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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
12/49

【クリスタ・ルクゼン ⑴】


 二〇三三年 一月 七日 午前二時十分(アメリカ時間)

 ワシントンD.C.、ユニオン駅前。


 レドグリフ・キリングフィールドという男はとにかく強かった。

 過去に想いを馳せながらクリスタは嗤う。同期入隊し、同い年であったこともありよく組んでいたクリスタとレドグリフであったのだが──その当初から、レドグリフは異常で、異質で、異端であった。


「周辺を完全封鎖。地盤が崩れる可能性もあることを警察やレスキューに伝えろ」

「イェッサ!」


 地下で相当激しい戦いが繰り広げられているのか、時折振動する地面にクリスタは目を細めながらも兵士たちに指示を下していく。


「大佐! モンスターが一匹こちらに向かっているようです!!」


 無線で連絡を受けていた兵士がクリスタに向かって鋭く言い放ち、その言葉が終わるか終わらないかのうちにクリスタは陣形を組み変える指示を出した。


「マイケル! テープはあるな!?」

「ああ!」

「トマス、レイゼン!! M240構え!!」

「YES!!」「OK!!」

「それ以外はライトを前方へ照射!!」


 そうして数人の兵士が隊列を整えたのを見計らったかのように触手を蜘蛛の足のように蠢かせてこちらに向かって疾走してくるヒトガタが視界に入ってきた。足を破壊されたのか、下半身が大きく損傷していてじゅくじゅくと再生させながら触手を用いて器用に駆け抜けてきている。触手が地面を打つたびに小さなクレーターが作られ、舗装された道路がどんどんみすぼらしくなっていく。


「一列に構え! トマス、レイゼン前に! マイケル!!」

「OK! ──喰らいつきやがれモンスター!!」


 マイケルと呼ばれた兵士が手に持っていた、今ではもう遺物としか言いようがない小型の古いテープレコーダーのスイッチを押し込み、そのまま勢いよく投擲した。大柄で肩幅も広く、筋骨隆々とした兵士の手によって投げられたビデオレコーダーはノイズ混じりながらもよく響く女性の悲鳴を甲高く響き渡らせながら明後日の方向へと飛んでいく。

 その〝人間の声〟に反応してヒトガタの体が一瞬大きく痙攣し、方向転換してビデオレコーダー目掛けて駆け出した。


「首目掛けて撃て!!」


 その一声と同時に、何重にも爆ぜる音が響き渡るように巻き散らされた。方向転換を行ったことによってこちら側に曝け出されたヒトガタの頭部が血と肉片を散らしながら大きく反る。人間の何十倍もの硬度を誇るヒトガタの皮膚は機関銃の連射を受けているにも関わらず表皮部が少しずつそぎ落とされていくだけである。あの巨大のヒトガタのように傷ひとつ付けられないわけではない分、はるかにマシではあるが。

 そうこうしているうちにヒトガタの弱点である、第三頸椎の下部に潜んでいるチップを機関銃が破壊したのかヒトガタの体が震えるように痙攣し、糸を切られて崩れ落ちるマリオネットのように力を失くして地面に倒れた。それを確認してクリスタが攻撃停止命令を下す。


「こいつらなら倒せるんだがな」

「──そういえば、このモンスターの倒し方を見つけたのは日本人だったとか?」

「ああ。熊のように戦うレディーが発見したとかワケ分かんねぇこと言ってるぜ」

「OH……クレイジー」


 こんな非常時である──情報の信憑性は格段に下がる。だからクリスタもその情報を信用してはいなかった。だが──日本軍と連絡を取るたびに必ずと言っていいほど話題に上る〝ひとりの女性〟というのが何なのか気には、なっていた。


「──……まあ、レドグリフのような化物がもうひとりいるとかねぇわな。それもレディーとか」


 ぽつりと独り言のように零されたクリスタの言葉を受けて兵士のひとりがレドグリフは何故あんなに強いのかと問うてきた。

 一体どう鍛えればあんな風になるのか。気になるのも当然である──だが、それに対するクリスタの答えは至ってシンプルであった。


「人外だからだよ」


 その一言に尽きる。

 ──そう。

 レドグリフと言う男は、とにかく最初から人外であった。クリスタと共に入隊した当初から〝最強〟であった。


「レドグリフはとにかく速かった。オリンピックに出れば余裕でありとあらゆる種目の記録を塗り替えちまうくらいにはな。アイツはそういうことに興味なかったがな」


 軍で行われる体力テストではそれが至極当然の、自然の摂理であるかのように常にレドグリフがトップであるし、記録も当たり前のようにレドグリフの名に塗り替えられてからもう長い。

 新人であったころ、剣などという時代遅れの遺物を好んで用いるレドグリフを馬鹿にした連中を模擬戦闘で剣一本のみで圧勝してみせたのは──未だクリスタの記憶に色濃く残っている。一対三十の、完全にレドグリフをリンチするためだけに行われた上官による暴虐であったにも関わらず、だ。


「木刀一本のレドグリフと、模擬銃を構えた三十人の先輩連中。完全に一方的な暴力にしかならねぇ──そう思うだろ? でも、レドグリフは傷ひとつ負うことなく三十人全員斬り伏せてしまった」


 おそらく、骨のつくりが常人のそれとは違うのだろうとクリスタは考えている。硬度ではない。屈曲性──可撓性──弾力性──柔軟性──とにかくレドグリフの骨には柔靭さがあった。折れないのだ。どんな攻撃にも耐えるだけではない。どんな動きにも対応しきれるほどにレドグリフの骨は強靭であった。

 そしてそんな骨を支え切れるだけの筋力をレドグリフは有している。それが──あの人外じみた強さを生んでいるのだろうと、クリスタは考えていた。


「大佐! ポメラ少将より無線が入りました!」

「こちらルクゼン」

『日本で例のモンスターが討伐された』

「!」


 無線機越しに伝えられたその情報にクリスタは目を見開き、けれどすぐ冷徹な面持ちになって先を促す。


『先ほど日本の自衛隊からコンタクトの申し入れがあった。モンスターの情報について共有したいと。通常個体に比べて桁違いの防御力と再生力を誇るが、決して死なないわけではないようだ』

「……レドグリフでさえ苦戦するモンスターを、日本が倒した?」


 〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールド。

 彼でさえ死闘を強いられ、数時間経つ今もなお倒せず苦境に立たされている。それを──まともな軍備もない日本が倒したとは、クリスタにはとても信じられなかった。


『イクサ・カミヤシロ。──そんな名前の一般人らしい』

「は? 一般人? ──自衛隊じゃなくて? しかも、ちょっと待てよ。そのイクサとやらがひとりで倒したように聞こえたんだが?」

『俺に聞くな。日本はそう主張している。馬鹿馬鹿しいとしか言いようがないがな』


 ありえない、そうクリスタは吐き捨てる。

 レドグリフは最強である。

 その最強でさえ苦戦する巨大なヒトガタを、日本のいち市民が倒せるわけがない。おそらくは日本の力を誇示するべく誇張しているだけだろうと考えてクリスタは舌打ちする。


「けっ、日本は真面目で誠実だって聞いていたんだがな。──まあそれはいいさ。ポメラ少将、それでモンスターを倒す手立てってのは?」

『キリングフィールド中将はいるか?』

「いや、地下で戦闘中だ」


 未だなお断続的に響く地面を見下ろしながらクリスタは答える。そして考え込むように唇を親指の腹で撫ぜ、無線機から口元を話して兵士たちに視線を向けた。


「レドグリフの元へ行く! 強制はしねぇ。ついてきてくれるやつはいるか?」


 クリスタの言葉に、これまで多くの死線を潜り抜けてきた歴戦の兵士たちの厳つい顔に惑いが生まれる。無理もないとクリスタはその惑いを受け止めた。これまでのヒトガタとの戦闘で既に何百、何千人もの仲間が死んでいる。クリスタの同期も、部下も、先輩も──多く犠牲になった。

 今回の事態はヒトとヒトとが繰り広げる〝戦争〟とはまるで違った。人間の常識どころか人間の行動を、意思を、人間の思考さえもを無意味にしてしまう化物による〝蹂躙〟でしかなかったのだ。

 戦いではない。ただ殺されるだけであった。

 ヒトガタへの対処法が分かったことで今でこそ状況は落ち着きを見せているが、あの巨大なヒトガタに関してはレドグリフという〝人外〟でなければ生き残ることさえ難しい。そんな化物たちが死闘を繰り広げている地下へ潜るのだ──己の人生を顧み、家族や恋人、友人たちを想い、未練に後ろ手をかけて迷うのは当然と言えよう。

 だからクリスタは、強制しなかった。


「……みんなは残っていてくれ。俺がついていきます」

「……いいのか? マイケル」

「この中じゃあ俺が一番タフガイですからね。ちょうどガールフレンドにもフラれたところだしな! HAHAHA!!」


 この場にいる兵士たちの中で最も体格が良く、筋骨隆々としている黒人の兵士にクリスタは微笑んで礼を言い、自分のガールフレンドを紹介してやると軽口を叩いてからレドグリフの元へ向かうべく準備に取り掛かり始めた。


「そういうワケで俺とマイケルでレドグリフに伝言しに行く。あのモンスターへの対処法を」

『……OK。では、イクサ・カミヤシロからの伝言を数回繰り返す』


 そうして聞かされた巨大なヒトガタへの〝対処法〟──それにクリスタがまず返したのは、嘲笑であった。


「爆弾百発でも倒せねぇってんなら日本は一体どうやって倒したってんだよ」


 爆弾を百発使うならば一度に全て使うのではなく、間を与えぬ百回の爆発にした方が効く。

 けれど実際に爆弾を百発使ったとしても倒せないだろう。

 一体何を考えてそんな例えを出した、とクリスタは眉を顰める。


『……イクサ・カミヤシロは素手で倒したそうだ』

「は? ──つまんねぇジョークだな」

『俺に言うな。……ともかくレドグリフにこれを伝えて、対応の仕方を変えさせてみてくれ。それで駄目ならば──』


 その先は言葉を濁されたが、クリスタには分かっていた。どうせホワイトハウスあたりが街ひとつ捨てることを検討でもしてんだろうな、と考えながらくっと口元を吊り上げる。


「OK、その伝言確かに承った。レドグリフへ伝えに行く」


 そう言って無線機を切ったクリスタは立ち上がり、底の見えぬ巨大な穴の開いたユニオン駅跡地に視線を向けた。


 さて、地獄巡りである。




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