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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
15/49

【ジャーナリスト ⑶】


 二〇三三年 一月 七日 午前三時三十五分(アメリカ時間)

 ワシントンD.C.、ユニオン駅前。


「ぬぅああぁああぁあ!!」

「■  ■■■   ■」


 戦場カメラマンとして夜通しワシントンの街中の様子をビデオカメラに収め続けていたジャーナリストは、かつてユニオン駅があった場所で繰り広げられていた熾烈な戦いに圧倒されて言葉を失った。

 いや、言葉だけではない。彼の中にあった常識という常識が全て霞となって消え失せてしまっていた。共に同行していた助手も手で口を覆って肩を震わせている。


 止まらない剣戟。

 飛び散る血飛沫。

 猛り狂う雄叫び。

 止まらない剣戟。

 削られ散る肉片。

 狂い狂った眼光。

 止まらない剣戟。

 止まらない剣戟。

 止まらない剣戟!


 これは、ヒトのしていい戦いなのだろうか。


「もうずっとああして斬り刻み続けてますよ? 大丈夫なんですか?」


 その時、傍で戦いを静観していたアメリカ軍兵士のひとりが声を上げた。それに対し答えたのはクリスタ・ルクゼンという大佐であった。


「──そうでもしなけりゃ倒せねぇんだろうよ。その証拠に、見てみろ。モンスターが確実に弱っている」


 その言葉の通り、先ほどから数十分も絶えることなく目に見えぬほどの剣戟を喰らわされ続けている巨大なヒトガタは次第に動きを鈍く──声とも擬音とも形容しがたい音を窄めていっていた。それとは対照的に、巨大なヒトガタと死闘を繰り広げているレドグリフ・キリングフィールド中将──アメリカ軍最強の兵士、〝皇帝〟は疲れを帯びる様子が一切ない。それどころかどんどん激しく、どんどん熾烈に、どんどん苛烈に──激烈になっていっていた。

 疲れ知らず? そうではない。

 そもそも人間として──生物として有り得ない動きをしている。触手で背中を貫かれようと、指先ではらわたを抉り取られようと、真正面から硫酸の如き身を焼く胃液を吐かれようと──レドグリフの剣戟は決して止まらなかった。レドグリフの視線は決して巨大なヒトガタから外れなかった。レドグリフの執念は決して潰えなかった。

 それは生物本能さえ凌駕した、人外の在り方。

 ──そして人外は、化物をも支配下に置く。


「貴様如きでは私の魂は満たされん!!」


 一閃。

 けれどその一閃は見えない。

 代わりに、巨大なヒトガタごと──大地が切断された。


「うわああ!!」

「離れろ!! 地面が崩れるぞ!!」

「マジかよ、地面が割れた」


 ただでさえレドグリフと巨大なヒトガタの戦いによって脆くなっていた地盤が今の一撃で崩壊し、地下になだれ込むように崩落していった。クリスタがユニオン駅地下の状態を踏まえた上で崩落の可能性を示し、あらかじめ安全な場所に兵士やジャーナリストたちを誘導していたため地盤ごと地下に呑みこまれることはなかった。だが激しい揺れでジャーナリストたちは体勢を崩し、倒れ込んでしまっている。

 眼前で起きている光景がとても信じられなかった。

 ユニオン駅の周辺は家族連れや観光客が心落ち着け、ゆったりとした時間を過ごすのにちょうどいい緑あふれる広場となっていた。

 それが今や──何もかも全て。

 殻頂高い白亜の駅舎も。美しい彫刻の施された柱も。見る者を楽しませるデザイン性に溢れるアーチも。視界いっぱいに広がる芝生も。心癒し庭園を彩る花壇も。

 根こそぎ全て。ありとあらゆるもの全て。

 地盤ごと、全てのみ込まれてしまってそこには何も存在していなかった。

 そこにあるのは、ただ暗く深い地下へと通じる漆黒の穴のみ。


「ああ……」


 ジャーナリストの助手が呆けたような声を出す。日が昇ってあたりの景色がよく見えるようになればその時、また呆けたような声を出すことになるだろうと考えながらジャーナリストは無言でカメラを回す。

 レドグリフ・キリングフィールド。人類最強の軍人、〝皇帝〟──彼の活躍は記録しておかねばならない。こんな状況下でもジャーナリストはやはり、ジャーナリストであった。


「……おいトマス、無線機」

「え? あ、はい」

「こちらルクゼン。たった今、レドグリフ・キリングフィールドが特殊個体のモンスターを倒した」


 クリスタのその言葉にその場にいた人間たちははっとしたように視線を上げる。

 倒壊し、地下に大部分を呑みこまれてしまったかつてのユニオン駅。日が昇る前であるのに加え砂塵が舞い上がっているために見辛いが──かろうじて呑みこまれずに済んだ地上部分、そこに男が立っていた。

 血まみれの血みどろで、軍のライトに照らされながら立っている──〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールドが。

 その足元には、物言わぬ死体と化した巨大なヒトガタが転がっている。


「──マジかよ」


 ぽつりと漏らされた兵士の一言はジャーナリストが口にしたい一言でもあった。


「──FILIUS」


 ふいにレドグリフがぽつりと口にした単語にジャーナリストはびくりとその肩を震わせた。そして気付けば、大声を張り上げていた。


「キリングフィールド中将!! もしかしてそのモンスターに金属のプレートがありますか!?」

「──ある。何だこれは」

「日本でイクサ・カミヤシロも発見したものです。日本に現れた特殊個体には〝SPIRITUS SANCTUS〟と刻まれた金属のプレートが埋め込まれていたそうです」

「〝三位一体〟か。成程──アメリカと日本とフランスで三体、か」


 レドグリフは両手に握り込んだ剣を離さぬまま多少の覚束なさを感じさせるゆっくりとした足取りでこちらに向かってきた。近付いてくればくるほど──レドグリフがいかに満身創痍の状態であるかが分かる。血まみれの血みどろであるせいで分かりにくくなっているものの、普通の人間であればその傷ひとつで致命傷であろうと思しき傷が全身に余すところなく刻み込まれている。よく生きて、立っていられるものだとジャーナリストは改めて畏怖の感情を覚えて唇を噛み締める。


「アメリカがFILIUSで日本がSPIRITUS SANCTUSなら、フランスにいるのはPATERか。一体何の意味があるというのだ──人間の手が加わっていることだけは確かだがな」


 レドグリフはそう言って大きく深呼吸をし、兵士のひとりに剣を持っているよう命令して預けた。そうしておそらくは数時間ぶりに身軽になったレドグリフは伸びをする。その拍子にぶしゅりとあちこちの傷口から血が噴き出したが、レドグリフに気にする様子はない。むしろ兵士たちの方が焦り、慌てて応急処置に入るくらいであった。


「状況は」

「戦況は終息に向かいつつある。アメリカに現れたモンスターは減少の一途を辿っているよ。このとんでもねェのをお前が倒してくれたからな──あとは大丈夫だ」

「そうか。他国の様子は?」

「日本も同じく終息に向かっている。だがフランスはダメだな。通常個体こそ駆除できているみてぇだが特殊個体に手も足も出ないみたいだ──ああ、そういえば」


 イクサ・カミヤシロがフランスに向かうそうだ。

 ──そう口にしたクリスタに、それまで筋肉をほぐしながら大人しく兵士の手当てを受けていたレドグリフの体が止まる。


「──……フランスに」

「みてぇだぜ」

「そうか」


 ならば私もすぐ向かうとしよう。


 ──そう言ってゆるりと立ち上がったレドグリフに、クリスタはまるでそれが分かっていたかのように大きなため息を吐いた。

 その隣でジャーナリストはレドグリフにピントを合わせてシャッターを切る。


 戦い戦い抜いてなお、戦う以外の選択肢を見出さず戦い続ける最強の軍人の姿を歴史に遺すべく。




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