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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第二部 フランス編
24/49

【神社倭 ⑵】


 二〇三三年 一月 八日 午前九時二十分(フランス時間)

 ウール県エヴルー、エヴルー=フォヴィル空軍基地内。


「……お前の姪、本当に人間か?」


 モニターに映る、血まみれで咆哮しながら力任せに巨大なヒトガタの体をもぎ取っていく戦の姿にクリスタが頬を引き攣らせながらそう言う。


「化物だよ。そう言うお前の上司も何なんだよ……」


 モニターの中で絶えることのない圧倒的な剣戟を巨大なヒトガタに浴びせ続けているレドグリフの姿に倭も口元をひくつかせながら言った。


「化物に決まってんだろ。あんな人間がいてたまるか」


 その言葉を裏付けるかのように巨大なヒトガタの触手がレドグリフの腹を貫通する。ごぶ、とレドグリフは血を吐き出しながらも剣戟の手を止めることなく素早く触手を切り捨て、腹部に残った触手を戦が強引に引き抜く。血飛沫があたりを舞うが、ふたりは構うことなく咆哮を上げながら巨大なヒトガタに手を向ける。


「……戦が懐くわけだ」


 神社戦──〝最強〟として生まれて二十数年。叔父として戦をずっと見守ってきた倭であったが、戦が誰かに心を許す場面を見たことなぞ一度たりとしてなかった。

 戦が高校時代に一度だけ、彼氏めいたものを持ったことがあったがすぐ別れてしまっていた。それに倭が何故別れたのかと問うた時、戦はこう答えた。


 〝だって弱い〟


 ──お前よりも強い人間なんているかバカ、と当時は言ったものだが──今となってはそれも仕方ないのだろうと、倭は思う。

 日本人形のような見た目で、人前では常に物静かで無口な戦は男からすれば大和撫子のような存在に映るだろう。本性を知っている倭からすれば化物でしかなくとも、人間社会に一般人として熔け込んでいる戦は周囲から理想の女性として見られていた。

 いつだったか、実家に遊びに来た倭の同期が戦を見て〝女の子らしくてかわいい〟と称したことがあった。戦はそんな称賛に対して無言を返すだけであったが、今ならばわかる。何が女の子らしいだ──何がかわいいだ──そう戦は腹の底で唸っていたのだろう。

 だってどんなに言葉で飾ろうと、印象で取り繕おうと結論は変わらないのだから。


 戦よりもはるかに弱い。


 その事実に気付かず表面だけで好き勝手に人間性を象ろうとする人間たちに、戦は腹の底から失望していたのだろうと倭は考える。戦のことを愛らしい女性とみなして無意識的に上から見下ろしてくる人間たちを、戦は見下していたのだろうと、考える。


「だからキリングフィールド中将と波長が合ったんだな」


 倭と戦がここに到着した時、この場にいた軍人はみな──クリスタも含めみな、戦のことを見下していた。無意識に、見下していた。〝こんな女性が〟と、信じられない目で戦を眺め回し──見下していた。

 けれどレドグリフだけは。

 〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールドだけは戦を見下さなかった。

 見下さず、訝しりもせず、ねめつけもせず、ただ対等な目で。対等な視線で。対等な立場で。対等な強さで。

 戦と、邂逅を交わした。


「レドグリフもアメリカであんたの姪っ子からの伝言を聞いた時、妙に愉快そうにしていたからその時から感じるものはあったのかもな」

「〝最強〟と〝皇帝〟か。洒落んならねぇくらいぴったりだな」


 今日出合ったばかりで。

 言葉は一切通じなくて。

 親睦を深める間もなく。

 互いの戦い方も知らず。

 それなのに──モニターの向こうで戦っているふたりに迷いという迷いはひとしずくとて存在していない。まるで何十年も連れ添ってきた戦友であるかのようにふたりの間に澱みはない。ためらいもない。逡巡もない。戸惑いもない。

 戦が眼前にいるにも関わらずレドグリフは戦が避けるのを知っているかのように剣を振るうし、戦もまたレドグリフがそうするのを分かっているかのように頭を下げて避ける。一卵性双生児でもここまで息は合わないだろうという次元でふたりは惑うことなく我流に戦い、そして惑うことなく互いを補助している。


「通常個体の駆除も滞りなく進んでおりますし、この様子であれば今日中には落ち着きそうですね……おふたりが来てくださって本当に助かりました」


 フランス軍の司令官が倭とクリスタの隣にやってきて頭を下げてきて、倭とクリスタは非常時は助け合うべきであると首を横に振った。


「大将、救護班を今のうちに手配願えますか? ろくな治療も受けぬまま戦いに出た上に、この戦いでも相当深手を負っているので……何故死なないのやら……」

「わかりました。至急手配していつでもおふたりの元へ向かえるようにしておきましょう」


 司令官の言葉に倭は礼を言い、再びモニターに視線を向ける。

 あまりにも息の合った最強のコンビにさすがの巨大なヒトガタも圧倒されており、モニターを眺めている倭やクリスタ、フランス軍の兵士たちの間にはもはや終息の見込みありという雰囲気が漂い始めていた。

 だがその安堵も、すぐ崩れることとなる。


「……ん?」


 ふいにモニターの向こう側で巨大なヒトガタの体が震え始めたことに気付き、倭は眉を顰める。戦とレドグリフによって相当痛めつけられていた巨大なヒトガタが背を丸めて小刻みに震え出したのだ。その異変にいち早く危機を覚えてか、レドグリフが戦の腰を掴んで巨大なヒトガタから距離を取った。

 そしてその判断は正解であったと、直後に全員が知る。


『■■■■■■■■■■!!』


 叫び声にしてはいびつすぎる、耳障りな不協和音(ノイズ)を上げて巨大なヒトガタが、爆ぜた。

 文字通り爆ぜて──花開いた。


「な……!!」

「なんだあれは!?」


 巨大なヒトガタの全身から夥しい数の触手が射出され、周囲の建造物を軒並み破壊していくのと同時にその頭部が風船のようにぷくりと膨らみ、そして花開いたのだ。肉々しい──赤黒い棘でびっしりと覆われた花弁の、花を。

 射出された触手は数百メートルにも及び、監視カメラもいくつか破壊されモニターの一部が闇に覆われて兵士が慌てて画面の切り替えを試みる。


「大変です!! 四体目が現れました!!」


 急変は重なるもので、監視室に焦った顔で飛び込んできた兵士からの一報にその場の人間たちは一斉に表情を蒼褪めさせる。


「四体目だと!? どこに現れた!?」

「中国の雲南省です!!」

「三体だけじゃなかったのか!?」

「現地ニュースに流れているそうです!! 今、繋ぎます!!」


 兵士のひとりがモニターを捜査してモニターのひとつに中国で流れている現地ニュース番組を映し出した。

 そこに映っていたのは、高層ビル群を呑み込まんと蠢いている巨大なバケモのであった。


「な……」

「なんだこいつは!? 五十メートルはあるんじゃないか? 一体どこから現れた!?」

「雲南省の郊外に突然現れたそうです。発生地と思われる山が消失し、巨大な地下空洞が出現しているのを衛星カメラが確認しております」


 その言葉に倭はぐしゃりと髪を掻きむしる。


「くそっ、一体なんなんだこの化物は」

「見たところ、こっちのと少し似てるな」


 クリスタはそう言いながら戦やレドグリフが対峙している巨大なヒトガタと比較する。巨大な花を咲かせて触手を狂ったように暴れさせている巨大なヒトガタと、ニュースに映し出されている巨大なバケモノは確かに似ているようであった。そしてクリスタの目がある一点に気付く。


「〝DEUS〟」

「なに?」

「こいつの腕、見てみろ。DEUSって刻まれてる」


 そう言われてニュース画面によく目を凝らしてみれば確かに──巨大な赤黒い花を頭部に裂かせた巨大なバケモノの、触手に埋もれていて見辛くなっているものの腕らしき箇所に〝DEUS〟と、プレートではなく刺青のような──焼き印のようなもので刻み込まれていた。


「DEUS……まさかこいつが本体ってわけか?」


 〝神の三位一体〟──〝DEUS(神)の三位一体〟。日本に現れたSPIRITUS SANCTUSとアメリカに現れたFILIUS、そしてここフランスのPATERはもしかしたら──この〝DEUS〟から派生したものなのだろうか。あるいは、〝DEUS〟を元に生成されたものなのだろうか。


「連絡が入りました。国連にて加盟国首脳陣による緊急会議が行われるとのことです」

「集まる時間はないだろう?」

「ネットによる対面会議のようです。おそらく米軍を主軸にして各国軍と連携し、討伐にあたるのではないかと」

「それしかないだろうな。このサイズだといくらレドグリフと──お前んとこの姪っ子でも無理だろ、さすがに」

「そもそもそんな余裕もないな。こっちもなかなかにやばそうだ」


 倭はそう言ってモニターの中で巨大なヒトガタを相手に死闘を繰り広げている戦とレドグリフを眺める。花開いた巨大なヒトガタは先ほどに比べて格段に攻撃能力も機動力も増したようで、戦とレドグリフは巨大なヒトガタの本体に近付こうにも無数の触手に阻まれてなかなか近づけず、どんどん傷付いていくばかりの有様となっている。


「……戦」


 戦は強い。強すぎるほどに強い。強さとは何なのかと論じるまでもなく強い。強さと聞かれたら戦であると答えるのが正答であるかの如く強い。けれどだからこそ、倭は不安になる。

 死に物狂いで戦い、戦いに戦い、戦い続けてなお戦い続け、果てにも戦いを決して止めぬ戦が壊れてしまわぬか、不安になる。

 ただの人間であり、戦のデコピンひとつで即死しかねない自分が心配するようなことではないと思いつつも、倭は叔父として──戦の家族として、願わずにはいられなかった。


 死ぬなよ、戦。



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