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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第二部 フランス編
25/49

【国際連合職員 ⑴】


 二〇三三年 一月 八日 午前四時三十分(アメリカ時間)

 ニューヨーク市マンハッタン区、国際連合本部ビル内。


「大統領、お知らせしたいことが」


 各国の首脳陣が画面越しではあるものの、雁首を揃えて立ち並んでいる厳粛なる会議室──そこに唯一姿を見せているアメリカ合衆国大統領に国連本部ビルで各国を繋げるパイプ役として長年事務職をこなしてきた壮年の職員が声を掛ける。

 大統領は頷き、首脳陣に一声断ってから会議室を出て職員と向き合った。


「どうした?」

「ヒトガタの死体を解剖・分析していた科学捜査班から報告です」


 職員がそう言って紹介したのはアメリカの誇る、警察の中でも最先端技術でもつて様々な事件に取り組むことで知られている部署のリーダーである科学捜査官であった。


「お会いできて光栄ですわ、ポーカー大統領。お知らせしたいことというのはヒトガタのDNA構成のことです」

「私を呼ぶということは、何か国際的な問題でも?」


 察しのいい大統領の一言に科学捜査官は頷き、周囲の目を気にするように声を潜めて報告をする。


「ヒトのDNAとは別に地球上ではまずありえないDNAが見つかりました。けれど共同捜査を行っていた日本の研究者より二〇二四年に中国に落ちた隕石より採取された種子のDNAと類似するとの報告がありました」

「なに?」


 二〇二四年に中国に落ちた隕石、それは職員もよく覚えているニュースであった。中国の内陸部に一軒家くらいの大きさの隕石が墜落し、小さな村がいくつか消え失せるという悲惨なニュースで世間を騒がせたのだ。さらにその隕石から種子らしきものが検出され、宇宙の植物であるということで各方面の専門家たちが沸き立ったのもよく覚えている。

 最終的に、中国が自国に落ちたものであるからと他国の介入を拒絶したことでそれ以上の騒動は起きることなく気が付けば人々から忘れ去られていたのだが──まさかこんなところでぶり返すことになるとは、と職員は無表情で佇みながら内心驚いていた。


「隕石調査の途中で調査班が解散になったため、日本の研究者も深くは知らないとのことですがかなり特殊なDNA型であったためよく覚えていると」

「隕石のニュースはよく覚えている。中国が独占したこともな。──ふむ、そういえば確か中国に現れた四体目だけはコンテナ船からではなく、地下からの出現だったな?」


 大統領に問われて職員は頷く。その隣で科学捜査官もそのようですね、と同意した。


「はい。雲南省昆明市の郊外にある西山森林公園を呑み込むように地下から這って出てきたそうです……が、生存者は中国政府に保護されており現在話を伺えない状況なので詳細は不明です」

「ふむ」


 ──それはまた、なんとも悪手を。

 呆れたようにそう言いながら大統領は顎を撫ぜた。


「OK、君はこのまま調査を続けてくれ。ホークも状況を見て臨機応変に動いてくれ。私は会議に戻る」

「承りましたわ、ポーカー大統領」

「畏まりました」


 科学捜査官と職員の一礼を受けて大統領は頷き、再び各国首脳陣の集う静かなる戦場へと戻っていった。

 そして科学捜査官と職員もまた、自分の戦地へ戻るべく歩き出す。科学捜査官と随時連絡を取り合う約束を取り付けて見送ったのち、職員は持ち場であるヒトガタ対策本部の敷かれた義堂へ向かった。


「状況はどうですか?」

「フランスでは未だにキリングフィールド中将と戦さんが戦闘中……ですが劣勢になっています。中国のヒトガタは通常個体は一体も確認されず、けれど特殊個体デウスの機動力がこれまでの特殊個体を大幅に上回るもので、既に死者は万を超えていると思われます」


 机に多数のノートパソコンを並べ、モニターも大量に用意して世界の情勢を常に集めて回っているそこはとても騒がしく、多くの職員が焦燥感を顔に貼りつかせながらも冷静に作業をこなしている。


「中国軍によるミサイル攻撃が行われるそうです!!」

「ミサイルだと? 待て、フランスの特殊個体には一切通用しなかったぞ」

「人々の避難は?」

「特殊個体デウスは東に移動し、香港に到達。とんでもないスピードです」

「ミサイル艇を香港沿岸部に確認!!」

「発射されました!!」


 情報が錯綜する中発されたその一言に職員ははっとモニターに視線を向ける。

 香港を遥か遠方から撮影している映像がそこにあり、遠方だというのに高層ビルを呑み込みながら移動している巨大なバケモノの姿はよく見えて職員はぞっと腕を震わせる。触手で高層ビルをへし折ってはそれを絡め取り、大きく花開いている頭部に持って行ってばくんと呑み込んでいる。

 そこに多少のラグによる歪みを描きながらミサイルが数発、立て続けに巨大なバケモノに向かっていくのが見えた。

 一発目は、普通に巨大なヒトガタの花弁に被弾した。爆炎が上がり、それが収まる間もなく二発目と三発目が被弾──はしなかった。

 無数に蠢いている触手が一斉にミサイルを撫でるように絡め取り、そこに巨大なバケモノの頭部が──大きく開いた花が、向かう。

 そしてばくんと、ミサイルを呑み込んでしまった。

 一発目の被弾したミサイルの痕跡? そんなものない。

 巨大なヒトガタは無傷であった。それどころか立て続けに撃ち込まれてくるミサイルを次々と呑み込み──


「いかんっ!! すぐ攻撃をやめさせろっ!!」


 職員の怒鳴り声も虚しく、巨大なバケモノは触手の矛先をミサイルからミサイルを撃ち込んでくる本体──ミサイル艇に、まっすぐ伸ばした。

 ミサイル艇は港から数キロほど距離を取ったところに停泊していたはずなのだが、そのミサイル艇本体が巨大なバケモノの触手に絡め取られた状態で画面内に現れるのに、そう時間はかからなかった。


「な──」


 自分とさほど変わらない全長のミサイル艇に巨大なバケモノは躊躇うことなくばくりと喰らいつき、その赤黒い花弁を蠢かせてずるずると呑み込んでいく。


「く……」

「中国軍のロケット軍がミサイル発射の準備をしているそうです!!」

「やめさせろ!! ミサイル攻撃は無意味だ!!」


 職員たちが忙しなく各部と連絡を取り合う中、職員は冷や汗の滲む額を袖で拭いながらこれからどうすべきなのかを考える。

 国連本部ビルで働くいち職員にしか過ぎない自分にできることなど何もない。だが、この緊急事態を前に考えずにはいられなかった。

 僅か一時間で昆明から香港へ移動する機動力といい、先ほどの数キロ離れた場所にある艦艇を一瞬で引き寄せてみせた様子といい、今は中国にいるがこのまま放置していたら他国にも甚大な被害が出かねない。海を渡れるかどうかは不明だが、渡れるとなればアメリカだって危険である。


『おああああああああ!!』

『ぬぅあああああああ!!』


 その時、モニターのひとつから張り裂けんばかりの雄叫びが聞こえてきて職員は視線をそちらに向ける。

 フランスに現れた特殊個体と死闘を繰り広げている、神社戦とレドグリフ・キリングフィールド。

 突如花開き、触手の数が桁違いに膨れ上がって対応に苦慮していたふたりであったはずだが──今やそれに適応し、触手を逆に利用して足場としながら戦っている。レドグリフは触手を斬り落として隙間を作ることに尽力し、戦は触手が斬り落とされたことで露わとなった巨大なヒトガタの本体に一撃を入れて肉体を削ぐことに尽力している。まるで──〝何か〟を探しているかのように、その作業は繰り返されていた。


「確か……通常個体と違い、特殊個体には〝核〟のような生命体がいるのでしたよね。特殊個体を解剖しているチームからはまだ報告は上がっておりませんが……」

「ああ。おそらくその〝核〟をキリングフィールド中将とイクサ・カミヤシロは探しているのだろう。……そうだ、通常個体に埋め込まれていたチップに関しては何か判明したのか?」

「はい。破壊された破片の回収には成功しました。やはり人工物で、まだ細かくは分かっていないのですが、近年の義肢技術においても試行錯誤されている代替神経の可能性があります。チップは代替神経に信号を送信する媒体ではないかと……」


 その言葉に職員はため息を吐き、片手で額を覆う。


「……ただでさえ狂ってしまっている世界情勢がさらに狂いそうだ」

「……やはり、この規模となると国家主導の国際的なテロだと?」

「迂闊なことを言うな」

「すみません」


 だが否定は、しない。

 同僚が口にした通り──これは明らかに国際的なテロであった。人為的に世界を狂わせるために行われた、卑劣なテロでしかない。──中国に現れた四体目に関してはテロというよりはアクシデントの色の方が濃いように、職員は感じていたが。

 国家主導のテロであるかどうかについては正直、国家規模でこんなテロを行うメリットなど感じられないため疑わしいところではあるが──何らかの組織と取引をしていた可能性は十二分に有り得る。例の隕石を回収したのは、他ならぬ中国政府であるのだから。


「報告! 中国軍が水素爆弾を使用するとのことです!!」

「なんだと? 市民の避難はどうなっている!?」

「不明です!!」

「ぐっ……」


 情報は錯綜し、あちこちで好き勝手に動き回られ状況はまとまるどころか思いもせぬ方向に分散していくばかりである。頭を抱えたくなる想いで職員はモニター越しにレドグリフと戦を眺める。

 血まみれの血みどろになりながらも一糸乱れぬ、鏡合わせのように息の重なり合った動きで巨大なヒトガタと死闘を繰り広げている。人類がこんなにもバラバラになり、戸惑っている中──あのふたりの〝英雄〟だけは決して乱れない。崩れない。折れない。止まらない。戦い続ける。ひたすら、戦い続ける。

 ──その姿は、職員の心に火を灯す。


「ぼんやりしている場合じゃないな。中国の水爆について裏を取れ。アメリカ軍とも連絡を」

「はい!」

「ロシア軍にも動きあり!!」

「中国軍が水爆を使用する可能性があることを伝えて待ってもらえ!! まずは状況の把握だ!!」

「はい!」


 職員の指示を受けて動く同僚たちの姿を見送って、またモニターに視線を向ける。


「〝英雄〟が死に物狂いになっているのに、我々が死に物狂いにならないわけにはいかない」


 茫然するのではなく思考しろ。

 観念するのではなく奮起しろ。

 逃避するのではなく括目しろ。

 自棄するのではなく抵抗しろ。

 最後の最期まで──諦めるな。


 死に物狂いで戦え。



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