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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第二部 フランス編
20/49

【クリスタ・ルクゼン ⑵】


 二〇三三年 一月 八日 午前四時五十分(フランス時間)

 ウール県エヴルー、エヴルー=フォヴィル空軍基地内。


 フランス北西部に位置するフランス空軍の基地に到着したレドグリフとクリスタのふたりをフランス軍の司令官が出迎えてきたが、レドグリフは挨拶もおざなりにパリの状況について問い詰める。

 監視室に連れられ、普段は空軍基地内の映像を映しているというモニター群にはパリに設置されている数多の監視カメラからの映像が所狭しと映し出されていた。そこにはやはりというかなんというか、クリスタの想定していた通り──巨大なヒトガタが街を蹂躙している様子があった。クリスタの想定と少し違うのは、ワシントンで見た巨大なヒトガタよりも一回り程大きいというところだろうか。

 ちらりとクリスタがレドグリフの方に視線を向けて見れば、レドグリフは細切れに場面が転換されていく大量のモニターをじっと注視したまま動いていなかった。つい数時間ほど前までワシントンで巨大なヒトガタと死闘を繰り広げ、きちんとした治療も受けぬまま軍用機に乗り込んだというのに──疲れを感じているようには一切見えない。血と泥と肉片とで汚濁しきった軍服は真新しいものに変わっているために見えなくなっているが、普通の人間であれば半月どころか半年は安静にしなければならないほどの傷をいくつも負っているのだ。というのに、痛そうにする素振りさえひとつしない。いつもと変わらぬ鷹のように鋭い目で無表情に佇んでいるだけだ。

 頬に貼られた大きな絆創膏や頭に巻かれている包帯がようやく彼のこれまでの戦いを知らしめてくれる程度である。

 人外め、と思いつつクリスタはため息を吐く。


「ヴィヴィ大将!! 日本よりヤマト・カミヤシロ氏とイクサ・カミヤシロ氏が到着いたしました!」


 その時、監視室の出入口に現れた兵士が敬礼をしながらそう報告してきて司令官はレドグリフの方に視線を向け、ここに案内してもよいか問う。

 レドグリフはかみやしろいくさ、と囁くようにその名を口にしてから構わないと首肯した。

 ──そうして数分後、監視室に兵士に連れられたふたりの日本人──自衛隊の神社倭とその姪、神社戦が現れた。


「ヤマト・カミヤシロと申します。こちらはイクサ・カミヤシロ──我々の訪仏を許可してくださりありがとうございます」

「…………」


 自衛隊である倭は形式的な口上を述べて礼を取ったが、隣の戦は何故かもきゅもきゅとケバブを頬張っている。無言で。一心不乱に。

 自衛隊の制服を着用している倭や軍服を着ているクリスタたちと違い、ベージュのコートと黒タイツ、そして白いマフラーという至って普通の──まるきり一般人と何も変わらぬ、いや、一般人なのだが──ともかく本当に普通の恰好をしている戦はこの場においては異質な空気を纏っていた。──レドグリフと同様にその服は卸したてのように真新しく、そしてレドグリフと同様に──露出されている肌の部分が包帯や絆創膏で彩られていて、それがまた異質であった。


 ふと、戦の視線が滑るように監視室の中を巡る。

 そしてその視線は、レドグリフで止まった。

 ──対するレドグリフもまた、戦をまっすぐ直視したまま静止していた。


「…………」

「…………」


 戦の黒真珠のような目と、レドグリフの鷹のような目。

 それが交わり絡み合い、そうして止まってその場に沈黙が落ちる。


「…………」

「…………」


 三十秒、一分、二分と沈黙を守りただ見つめ合うふたりの人間に──ふたりの〝最強〟に、周囲にいる人間たちは何も言うことができず固唾を呑むように見守っていることしかできなかった。

 クリスタはその空気を壊さぬようそっと戦の方を見やり、その姿を改めて確認する。

 やはり戦はどこからどう見ても普通の女性だ。メディアからもたらされた情報によれば筋肉が異常発達しているようだが、とてもそうは見えない。百六十にも満たない小さな体躯はとても女性らしい体つきで、アジア人特有の幼く愛らしい顔立ちがその体躯に載っている。──ケバブを頬張ったまま停止しているのが些かシュールだが。


 〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールド。

 〝最強〟神社戦。


 このふたりが出会いを果たしたことで一体どうなるのか──そう考えながらクリスタが今度はそっとレドグリフの方に視線を向ければ、そこでふたりの沈黙が雪解けのようにふっと和らいでレドグリフの視線が戦からモニターの方に戻る。

 それに導かれるように戦も無言のまま、再びケバブをもきゅもきゅと食べながらレドグリフの元へと向かっていった。


「……日本に現れた特殊個体は九メートル三十センチ程度、アメリカに現れた特殊個体は十一メートル程度。だがここにいるのは二十メートルをゆうに超えておるな」

「…………!」


 レドグリフの隣に立った戦はレドグリフの言葉を受けて目を見開き、そのまん丸な目でじっとレドグリフを見上げる。

 視線に気付いてレドグリフが首を傾げながら視線を落とせば、ふいに戦がそっとポケットからペンを取り出し──


「This is a pen.」


「…………」


 ペンを片手にドヤ顔を決めている戦にレドグリフは無言を返すことしかできなかった。何のことだとクリスタが眉を顰めながら倭の方に視線を向ければ、倭は両手で顔を覆いながら項垂れていた。何なのだろうか、一体。

 ──だがさすがは〝皇帝〟レドグリフ、戦の突然の一言の意味も理解できたらしい。ため息を吐きながら目を細めて戦の頭を撫ぜた。


「英語が喋れないのだな。まあ、よい。それはおいおい仕込んでいくとしよう」

「?」

「私の名はレドグリフ・キリングフィールドだ。──ほら、言ってみなさい。レドグリフ」

「れどぐりふ」

「そう、レドグリフだ」

「れど」

「ああ、それもいいな。レド。──君の名は?」


 その言葉の意味はなんとなく理解できたのか神社戦、と戦の小さな口が名を告げる。それを聞いてレドグリフはふっと微笑み、また戦の頭を撫ぜた。


「戦。いい名だ」

「れど」

「うん。レドだよ。戦」

「れど」


 ──これは一体、何なのだ。

 レドグリフと戦の間で繰り広げられている妙に甘さを感じさせる会話にクリスタをはじめとしたその場の軍人たちはみな、同様のことを思った。


「──さて、ずっとここにいても仕方あるまい。──パリには私と戦のみで行く。あの特殊個体は私たちでなんとかしよう。だからあれ以外の通常個体はお前たちで片付けるように」


 そう言いながらひょいと戦を持ち上げて小脇に抱えたレドグリフに倭がぎょっとする。信じられないようなものを見る目でレドグリフを凝視している倭にクリスタは何事かと眉を顰めるが、そんな彼らの様子に構わずレドグリフはすたすたと風のように監視室を後にしていってしまった。

 司令官が慌てて後を追うのを見届けつつクリスタは顎を撫ぜ、今後のことについて考える。

 レドグリフがああ言った以上、クリスタにはレドグリフを追うつもりなどなかった。レドグリフの補佐? 足手纏いの間違いである。レドグリフについていっても茫然と見守っていることしかできないというのに何故ついていかなければならないのか。


「……あれが〝皇帝〟か。確かに」


 ふと、隣からそんな呟きが聞こえて顔を傾けてみれば倭がガリガリと頭を掻きながら感心したようにため息を漏らしていた。そういえば先ほど何かに驚いていたな、と考えてクリスタはそのことを問うてみる。


「ああ──戦な、体重百キロ軽く超えてんだよ」

「……は?」

「圧縮されてるだけで筋肉ダルマだからなあいつ。それを小動物みてぇに小脇に抱えたもんだからマジかよってなっちまった」

「……待て、百キロだと? あの小さな仔猫ちゃんがか?」

「それ戦に言ってみろ、すっげぇ目で見下されるぞ。──いやしかし、本当珍しいモン見た」


 ──倭によれば。

 戦という人間は強すぎるが故に、昔から周囲と馴染めていなかったのだという。どんなに馴染もうと努力しても最終的には〝でも弱い〟と、いう評価で終わるのだそうだ。


「だけどさっきの戦は、キリングフィールド中将を〝対等〟に見ていた」


 そこの微細な機微の違いはおそらく叔父であるからこそ分かることなのだろう。そしてクリスタもまた、レドグリフが戦のことを〝対等〟であると見做していることに気付いていた。レドグリフという男は実直で生真面目な人物であるのだが、その実周囲にいるありとあらゆる人間を〝弱き者〟と断じて常に上から見下ろしてくる人間でもあったのだ。ただそれを分かりやすく表に出さないだけで、レドグリフは全てを見下していた。

 それが先ほどは──戦に対して、まるで長年寄り添ってきた相棒であるかのように隣に立つことを許した。


 それはまるで陳腐なラブロマンス小説に描かれる運命の出会いのように。




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