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死に物狂いの英雄  作者: 椿 冬華
第一部 日米編
11/49

【アメリカ陸軍兵士 ⑴】


 二〇三三年 一月 七日 午前一時四十分(アメリカ時間)

 ワシントンD.C.、ユニオン駅前。


 首都ワシントンの玄関口であるユニオン駅。

 百年以上前に建てられた白亜の美しい駅舎として知られているユニオン駅は鉄道利用者にのみに留まらず海外からの観光客も多く集うワシントンの名所のひとつである。

 だが、今やその白亜の美しい駅舎は見る影もないほどに、無残に──完膚なきまでに破壊され尽くしてしまっている。つい数日前には妻や娘と共にこの駅構内のストアでショッピングを楽しんでいたことを思い出し、アメリカ陸軍の兵士は表情を強張らせた。

 地獄が始まったのはつい半日ほど前のことであった。

 アメリカ合衆国のいくつかの港に着港したコンテナ船から何十体、何百体もの人型を模した化物が現れて市内を蹂躙し始めた。当然、報告を受けたホワイトハウスは即座に軍を動かして警察と共に対処に当たり始めた──が、いくら銃で撃とうと化物は死ななかった。

 戦闘機を使えば触手で先んじて撃墜される。戦車を使っても照準を合わせる前に腕が装甲を貫いてくる。機関銃で蜂の巣にしても再生していくのを見た時は、この世の終わりかと絶望しか感じなかったものだと兵士は歯を食い縛る。

 そんな化物を──ヒトガタ前にさすがのアメリカ軍も恐怖に惑い、ホワイトハウスもいくつかの街を犠牲にする最終手段を用いるべきかどうか案じ始めたほんの数時間前──同じくヒトガタの襲撃被害に遭っていた日本から倒し方の情報が提供された。ヒトガタの、第三頸椎の下部に人工のチップのようなものが埋め込まれており、それさえ破壊すれば動きを停止させるということが判明した後は軍による掃討作戦が行われ、滞りなく化物の駆除が行われるようになった。

 だが、その状況もあの巨大なヒトガタが現れて一変した。

 赤黒い──血に濡れた鱗に覆われた、巨大なヒトガタ。腕のひと振りで高層ビルの壁を削り散らし、触手を薙ぐだけで高層ビルが爆ぜたように吹き飛んで倒壊していく。銃弾どころか機関銃さえ受け付けぬその鱗にアメリカ軍は蹂躙され、その数を大きく減らした。


「銃が効かぬのであれば斬ればよい」


 兵士の命が次々とこそげ落とされていく中、制止の声を無視してそんなことを言いながら巨大なヒトガタに剣二本で立ち向かっていったのは──〝皇帝〟であった。

 〝皇帝〟レドグリフ・キリングフィールド中将。

 三十八歳という若さで中将の座にまで上り詰めた、まさに〝人類最強の男〟とも呼ぶべき存在──それが巨大なヒトガタと向き合い、対峙し──そして死闘が始まってもう数時間経つ。


「──キリングフィールド中将の戦い、オレ初めて見たよ。人外じゃねぇか」

「俺だって初めて見たよ。キリングフィールド中将が強いってのは聞いていたが……ここまでとは思わなかったぜ。クレイジーどころの話じゃねぇ」


 同期のぼやきに同意しながら兵士は改めて、崩壊してしまったユニオン駅を眺める。

 そこでは未だレドグリフと巨大なヒトガタの死闘が繰り広げられている。


「ぬぅおあああああああ!!」

「■■■■■■■■■■!!」


 キン、キン、ギィンとレドグリフの軍刀と巨大なヒトガタの触手とがかち合う金属音が雄叫びと共に鳴り響く。レドグリフの剣と巨大なヒトガタの鱗が宵闇に包まれたユニオン駅跡地を照らしている軍のライトに反射して時折輝き、火花を散らしては金属音が鳴り響く。

 レドグリフ・キリングフィールド。百八十半ばほどある、鍛え上げられた無駄のない美しい肉体に厳かで油断ならぬ軍人の位格が備わっている。ワックスで固められたオールバックの黒い髪と丁寧に整えられた口髭とが軍人らしい厳つい顔を飾っていることでとてもではないが、三十八歳という若さには見えぬ風格である。

 だがその威風堂々たる佇まいを誇るレドグリフの体も今や──血まみれで、血みどろであった。


「ぬんっ!!」


 その時、レドグリフの右手に握られた軍刀が触手を打ち上げるように弾いた。そのまま軍刀を返すように持ち替え、けれど次の刹那には腕が消えて兵士たちは目を見張る。一閃、けれどその剣筋は全く見えない。気付けばレドグリフの腕は完全に振り抜いた(てい)を取っていて、数コンマ遅れて巨大なヒトガタの触手が数本斬り落とされていた。軍刀を振るうにあたっての腕の初動どころか前兆の素振りさえ、見えない。最初から最後まで神速の如く速きを。レドグリフの得意とする居合術である。昔、日本で嗜んだことがあるらしい。

 レドグリフが所有している二本の軍刀も日本の刀匠に打ってもらったという日本刀とサーベルを合体させたような剣で、刀身が百十センチほどもある。それを二本、両腕に構えてレドグリフは戦う。この現代において剣なぞ儀礼にしか使わぬハリボテのようなものであるのだが──レドグリフは入隊当時から銃よりも剣を得意とし、むしろ銃を持てば弱体化するという奇天烈な兵士であったとはレドグリフの同期の話である。


「ぬぅっ!!」

「中将!!」


 斬られた触手がぐぼりと吐き出すように新たな触手を生やし、それがレドグリフの体を横薙ぎに叩きつける。即座に受け身を取ったレドグリフではあったものの──鋭利な鱗に抉られたのか、既に血まみれの血みどろであった体が真新しい血でさらに赤く染め上げられる。

 ふー、とレドグリフの口から大きな息が吐き出される。


「──キリがないな。一向に手立てが見つからん」


 血で濡れた刀身を軽く払って血を落としながらレドグリフは兵士たちを見やり、何か新しい情報は入っていないか問う。


「は……えっと、現在あのモンスターと同種と思われる個体が日本とフランスの両国に出現したという情報は入っております」

「そんでどうやら日本ではお前と同じようなヤツがモンスターと渡り合っているそうだ。フランスは個人ではなく軍で対応して、劣勢のようだがな」


 そんな言葉と一緒に唐突にひょいと現れてきたひとりの中年男性にルクゼン大佐、と兵士が声を上げる。ワンテンポ遅れてクリスタか、とレドグリフも口元の血を拭いながら声に出してきた。

 クリスタ・ルクゼン。レドグリフの同期であり、階級は大佐である。くすんだ金色の髪をざんばらに切り揃えている、無精髭がとてもよく似合う男だ。


「フランスはともかく──日本はコイツに個人が対応しているのか?」

「みたいだぜ? 情報が錯綜しているから定かじゃねぇがな……カワイイレディーが勇敢に戦っているという話だ」

「つまらん冗談を言っている場合か。まともな情報は?」

「ない」


 クリスタの軽薄な一言にレドグリフはため息を吐き、頭から滴ってくる血を二の腕で拭った。


「避難は?」

「地下は完全に撤退完了してる──()()()()()()()、だが」


 それはつまり、動けぬ負傷者は未だ取り残されているという意味でもあった。

 その意味を理解した上で、レドグリフはさらに問う。


「地上は?」

「混乱状態に陥っているせいで滞りがちな個所がいくつか。モンスターを倒せるようになって多少マシにはなったが、地下と違って逃げる場所が豊富にあるせいかあちこち好き勝手逃げ回ってくれやがって俺らの言うことを聞きやしねえ」

「そうか。ならばあのモンスターを地下に連れ込む。対処法を探しながら戦うが──そちらでも情報収集は怠るな」

「了解、レドグリフ」


 まるでホットドッグを買って来てくれと言われたのと変わらぬような調子で返事したクリスタの言葉を受けて、レドグリフは腰を低く構えて地を強く蹴った。

 泥と瓦礫でぬかるんでいた地面が爆ぜた、と思った次の瞬間にはレドグリフの体が消えていて──直後に轟音と共に、ユニオン駅跡地が爆発した。

 ──いや。レドグリフが巨大なヒトガタごと、地下に潜ったのだ。その衝撃でユニオン駅跡地がぶち抜かれて地下までの直通穴ができてしまったのである。がらがらと空から降り注いでくる瓦礫の破片から身を庇いながら兵士たちは茫然としたように穴の開いたユニオン駅跡地を眺める。


「……ルクゼン大佐」

「どうした」

「アレは……〝ヒト〟なんですか?」


 敬意も敬服も失意も屈服も、何もかもをないまぜにして圧倒的に捻じ伏せる畏怖に塗り潰されてしまった表情で──兵士が、クリスタに問う。

 それに対するクリスタの答えは簡潔かつ、分かりやすいものであった。


「化物だよ」


 ヒトという枠から外されてしまった存在。

 ヒトというカテゴリーに拒絶されたヒト。

 ヒトであり、ヒトであらざる存在。人外。


 それがレドグリフ・キリングフィールドだ。

 そう言ってクリスタは──嗤った。




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