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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第三部 中国編
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【アメリカ合衆国大統領 ⑵】


 二〇三三年 一月 十一日 午後十八時五十分(アメリカ時間)

 ニューヨーク市マンハッタン区、国際連合本部ビル内。


「戦いが始まりました」

「──そうか」


 大統領は片手で両目を覆い、深く重いため息を漏らす。


「……本当に、やるのですか?」


 そんな大統領の姿に秘書官がそっと言葉を投げかける。


「デウスの移動に合わせて人々に移動させて、その間に科学捜査班による研究をさせ続ければ──」

「その間にもデウスは成長し続けるぞ」

「っ……」

「頭打ちがあるかどうかも分からない。たった三日で百三十メートルを超えてしまったんだぞ──しかも移動速度も比例して早くなっていっている。これ以上強大になられると人類では太刀打ちできなくなる──」


 人類が、滅んでしまう。

 心底悔しそうに──歯痒くて仕方ないとばかりに、大統領は唇をきつく噛み締めて項垂れる。


「これしかないんだ」


 これしか──ないんだ。

 そう言いながら大統領が脳裏に思い浮かべるのは今から三日前──フランスにおいてレドグリフと戦が巨大なヒトガタを討伐した直後のことである。

 瀕死の重傷を負い、言葉どころか呼吸さえままならぬ状態になりながらもレドグリフは大統領との連絡を望み、そして大統領はそれに迷うことなく応えた。

 そうしてレドグリフが息も絶え絶えながらに大統領に伝えたのは、絶望的な一言であった。




 ──四体目には勝てない。




 その瞬間のことを思い出して大統領はぐっと息を呑む。

 その一言がもたらされた瞬間の、国連本部の絶望に包まれた空気はとても言葉にできたものではない。〝絶望〟、その二字以外は必要ない。それしか存在していない。それこそが真理──そうと言わんばかりに、あの当時は何もかもが絶望に呑まれていた。

 人類の終わりを、覚悟した。


「──だが、レドグリフは道を残してくれたのだ。示してくれたのだ」


 レドグリフははっきり言った。

 四体目の状態と状況を知った上で、はっきり言い切った。

 〝勝てない〟と。

 たとえ自分と戦が怪我ひとつしていない健康な状態だったとしても勝つことは不可能であると、そう言い切った。

 だがレドグリフは少しも諦めていなかった。

 戦うことを止めるつもりなど微塵もなかった。

 レドグリフは、まだ戦う気であった。


「でも……本気でなさるのですか?」

「くどい。その準備も既に三日前から進めているんだぞ。加盟国の承認も得た」

「ですが……あれは人類の叡智と未来の結晶で……」

「だからこそだ」


 大統領は立ち上がり、まっすぐ秘書官を見据える。

 レドグリフほどの〝王〟では決してない。大統領という地位にいるだけの、所詮は人間だ──その眼差しにレドグリフほどの圧倒的にして絶対的な風格は存在していない。

 だがそれでも、秘書官はそのまっすぐすぎる眼差しに威圧された。覚悟を決めた人間の目というのは、こんなにも力強いのかと秘書官は唾を呑み込む。


「未来の結晶が壊れてもそれを築き上げる人間さえいればまた、再建できる。だが築き上げる人間がいなくなればたとえ未来の結晶が残されていようと──それはただのゴミでしかない」


 だから、と大統領は言葉を切って窓際へ寄り、冬の夜空に浮かぶ月を見上げる。




「国際宇宙ステーションを堕とす」




 ──三日。三日後に私たちが復活した後、四体目の元へ行く。そして三日、時間を稼ぐ。


 ──四体目をその場から一切動かさぬ。動けぬよう、足止めする。


 ──だから国際宇宙ステーションを四体目に、堕とせ。




 レドグリフからの最期の伝言。

 〝三日〟耐えろという、人類に向けての伝言の後に続けられた──国連への、本当に最期の伝言。

 レドグリフの──死を覚悟した、伝言。

 当然、議論は白熱した。国連加盟国の首脳陣による会議はもはや罵詈雑言の応酬であった。だが大統領はそれらを全て、黙らせた。


「…………」


 大統領とレドグリフの付き合いは長い。

 レドグリフの方が遥かに年下ではあるが、入隊当時より抜きん出ていたレドグリフを大統領は支持し、支援していた。若い身空で上り詰めていくレドグリフが周囲からやっかみを受けるのを遮り、素直に賞賛すべきであると説いたこともある。

 ──だからこそレドグリフが死を覚悟したことの重さを、大統領は痛いほどに理解していた。レドグリフの同期であり、親友であるクリスタもレドグリフの最期の伝言に対して何も言わなかった。本当ならば引き止めたくて仕方なかっただろうに、クリスタは何も言わなかった。何も言わず──ただ瀕死のレドグリフを支え続けていた。


 それほどに〝皇帝〟の覚悟は、重い。


 そしてもうひとつ──

 レドグリフが大統領に最期の伝言を託した当時は意識を失っていた戦も、意識を取り戻してからデウスのこととレドグリフの伝言のことを聞き、そして戦は何も言うことなく──迷うことなく、ほんの一瞬でも躊躇うことなくレドグリフに付き従った。

 レドグリフは何も言わず、そしてそれが当然であるかのように戦と連れ添った。

 戦の叔父である倭も、それに対して何も言わなかった。

 〝皇帝〟と〝最強〟の、決断。

 ふたりを長年見守ってきた人間たちの覚悟。


 それに応えずして何が大統領か。


「国際宇宙ステーションの様子は?」

「混乱はあるものの、滞りなく」


 国際宇宙ステーションを特殊個体デウスに堕とす。

 言葉にするだけならばこんなにも簡単だが、実行するには津波の如く押し寄せてくる課題をクリアしなければならない。

 大きな課題としてまず第一に国際宇宙ステーションにいる宇宙飛行士を帰還させなければならない。そして秒速約八キロで地上約四百キロ上空の熱圏を高速飛行している物体を特殊個体デウスに正確に、ほんの少しの誤差も許すことなく正確無比に堕とさなければならない。

 このふたつの課題をクリアするために多くの課題があり、そしてそれらの課題をクリアするために無数の課題がある──といった体で課題がうず高くなっている。

 当然、宇宙飛行士をはじめとした科学者たちや専門家たちからの反発は激しかった。だが、〝ではデウスをどう倒せばいいか教えてくれ〟と問えばそれ以上の反発はなかった。調査をすればデウスへの対抗手段が見つかるはずだという声も、急激に強大化していくデウスの姿に萎んでいった。そして今ではNASAが主導して国際宇宙ステーションの開発に携わっている国々の宇宙開発チームと連携し、国際宇宙ステーションの墜落計画を立てて進行させている。

 そのために、レドグリフは〝三日稼ぐ〟と言ったのだ。

 デウスは倒せぬ。されど足止めはできる。ならば国際宇宙ステーションをデウス目掛けて正確に堕とせるよう──命を懸けてデウスをその場に留め縛ることを、レドグリフは選んだのだ。


「タイムリミットは三日後だ──この意味、分かるな?」

「……三日以上は、耐えられないと──そういうことですね?」


 秘書官の言葉に大統領は頷く。


「デウスは中国の敦煌市にいるな?」

「はい」

「〝三日〟──レドグリフとイクサがデウスを敦煌市に縛り付けてくれる。だが、それ以上はもたない」


 だからそれまでに国際宇宙ステーションを敦煌市に堕とす必要がある。

 そう言って大統領は大きく息を吐き、そしてまた片手で両目を覆った。


「さすがに一般市民に隠し切れるスケールのものではない。いずれ漏れるだろう──反発は必至だ。だが、無視しろ」


 〝英雄〟を摩耗しきれ。

 その覚悟を、決めろ。


「……はい」


 大統領の〝覚悟〟に、秘書官は一切反論することなく恭しく頭を下げて受け入れた。


「レドグリフ──すまない」

 

 〝英雄〟はかくありき。




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