には退けん。あのふたりが命を懸けてチャンスを作ってくれているのだ──無駄にするわけにはいかん」


 モニターにはフランスでの戦いの時以上に深手を負っているふたりの姿がある。当然だ──不眠不休で丸一日と少し戦い続けているのだ。

 たったふたりの人間と、百三十メートルを超える怪物。

 たとえレドグリフと戦が〝英雄〟でも──いくらなんでも、差が大きすぎた。

 戦の渾身の一撃をもってしてもその腕の長さでデウスの体を貫けるわけがない。鱗を破壊して、けれどこれまでの特殊個体のように肉片をこそげ落とすには至らない。

 レドグリフの神速の如き一斬も、大型トラックほどの太さもあるデウスの触手を両断するには至らない。

 ゆえに劣勢。


『戦!! 破壊しろ!!』

『アアァアアァアアァァア!!』


 レドグリフの二本の剣が赤黒い触手を半ばほどまで斬り、鮮血を噴き出しながら僅かに曝け出された断面図が再生しきる前に戦が潜り込んで渾身の力でもつて、引き千切る。

 ばぎばぎと鱗が剥がれていく音に混じってぶちぶちと肉と皮と筋繊維とが千切られる音が痛々しく響き──触手が、落ちる。落ちて、けれど次の瞬間には新たな触手が断面図から生えた。胎児が生まれ堕ちるように、粘液と鮮血とが肉に揉まれて飛び散りながら新たな触手が、再生する。

 その時には既に戦もレドグリフも他の触手の上を駆け抜けており、目標を他の触手に移していた。今の攻撃が無駄に終わったにも関わらず。

 けれどそれでよかった。

 そうすることしかできなかった。

 それしか──ないのだ。


『ッ、がはっ──』

『戦!!』


 レドグリフがまたもや一斬を入れてやった触手に戦が飛び掛かったその瞬間、触手の断面図がぶわりと彼岸花のように花開いた。かと思えば先端を鋭利に尖らせて戦の小さな体躯を突いた。


「……!! また、変化した……!」

「……再生と、再構築」


 特殊個体デウス。

 ヒトの攻撃からヒトの戦い方を学び、対処法を編み出す高い知能を持つ特殊個体。その中でも本体とされるデウスは抜きん出ていて、かつデウスには自分の遺伝子構造を操る能力もあった。

 具体的に言えば──たった今戦にしてみせたように触手の断面図を無数の小さな槍にしてしまえるし、この数日の間に斧や剣、ハンマーなどの形状が確認されている。加えて最悪なことに、レドグリフと戦が中国入りする直前には軍の機関銃を模倣して、数多の触手をひとまとめにして大砲のような形状を作り──砲口から、まっすぐ百キロ先まで。一直線に紅蓮の絨毯の道を築き上げてしまえるほどの威力を誇る、機関銃。それでもつて──無数の赤黒い鱗を飛ばした。

 再生と、再構築。

 異常な再生能力と、どんなものにも再構築してしまえる能力。

 そんな化物に対して取れる手段なぞそうあるわけがない。


『げほっ、れど!!』

『ぬんッ!!』


 槍で突かれはしたものの、貫通はしなかったらしい。戦は全身に突き刺さった槍を引き抜くことなくそのままにする。と、戦を振り払おうと槍がうねるが戦の鋼のような──いや、おそらくは鋼以上の硬度を誇るであろう筋肉に突き刺さった槍は抜ける気配がない。

 そんな戦の肩にとん、とレドグリフが立った──かと思えばそのまま戦を蹴落として触手から引き剥がした。


『ぬぅんッ!!』

『とうっ』


 戦を蹴落としたレドグリフはそのまま槍ごと、花開いた触手の先端を見えぬ剣筋で斬り刻む。その下では戦が他の触手に着地しており、そのまま四肢駆動で駆け始めていた。

 ──もう数時間、レドグリフと戦はこうして触手を一本潰してはまた他の触手を潰すという繰り返しによってデウスの気を引き、この場から動かさぬようにしている。触手は即座に再生するためにデウスにこれといったダメージは全くといっていいほど入っていない。

 だが同様に、デウスがいくら触手を振るおうとレドグリフと戦は倒れない。どんなに薙ぎ払おうと──どんなに圧し潰そうと──どんなに削り抉ろうと──レドグリフと戦は決して倒れない。折れない。諦めない。

 

『■■■■■■■■■■!!』


 レドグリフと戦がデウスと戦い始めてから何回聞いたか分からぬ、デウスの心底腹立たしそうな──怒りに満ちた不協和音(ノイズ)

 そのノイズにレドグリフが口を吊り上げるのが、見えた。


 劣勢であろうとレドグリフと戦は決して戦うことを止めない。

 〝その時〟が来るのを信じてふたりは死に物狂いで戦い抜く。


 人類の、ために。




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