【ジャーナリスト ⑵】
二〇三三年 一月 七日 午後十六時二分
東京都新宿区、都庁前。
「アアァアアァァアアァ!!」
「■■■■■■■■■■!!」
血と肉片が撒き散らされてジャーナリストの体が赤黒く彩られる。
新宿区に現れた、他の未確認生命体とはまるで種の違う巨大なヒトガタ。そしてそれを討伐すべく現れた人外、神社戦。
化物と化物の戦いが始まって数時間──未だその戦いは、終わらない。
「いや。化物の動きが鈍くなってきている」
血が流れ出る腹部を抑えながら戦の叔父であり自衛官でもある、神社倭がそう言う。戦と巨大なヒトガタの戦いの中で流れ弾──もとい、流れ触手を喰らって負傷したにも関わらず、倭は姪の戦いを見届けるべくここから退かなかった。
「──お前ごときではわたしに勝てない!!」
血反吐を吐き散らかしながら戦がそう叫び、右腕を大きく振り下ろした。大砲が爆ぜるような轟音と一緒に巨大なヒトガタの胸部が大きく吹き飛び、抉れる。すぐ再生しようと活性化し出す巨大なヒトガタの細胞に戦はさらに、左腕を鋭く薙ぐ。またもや轟音、そして爆ぜるヒトガタの体。
「逃がすか!!」
うねるように再生する巨大なヒトガタの傷口を戦の獰猛な両眼が射抜く。何かを見逃さぬとばかりに──何かを決して逃しはせぬとばかりに、その両眼は巨大なヒトガタから決して外れない。
そしてまたもや、戦の腕が激しい鳴動を奏でながら巨大なヒトガタの体を貫通する。その勢いを殺さぬまま戦は巨大なヒトガタごと──既に崩壊しきってただの瓦礫の山と化している都庁へと、突っ込んでいった。
あたりを襲う爆風と共に舞い上がる砂塵で視界が奪われるが、この数時間で幾度となく繰り返されてきたことでもあったためジャーナリストたちの顔に動揺はない。
「神社さん、手当てを!!」
「ああ」
自衛官のひとりが化物たちの戦いが離れた隙にと倭の腹部の手当てに取り掛かる。それを見てジャーナリストたちも各々、この戦いのさなかで巻き込まれ負傷した個所の応急手当てに取り掛かる。倭のように直撃こそ受けてはいないものの、飛び散った瓦礫で傷付いたジャーナリストは多い。
「今何時だ?」
「一六一八です」
「もう十六時か……暗くなる前に決着つかないと厄介だな」
「他の部隊からの報告によりますとあらかたの化物は退治できたようです。現在は暗くなった後の戦闘に備えて各部隊、装備を整えているところだそうです」
「市民も混乱はあるものの、滞りなく避難できているとのことです。ただ……死者はおそらく一万をゆうに超えるかと」
「……だろうな。初動が散々たるものだったからな──マスコミは我々を叩くだろうが、聞き入れるな。それに対処するのは政府の仕事だ──俺たちはただ、今後またアレが現れても対処できるようにするだけだ。あんな化物がいるだなんて誰も思っちゃいねぇから初動が無残だったのはやむを得んが──二度を許さないのが、俺たちの仕事だ」
「……はい」
倭の言葉に頷く自衛官たちを眺めてジャーナリストは、考える。
自分たちマスメディアの在り方を。国民を守れなかった自衛隊を責め、こき下ろすのは簡単である。だがそれは果たしてマスコミのあるべき姿だろうか。もっとやるべきこと──もっと、報道すべきことがあるのではないか。
自衛隊にも、死者は多く出た。
それを無視して仕事を成し遂げられなかった自衛隊を叩いていいものなのか。
「……と、いうか静かじゃないか?」
ふと、ジャーナリストのひとりがそんなことを言い出してその場にいた一同ははっとしたように都庁に──都庁跡に視線を向ける。
既に砂塵は晴れていて、瓦礫の山と化した都庁が沈みかけている夕陽に照らされて無音の佇まいを醸し出している。先ほどまであんなにも響き渡っていた轟音も、雄叫びも、血肉撒き散らされる音も──何ひとつしない。
「……戦?」
「──さすがに死にかけた」
ぽつりと姪の名を呼んだ倭に応えるように、瓦礫を押し退けて都庁跡の下から戦が現れた。夕日に照らされて血まみれの血みどろの、神社戦の姿が浮かび上がる。
それはとても神秘的で──それでいて、とてもつなく畏怖を感じさせる光景であった。
倒壊しきった東京都のシンボル、都庁の名残りを踏みしめるようにして立っている、ひとりの女性。警察どころか戦車でさえも対処できなかった化物を容易く素手で屠ることのできる、ひとりの化物。自衛官が束になって挑みかかっても傷ひとつ付けることの叶わなかった巨大な化物と死闘を繰り広げてみせ──果てには、倒してみせてしまったひとりの──〝最強〟。
夕陽に照らされて佇むそれを前に、ジャーナリストたちも──そして神社倭ら自衛官たちも、沈黙することしかできなかった。
「──おい」
「ッ!」
ずるり、ずるりと体を引き摺るように歩きながら──いや。
たった今倒してみせたばかりの巨大なヒトガタの亡骸を引き摺りながら戦がこちらにやってきて、ジャーナリストたちは一斉に緊張した面持ちになる。
「大丈夫か? 戦」
「大丈夫じゃない──だが今はそんなことよりも、おいマスコミ……自衛隊でもいいが、このバケモノどもの情報をくれ」
あと二体いるはずだ。
──そう言って口の中に溜まった血の塊を吐き出す戦に、その場にいた人間たちは何を言われたのかを理解できず茫然としたように凍り付く。
「あと……二体、って」
「コレが少なくともあと二体いるはずなんだ。そういう情報は入ってないか?」
そう言いながら腕に持っていた、巨大なヒトガタの腕をべちゃりと地面に落として戦はその死体を弄り始めた。そうしてジャーナリストたちに見えるように露出された、巨大なヒトガタの鱗が剥がれ落ちて剥き出しになった肩口──そこに金属製のプレートのようなものが埋め込まれていた。
プレートには、こう刻み込まれていた。
〝SPIRITUS SANCTUS〟
「〝聖霊〟……?」
「うろ覚えだが、〝神の位格〟……〝三位一体〟のひとつだろう?」
三位一体。キリスト教において〝PATER(父なる神)〟と〝FILIUS(子なる神)〟、そして〝SPIRITUS SANCTUS(聖霊)〟の三つから一体、つまり唯一神が成るという教えのことである。キリスト教の派閥によって捉え方が異なるが、おおまかに言えばこういうことであるが──何故巨大なヒトガタにその三位一体のひとつが刻まれているのだろうか。
「確定したわけではないが、最低でもあと二体はいるかもしれない。だから情報を寄越せ」
戦の高圧的な物言いに、けれどジャーナリストたちも自衛官たちも逆らうことはしなかった。できるわけがない。
あんなバケモノがあと二体いるなど、冗談ではない。
神社戦にしか倒せないバケモノであるのに、だ。
「ありました!! 日本国内においては戦況は終息の流れを見せつつありますが──アメリカのワシントンとフランスのパリ、それぞれに他の化物とは異なる個体が現れて交戦中であるという情報を上層部が得ています!!」
自衛官のひとりがいち早く情報を捉え、それを戦に伝える。戦は即座にアメリカ軍やフランス軍とコンタクトを取るよう命令してきた。
「コレへの対処法を伝える。コレは生半可な攻撃じゃあ倒せない」
戦の言葉を受けて倭が頷き、それから自衛隊上層部や内閣府とコンタクトを取ってアメリカやフランスと連絡が取れるよう準備を整えていった。ジャーナリストたちもそれを追ってカメラの用意をしたり、自分とコネクトのある国際ジャーナリストたちと中継を繋いだりといった作業に移る。
さすがに緊急時であることもあり──神社戦とアメリカ・フランス両軍が繋がるのにそう時間はかからなかった。
「やまとくん」
「分かってる。俺が通訳する──少し待て」
無線機を通じて繋がった両軍に対して倭が流暢な英語で状況を話し始める。それを戦はぼんやりとした目で眺めている──英語が分からないのだろうか。
「現在、ワシントンではレドグリフ・キリングフィールド中将がひとりでデカい化物に対処しているところのようだ。フランスは対処しきれず被害が拡大中らしい」
「……れどぐりふ・きりんぐふぃーるど……? ひとりで?」
自分という存在を棚に上げて、あの巨大なヒトガタに応じ切れる人間が存在したことに驚きを禁じ得ない様子の戦にジャーナリストは顎をしゃくりながらその聞き覚えのある名に想いを馳せる。
レドグリフ・キリングフィールド。
「──確かアメリカ軍で〝皇帝〟と呼ばれている、最強の軍人だとか」
「……最強、ねぇ」
ふぅん、と戦は興味あるようなないような、曖昧な頷きを返しながら倭に視線を移した。
「れどぐりふでも何でもいいが、戦っているんなら伝えろ。〝核を探し出して破壊しろ〟」
「……〝核〟……他の化物にもあったあのチップみたいなもんか?」
「いや、チップのように明らかな人工物──機械ではなかった。〝核〟はアレの体を縦横無尽に動き回っていて、破壊しない限りアレは死なない上に──チップと違って生半可な攻撃じゃあ破壊しきれない」
闇雲に攻撃するな、〝核〟を探し出して見つけたら絶対に逃がすな。追い詰めて追い詰めて、破壊しきるその瞬間まで絶対に攻撃の手を緩めるな──そう言って戦は血みどろの顔でカメラをねめつけた。
「肝心なのは隙を与えない破壊だ。爆弾などで一気に片付けようなどと思うな。アレの再生速度は尋常じゃない。百発の爆弾を使うなら一度に爆発させるのではなく、間を与えぬ百回の爆発で追い立てるべきだ──こう言えば分かるか? ……だがまあ、例えに使っておいてあれだが爆弾百発用意しても倒せんだろうな。アレは学習能力が相当高い。こちらの動きに即座に適応する──」
そこでごほ、と戦は咳き込んで血を吐き出す。相当の深手を負っているということは傷口を見るまでもなく明らかなのだが、戦はそれでも手当てを受けるよりもこの状況の打破を優先した。
「とりあえずわたしはフランスに行く。アメリカはそのれどぐりふとやらに任せておくとしよう。──やまとくん、そういうことだ」
神社戦は、まだ戦う気であった。




