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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第二部 フランス編
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【ジャーナリスト ⑸】


 二〇三三年 一月 八日 午後十七時二分(フランス時間)

 トゥール、トゥール城跡。


 死なないで、と娘でありジャーナリストとして世界を飛び回っている若きカメラマンから声が掛けられて、同時に涙も頬に落ちる。

 それを受けて父親であり、フランスの新聞社で働いている記者でもある男が血まみれの顔で微笑んだ。


「大丈夫だ。少し掠っただけだ……それよりも、早く逃げなさい」


 冬の夕暮れは早い──既に日は落ちかけていて西の空は暗い。これ以上暗くなれば逃げるのも難しくなる。それを案じて記者は千切れてしまった自分の足を見下ろしながら娘に逃げるよう、再度言う。

 けれどそれを娘は嫌だと突っぱねる。

 昔から言うことを全く聞かないやつだったな、と記者は苦笑しながら視線を上げる。

 そこでは死闘が未だ──続いている。


「がぁああああぁあぁあ!!」

「おああぁあぁあああぁ!!」

「■■ ■■■■■■■!!」


 もう半日──終わることのない死闘を神社戦とレドグリフ・キリングフィールドは巨大なヒトガタと繰り広げている。

 朝はパリで戦っていたのが、戦っているうちにじりじりと移動して今ではトゥールにまで到達してしまった。トゥールのシンボルであったトゥール城は中世から取り残されたような美しい街並みと共に既に消え失せてしまっている。

 と、その時巨大なヒトガタが腕を大きく広げて体を捻り、腰がぎゅりぎゅりぎゅりと何重にも回転していく。それは巨大なヒトガタがトゥールに現れた時にも一度見た、記者が足を失う羽目になった攻撃の前兆であった。記者の娘が小さな悲鳴を上げて記者に覆い被さり、無駄だろうにその小さな体で父親を庇おうとする。

 ──そして捻れた体が元に戻ろうとする反動と共に巨大なヒトガタの上半身が独楽の如く高速スピンした。

 トゥールの街を一瞬で更地にしてしまった、大きく広げた腕と体中から無数に生えている触手の高速回転。

 記者が、叫ぶ。


「やめろ!! どけ、ミルフィ!!」


 娘は、泣き叫ぶ。


「嫌よパパ!! 死ぬなら一緒よ!!」


 ヨーロッパ全域を揺るがさんばかりの鳴動が大気と大地を、呑み込んだ。


 ああ、と記者は後悔に歯を噛み締める。

 ジャーナリスト魂などと青臭いことを言って取材に赴かなければよかったと。同行したいとねだる娘を無理にでも妻と共に他国に逃がせばよかったと。

 自分に覆い被さる娘の温もりを感じながら記者は死を覚悟して、その小さな体をそっと抱き締める。そういえば娘を抱き締めるのは何年ぶりだろうかと、どうでもいいことを考えながら記者は最期に娘に向けて囁いた。

 愛しているよ、と。

 それに対し娘も涙に濡れた笑顔で返す。

 私もよ、パパと。

 ──けれどふたりが覚悟した死は、訪れなかった。


「──やれやれ、本当に厄介だ」

「れど、あいわんといーと」

「ああ、腹が減ったのだな。──君たち、何か持っていないかね?」


 唐突に耳に入ってきたその話声に記者と娘がはっと体を起こしてみれば、いつの間にか巨大なヒトガタのスピン攻撃は収まっていた。そして──記者と娘を庇うように、ふたりの前に〝英雄〟が立っていた。

 〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールド。

 〝最強〟神社戦。


「え……あ……えっと、チョコレートなら」

「さんきう!!」


 娘が戸惑いながらカメラバッグから取り出した板チョコレートに戦が大喜びで飛び付き、もっきゅもっきゅと嬉しそうにかぶりつき始める。同じ女でありながら自分よりも遥かに小さく、けれど血まみれの血みどろで──全身傷だらけな戦の姿に娘の目が困惑に揺れる。

 〝最強〟と呼ばれる戦のことはメディアを通してよく知っていたし、今の今まで戦の戦いを遠目ながらも見守っていたからその強さもよく知っている──つもりであった。

 けれどいざ、戦を目の前にしてみるとその普通さに戸惑いしか抱かなかった。戦っている時の戦が持つ空気は人間に本能的な畏怖を与える──軍人たるレドグリフの纏うそれと変わらぬものであるのだが、今の戦にはそんな毛色が一ミリたりとも感じられない。見た目も雰囲気も本当に普通の女性だ。その格差に──記者の娘は、思い知った。思い知ることしかできなかった。

 戦は本当に普通の一般人なのだ。

 一般人でありながら軍人であるレドグリフと共に、死に物狂いで戦っているのだ。


「ゆっくりしている時間はない。いいかね、君たち。私たちはずっと戦っていた──だから今情勢がどうなっているか分からない。情報を」


 ──なるほど、と記者は思う。わざわざ巨大なヒトガタから離れて攻撃から自分たちを守ったのは情報を得るためであったらしい。そうでなければこんな場所に来たジャーナリストなぞ自己責任として切り捨て、目の前の敵に集中するであろう。運が良かった、と記者は考えながらタブレットを取り出して操作し始めた。


「単刀直入に言う。四体目が現れた」

「──なに?」


 戦が差し出してきた板チョコにかぶりつきながらレドグリフは眉間に皺を寄せる。血まみれの血みどろであるのも相まってとんでもなく恐ろしい形相だ。


「中国の地下から〝DEUS〟と刻まれた五十メートル超の四体目が現れて、今中国各地を破壊して回っている。国連によればこれが本体だろうとの見解だ」

「……ふむ」

「中国による水爆攻撃が試みられて、けれど失敗に終わって……現在は人々の避難に専念している感じだな」

「……そうか。……ふむ、四体目か……ちんたらしていられないな」


 レドグリフはそう言って大きく息を吐き、両手に握っている二本の軍刀を交差させて構えた。


「早急にこいつを終わらせるとしよう」

「っ……まさか四体目とも戦うつもりか!?」


「私たちが戦わなければ誰が戦うというのだ?」


 その言葉に。

 その事実に。

 その()()に──記者は、何も言えなくなって口をつぐむ。

 水爆でさえ意味を成さなかった。国民に何の告知もなく水爆を駆使しようとした中国政府に世間からは批難が怒涛の如く寄せられた。だが、それ以上に上がったのは──水爆でさえ倒せぬ化物にどう勝てばいいのか、という恐怖の声であった。


 そして記者は痛感する。


 〝英雄〟しかいないのだと。

 化物を倒せるのは、英雄しかいない。

 化物を倒せるのは──化物しかいない。

 人類が生き残るには、目の前にいるこの二体の化物が必要なのだ。


「れど」

「ああ、行こうか──戦」


 板チョコを食べてひと心地ついたらしい戦がレドグリフの血で濡れた服の袖を引き、レドグリフが微笑みながら戦を見下ろす。

 そしてふたりは再び、巨大なヒトガタの元へとその身を投じていった。

 それを見送りながら記者は意を決したようにズボンのベルトを引き抜き、千切れてしまった足をきつく締め上げた。


「あのふたりについて報道するぞ、ミルフィ」

「パパ!」

「今我々が縋ることができる希望はあの〝英雄〟しかいない。水爆が通用しなかったことで自暴自棄になる人間も現れてきた──そんな今こそ、我々ジャーナリストはあのふたりを報道すべきなんだ」


 日本とアメリカ、フランスに突如現れたヒトガタという化物。

 そのヒトガタをはるかに凌ぐ三体の特殊個体。

 そして〝本体〟とみられる一匹の化物。

 それらを前に世界は動揺に揺れ、混迷に惑い、恐怖に竦んだ。けれどそれが大きな絶望とならなかったのはひとえに──〝英雄〟の存在が常にあったからである。

 ふたりがいなければ特殊個体どころか通常個体にさえ打ち勝つことができず、人類はその数を大きく減らしていただろう。戦とレドグリフが常に矢面に立ち、化物と向き合ってきてくれていたからこそ人々は絶望に呑まれることなく今の今まで戦ってこれたのだ。

 戦がいなければ自衛隊はとうの昔に諦めていた。

 レドグリフがいなければアメリカ軍はとうの昔に滅んでいた。

 ふたりの存在があったからこそ政府も国連も、そしてジャーナリストたちも希望を胸に活動できている。

 そして──ジャーナリストがメディアを通してふたりの存在を世間に発信することで、人々も絶望に暮れることなくふたりの存在に勇気づけられ、悲嘆に暮れることなくふたりの活躍に盛り上がっていられる。


「我々ジャーナリストの役目は〝真実〟を伝えることだけじゃない。〝希望〟を伝えることも、また我々の仕事なんだ」

「……!」

「ほんの一時でもいい。人々が希望を持てるような情報を発信することができれば──助かる命もあるはずだ」


 中国軍が水爆を特殊個体デウスに駆使しようとし、失敗した。

 その事実が今世界に絶望をもたらし──各所で自棄になった人間による犯罪が頻発している。重傷を負って入院している人々の中にも絶望に暮れ、死を望む声が出始めている。

 そんな今こそ、〝英雄〟の存在が必要なのだ。

 一時しのぎにしかならないとしても──必要なのだ。


「撮るぞ。そして、伝えるんだ。世界に」


 ふたりの〝英雄〟がまだ諦めていないということを。



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