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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
13/49

【アメリカ陸軍兵士 ⑵】


 二〇三三年 一月 七日 午前三時五分(アメリカ時間)

 ワシントンD.C.、ユニオン駅地下。


「ぬ、ぅ、あぁぁあああ!!」

「■■■■■■■■■■!!」


 地震かと思うほどの地響きが絶叫と共に轟いてきて、兵士は思わず壁に手をついてしまう。


「大丈夫か?」


 前方を歩いていたクリスタがそう声掛けてきて兵士は頷く。ふたりは今現在──ユニオン駅の地下、ワシントンメトロが走る地下鉄の駅ホールにいる。日本からの伝言をレドグリフに伝えるべく今にも崩壊しそうな地下に潜り、ここまで駆け抜けてきたのだが駅ホールも凄惨たる有様であった。

 一般市民の死体が無数に転がっているのはもはや慣れた光景であるが、今はその死体の海が無残に荒らされている。整然と舗装されていた道路は血と肉片と泥とにまみれ瓦解しきっているし、意匠が凝らされている壁や柱も完全にその体を崩しきってしまっている。

 ホールに停車していた電車は何をどうしたらこうなるのか、プレス機で圧し潰されたかのようにぺしゃんこで見る影もない。たった数日前にはこの電車に乗り込んでいた自分を思い出し、複雑な面持ちになりながら兵士はクリスタを追って線路に降り、ライトをしっかり構えてトンネルの中へと入っていった。


「! 待て、モンスターだ!!」


 トンネルの中に入って数分もしないうちにクリスタが鋭く叫び、兵士の胸倉を掴んで地面に転がるように伏せた。間一髪──クリスタと兵士の頭部があった場所をヒトガタの触手が薙いでいった。


「ッチ! 構えろ、首を狙え!!」


 ヒトガタは巨大な個体を除いてあらかた排除し終えたと思っていたが、まだ地下に残っていたようだ。クリスタと兵士の存在を気取って這うように現れたヒトガタを前にふたりは銃を構える。

 だが、その銃から銃弾が発されることはなかった。


「邪魔だ」


 一閃。

 けれどその一閃は、やはり見えない。

 それどころか──レドグリフが現れたことにさえ、その声がする瞬間まで気付かなかった。


「レドグリフ!」

「何か分かったのか?」


 ヒトガタの第三頸椎の下部──ちょうどチップが潜んでいるあたりを神速の如きひと振りで斬り伏せてしまったレドグリフは地上で見送ったその時よりも血と泥にまみれ、傷だらけの満身創痍の状態であった。

 その状態であるというのにレドグリフの鷹のような両眼からは闘志という闘志が少しも失われていない。闘志に溢れ、戦意に満ち、殺気に滾っている──〝鬼〟の目つきで、レドグリフはそこに佇んでいる。


 〝皇帝〟ここに君臨せり。


 そうとしか形容できぬその威風堂々たる佇まいに兵士は思わず一歩、後ずさってしまう。けれどクリスタはさすがにレドグリフと付き合いが長いだけあって飄々とした調子で助かった、と礼を言った。


「伝言だ。どうやら日本が例のモンスターを倒したらしい」

「なに?」

「イクサ・カミヤシロとかいう一般市民らしいぜ。しかも、レディーときた」

「…………」


 無言ではあったが──冗談ではなかったのか、とレドグリフの顰められた眉が語っている。兵士はぼんやりとそのイクサ・カミヤシロなる一般人女性を脳裏に思い浮かべてみる。ゴリラのように逞しく野太い声で雄叫びを上げる、雄々しい女性しか思い浮かんでこないことに辟易とする兵士をよそにクリスタはさらに言葉を続けた。


「〝核を探し出して破壊しろ〟──それが彼女からの伝言だ」

「……〝核〟」

「〝核〟はモンスターの体を縦横無尽に動き回っていて、破壊しない限り死なない上にチップと違って生半可な攻撃では破壊しきれない」


 そう言って爆弾百発の例えを口に出しせばレドグリフは考え込むように剣を握ったままの手で顎を撫ぜる。一笑も一蹴もしないところを見るに、心当たりがあるのかもしれない。


「そのレディーからの熱烈なラブコールはこれで最後だ。──闇雲に攻撃するな。〝核〟を探し出して見つけたら絶対に逃がすな。追い詰めて追い詰めて、破壊しきるその瞬間まで絶対に攻撃の手を緩めるな」


 随分と上から目線の、威圧的で高圧的な物言いに兵士は眉を顰めるが──レドグリフは何故だか愉快そうに口元を吊り上げた。

 それは兵士にとって初めて見る、レドグリフの笑顔であった。いつでも生真面目で堅苦しく、礼節を重んじていて羽目を外すことは決してなかった。堅気すぎるほどに堅気な軍人であったのだ。それが──今、とても愉快そうに──愉悦に満ちた笑みを浮かべている。

 それはクリスタにとっても衝撃的であったのか、クリスタの飄々とした目がまん丸に見開かれている。


「よかろう。それだけ聞けば十分──少し、本気を出すとしよう」


 今の今まで本気じゃなかったのかよ、と兵士はツッコミを入れたかったがおそらくはそういうことではない。倒す手立てが分からないまま戦うのと、倒せると分かった上で戦うのとではまるで違う。

 レドグリフは巨大なヒトガタは死ぬと理解し、全身全霊全力全開でもつて短期決戦に持ち込むことを決めたのだ。


「さて」


 吐き出すようにその一言を声にして、レドグリフは両手に握り込んだ剣を交差させるように水平に構える。

 そして当然のようにその姿は、消える。

 直後に暗闇に包まれているトンネルの奥から斬撃音と弾けるような金属音が激しくビートを刻む音楽の如く切れ間なく響いてきて兵士とクリスタは顔を見合わせた。先ほどまで響いていた戦闘音と、地上で戦っていた時の戦闘音とはまるで違う。〝攻撃の手を緩めるな〟という日本からの伝言通り──いや、伝言以上に隙を一切与えぬレドグリフの斬撃であった。


「一旦退却するぞ。地上に戻ろう」


 クリスタの言葉に頷き、兵士は一度何も見えぬトンネルの奥を見やってから駆けるようにその場を後にした。

 地下に潜った時の半分以下の時間で地上に戻ったふたりの体を切るような冷気が襲い、ぶるりと震えつつ待機していた兵士たちのもとへ戻っていく。まだ夜明けには早すぎる時間である──霜が地面を覆っていて踏みしめるたびにじゃりと靴裏に雪を掻き分けるような感触が響く。気温は既に氷点下──雪がいつ振り出してもおかしくない。


「ルクゼン大佐、如何でしたか? 地鳴りが激しくなっているようですが」

「おそらくそう時間かからないうちに決着がつく。地面が崩れるかもしれねぇから退却の用意をしろ」


 クリスタの指示に兵士たちは一斉に礼を取り、無線機などの機具を片付けし始めた。


「ルクゼン大佐、先ほどまた無線が入りまして……一応伝えておく、とのことでしたが……日本のイクサ・カミヤシロがフランスに向かったとのことです」

「なんだと? フランス──まさかパリに現れたモンスターと戦うためにか?」


 日本ではイクサ・カミヤシロとかいう謎の一般人女性が。

 アメリカではレドグリフ・キリングフィールド中将が。

 けれどフランスにおいては巨大なヒトガタに対抗しうる人間がいなかった。故に、軍で対応している──いや、普通はこうあるべきなのだが。日本とアメリカがおかしいだけで、フランスが当然あるべき姿ではあるのだが。

 ともあれ。フランスは軍が一丸となってヒトガタに対抗しているのだが、巨大なヒトガタに対しては圧されるのみで被害状況は悪化していくばかりだという。


「そのようです。満身創痍の状態であるために周囲が制止の声を掛けたそうですが、〝死にかけのわたしにさえ勝てないほど弱いくせに〟と一蹴されたと……だから最低限の治療を受けた後、日本の自衛隊と共にフランスに向かうと」

「……なかなかにクレイジーなレディーだな」


 頬を引き攣らせながらそう言ったクリスタの隣で兵士も、少なくともテレビなどに出てくる可愛らしい日本人女性から程遠いことだけは間違いない──そう考えて脳裏にもはやゴリラが女装しているに過ぎない人物像を思い描くのであった。


 そんな風にほんの少しだけ緊張が緩んだ瞬間であった。


 ハリケーンに家がもがれていくかのような音を轟かせながら地面が激しく上下に揺れ、兵士たちの体勢が崩れたのと同時に──花開くチューリップのように、地面が大きく花開いた。


「ぬあああああああああ!!」

「■ ■■  ■■■■!!」


 決して暇を与えぬレドグリフの剣戟と、レドグリフの神速の如き終わらない剣戟に全身を斬り刻まれボロボロに崩壊しかけている巨大なヒトガタ。

 それが地面を持ち上げて現れたのを、持ち上がった地面によって擦るように転がりながら兵士たちは視界に入れた。




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