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焦日  作者: joblessman
7/9

怒り

 そのとき、扉が強く開かれると、庭師の男と桔梗が現れた。唖然とする二人を


「この部屋は、なんなの?」


 とユウはにらんだ。


「ユウ様、それは、、」


 と桔梗はことばを詰まらせた。

 庭師の首にかけられたタオルが、ユウの目に入った。


「あなたのその赤いのは、誰の血なの?」


 とユウは庭師に冷たく訊ねた。


「これは」


 と庭師の男が口を開いた。上歯の一本が尖っている。その一本の先に、赤黒いなにかがこびりついたように固まっていた。


「その歯についているのはなんだ」


 ユウは、かすれた声ですごんだ。瞬間、桔梗が小屋から出ようと走り出す。ユウは、こみ上がる怒りに身を任せ、桔梗を抑え込んだ。自分の知らない、とてつもない力がみなぎっていた。扉を力任せに閉めると、桔梗に訊ねる。


「言え、知ってること全部」


「ゆ、ユウ様。私たちは、人間であって人間ではないのです。あなたもいずれは通る道」


「あの子に何をした。この小屋で。それを言え」


 とユウは、桔梗の首を掴み、力任せに彼女の顔を地面に打ち付けた。


「う、わあああああ」


 と庭師が、腰に差していた鎌を抜き、ユウに振り下ろした。

 ユウの背中に、鎌が刺さる。


「やめろ、庭師!」


 と桔梗が叫んだ。

 が、庭師はユウの背中から鎌を抜くと、震える手で、再び振り下ろした。今度は、ユウの右腕に、鎌が刺さった。ユウは、むくりと立ち上がると、庭師の腕を掴んだ。

 うなり声をあげながら、庭師は手から鎌をこぼした。


「お前がしゃべれ。何をした。何をしていた、ここで」


 とユウは鎌を庭師に向けた。


「お、俺は、違う、なにも」


「嘘をつくな。言わないと殺す」


「レ、レイ様が」


「庭師、言うな!」


 桔梗が叫ぶ。ユウは、桔梗の顔のそばに鎌を投げた。桔梗が悪い血相をさらに悪くし、黙る。


「レ、レイ様が、花畑のとこで女を二人見つけたって。それで、一人は逃げて、もう一人があいつで。それで捕まえて、ここに」


「ここで、何をした」


「血、血だ。あ、あんたも欲しくなるだろ?俺らは夜鬼ではねえ。でも、人間ともちがうんだ。沸き上がっちまうんだよ、血が欲しいって」


「血が欲しくて、なぜあんなにも傷つける必要がある」


「し、知らねえよ。それはレイ様が」


「庭師、お前」


 とことばを発しようとした桔梗をユウは睨んだ。桔梗は、諦めたかのように地面に顔を伏せた。


「続けろ」


「レ、レイ様だ。この女は害になるとかいって、色々傷つけてたんだ。いつもはそんなことしねえんだけども」


「いつも?」


「え、ああ、いつも連れてくる人間は、血を飲んで死んだら埋めるだけで、あんなに傷つけたりは」


「お前らは、何人もの人間を」


「お、俺らだけなわけがねえ。牙もってるもんなら、この欲を消すのは無理なはずだ。おまえらんとこのやつらも、隠れて絶対にやってる」


「嘘だ!」


 ユウは、庭師の腕を思いっきり掴んだ。庭師の悲鳴には気にも止めずに、桔梗の方を見た。

 桔梗は、横たわった少女に鎌を向ける。


「何をしている」


「もう、これ以上はいけません。いずれはわかることだったのです。先ほどもいいました。私も、あなたも、あなたのおじいさまも、レイ様も奥様も、人間であって、しかし人間ではないのです。ユウ様、私たちは、私たちだけで、この山でしか生きられないのです。この少女は諦めてください、それだけで、全ては丸く収まるのです」


 桔梗が鎌を振り上げる。


「やめろろおおおおおお」


 とユウは凄まじい早さでタックルすると、桔梗に馬乗りになり、彼女の口を掴んだ。

 悲鳴を上げながら、庭師が小屋から逃げていく。

 ユウの背中から、腕から、手首から、おびただしい血が流れている。口元からも、血が垂れていた。ユウの血で、桔梗の顔が赤く染まる。頬が、鼻が、少し開いた口元が。ユウの血が、桔梗の口の中に入っていく。しかし、桔梗は全く拭き取る気配も、口を動かすこともしなかった。息はしているが、すでに気を失っていた。


「や、、、め、て」


 ユウは、声の主の方を振り返った。

 少女が、かろうじて立っていた。

 ユウは立ち上がり、


「大丈夫、すぐ帰してあげるから」


 と少女に近づいていく。

 少女は、おびえるように尻餅をついた。そしてそのまま、気を失った。

 ユウは、自分を見た。今の状況を、自分という存在を、見た。少女は、自分におびえたのだ。自分もまた、彼らと同じように、いや、彼ら以上に、少女にとっては化物なのだ。ユウにもう涙はなかった。頬を引きつらせながら、苦笑いするのみであった。

 裸の少女を抱きかかえると、ユウは小屋を出た。勢いのままに塀を乗り越えると、無我夢中で走った。後ろで俊一の声がしたかもしれない。いや、しなかったかもしれない。それほど曖昧な意識のなか、走った。



『枝垂柳』


 古びた板付けを見て、ユウはようやく息をついた。体はすっかりもとに戻っている。

 ノックもせずに入ると、相変わらず大鍋をかき混ぜていたミケ婆が、手を止め目を丸くした。


「なんじゃ、なんぞじゃユウ坊!?」


 ユウは、あらましを口早に説明した。


「ともかく、これを着せい」


 とミケ婆は衣服を投げた。少女には少し大きいぐらいのサイズだった。ユウは、この状況下にあって、驚いた。


「ミケ婆、こんな服もってるんだね」


「まあ、趣味みたいなもんじゃ」


 よくわからない趣味だな、とミケ婆の人生も気になったが、ユウは再び現実に戻った。手早く衣服を着せ、ありありと少女を見た。顔の腫れや痣も、噛み痕もすっかり治まっていた。


ーーー奇麗になったんだな

 と胸が苦しくなった。ユウの頬に、涙が伝う。ポケットから小瓶を取り出す。


「この子は、、、おい、ユウ坊、その水は」


「この数日の記憶を消してあげないと」


「ええのか?もしかしたらお前さんとこの子は」


「なに?ミケ婆」


「いや、なんでもないわい。この子の記憶を消すんかいの」


「そう。これから彼女が生きていくには、この記憶は重すぎる」


「お前さんのことまで忘れてしまうんじゃ」


「僕のことも、忘れてほしいんだ」


 と小瓶の栓を開けた。


「数日なら、半分ぐらいで充分じゃ。混ざりもんじゃからはっきりとは言えんが」


 ミケ婆のことばに、ユウは小さく頷くと、少女に忘却水を飲ませた。


「あの花畑の洞穴は」


「知っとるのか、あの道を。狭いが、通れんこともないじゃろう。そこを抜ければ村だ。ほれ、ロープで縛った方が抜けやすいじゃろう。あと、山の西側からこっちへ戻ってくる地図じゃ。もう山を下りることはないかもしれん。そっちからのんびり帰ってくるか」


「いいの?」


「まあ、お主が決めるんじゃ」


 とミケ婆は、もう用は済んだと言わんばかりに、大鍋を混ぜはじめた。


「ありがとう」とユウは『枝垂柳』を出た。


 赤い花畑が夕日に落ちている。一瞥することもなく、ユウは足早に洞穴へと向かう。

 少女を背中に縛り付け、四つん這いで、時にうつ伏せになりながら、慎重に進む。真っ暗で狭いこの場所が、岩肌からときおりぽたりと落ちる雫が、何も考えずに進むことが、ユウにとっては心地よかった。

 光がうっすらと見えた。さすがのユウも、へとへとだった。

 雑草が揺れていた。古い神社の後ろ姿がそこにあった。神社の表にまわると、夕日が眩しかった。


ーーーどうしよう


 とりあえずここまできたものの、ユウはこの少女の名前しかしらない。もっといえば、山を下りたのが初めてのことであった。途方に暮れていると、自転車の甲高いブレーキ音とともに、声がした。


「葵、ここか!?」


「う、うん、たくちゃん」


 男と女の声である。まだ共に大人ではないことがユウにはわかった。さっと神社の影に隠れ、様子を伺った。

 女の子が、先導して鳥居をくぐってくる。その後ろには、ユウと同じ背丈ぐらいの少年が続いた。


「お姉ちゃん、うちを追って助けてくれた。この神社の後ろに、洞穴があって」


 と女の子が言った。

 ユウは、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、次の行動へと移っていた。背負っていた少女を丁寧に地面に置くと、神社の柱を足場に、その屋根へと跳んだ。


「なんや、なんか音せんかったか?」


 と少年が近づいてくる。


「柊花!」


「お姉ちゃん!」


 と二人が、少女のもとへと駆けつける。


「葵、待っとれ。大人呼んでくる」


 と少年は走りだした。

 大人たちが現れ、柊花が運ばれていく。その一部始終を、ユウは屋根の上から聞いていた。神社が静かになったとき、夕日は微かに照らすのみになっていた。もういいだろうと屋根から降りようとしたとき、再び声が聞こえた。


「葵、この奥か?」


「うん、あ、あそこの雑草に隠れてる穴。あそこから抜けてったん」


 少年は、洞穴を凝視している。


「どうすんの、たくちゃん」


「どうもせえへんけど。爺婆にちょっと聞いてみるか。とにかく、お前はもう行ったらあかん」


「うん」


 と二人は神社を去っていった。

 ユウは、屋根から下りると、適当な岩を探した。がなかなか見つからない。神社の端の影に、ちょうどいい地蔵があった。それで穴を塞いだ。これでもう誰も山にはこれないし、そして、もうこの村に下りることはないだろう、と夜の村を眺めながら、ミケ婆からもらった地図を頼りに、山の逆側へと向かった。頬を涙が伝っていた。

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