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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第九十六節 海原の戦い

 ルシアの手持ちである艦船駒は、攻撃要員が現在“魔法手”。対するビアンカの艦船駒は、相性有利である“弓手”が乗船する状態。

 だが、目の前に置かれるルシアの艦船駒の向きは、ビアンカの艦船駒に対して舷側を向けている。


 その状況を目にして、ビアンカは頭を捻りながら攻撃に移行することにした。


 反撃を受けることは必須。しかし、相性有利の際はダイスを三個振るうため、反撃で二個のダイスを振っても出目の数字を上回るのは難しい。


 そんなことをビアンカは思慮しながら、ダイスを三つ振るう。ルシアも反撃を宣言した後、ダイスを二つ振るった。


「えっと、出目は五・二・二ね」


「こちらは六・五。あら、運がいいですね。――反撃成功です」


「嘘。ひっくり返されちゃった?!」


「ふふ。正に『勝負は時の運』ですね」


 まさかの反撃成功判定だった。それにビアンカが驚きの混じる声を上げれば、ルシアは楽しそうにころころと喉を鳴らして笑う。


 相性有利でビアンカが攻撃をしたと(いえど)も、反撃成功判定が出てしまえば与えられるダメージは半減。あまつさえ、返り討ちの判定を受けることになる。


 ダイスの出目運に左右されるとはいえ、ビアンカは悔しそうに小さく唸った。


「ビアンカさんが攻撃してきた船の駒は――、“剣手”が乗っていないようなので。これで攻撃をさせていただきましょうか」


 悦楽で声を弾ませ、ルシアは今しがたビアンカが“弓手”で攻撃してきた船から見て、左側に控えていた艦船駒を盤上に滑らせて接舷させる。

 ルシアの言の通り、ビアンカの船には“剣手”の乗組員がいないため、ルシアから“剣手”で攻撃されてしまうと反撃が不可能だった。


「これで、ビアンカさんの三番艦の駒。撃沈です」


「ふえ、またぁ……?」


 ビアンカの口をつく不服を宿した言葉に、ルシアはくすりと笑いを零す。


 幾度か攻撃・防衛のターンを繰り返しているが、ビアンカは徐々にルシアの手の内が読めてきていた。だが、まだ確信を持つには至らず、遅疑逡巡と考えながらの攻略となっているのだが――。


「……もしかして。さっき、舷側を向けて相性不利で置いていた駒、囮だった?」


 ビアンカが思い当たった事柄を口に出すと、ルシアは悪戯そうに唇を緩めた。その表情は漸く気付いたのかと声の無い言葉を示唆させ、ビアンカは眉を寄せる。


「正解です。敢えて目の前にあるビアンカさんの船に対して不利な攻撃手の駒にしておいて、反撃だけはできるように舷側を向けて待ってみました。出目が上回ったのは幸運でしたけれど」


 自らの策略の手を惜しみなく口述していくルシアだったが、その被害を(いと)わない手段にビアンカは押し黙ってしまう。内心で「本当にえげつない」などと思うが、それは口には出さなかった。


「ね、ねえ、ルシア。ビアンカは初心者なんだから、ちょっとは手加減してあげてよ……」


 勝負の流れを見かねたヒロが、助け舟の弁を述べる。だがしかし、ルシアは鼻を鳴らして一笑を零す。


「甘えは実際の海戦では通用しませんよ。手を抜くのは私の理念に反しますので」


「ルシアさあ。これはゲームの話なんだよ? 実戦とゲームの判別は付くって、さっき言っていたよね?」


 実戦とゲームは違うという分別は付く。さようにルシアは口弁していた。

 だがしかし、舌の根も乾かぬ内だというのにそれを覆したルシアの言動に、ヒロは呆れて大げさな嘆声(たんせい)をついた。


「……ビアンカ。こいつを動かして攻撃に移行ね」


「え?」


 言うや否や、ヒロは盤上に手を伸ばすと、ビアンカの艦船駒を動かしていく。突然のヒロの加勢にビアンカは翡翠色の瞳を瞬かせ、ルシアは可笑しそうにしてくすくすと笑いだす。


「リーダーが軍師役をしますか? 『船頭多くして船山に登る』とならないように気を付けてくださいね?」


「……そういうことを言って、煽ろうとしないでくれる?」


 ルシアの口端をつく挑発的な揶揄(やゆ)。それにヒロの整った眉が不快げに動き、また舌戦が始まってしまうのではないかとビアンカは憂慮の苦笑いを表情に浮かべた。


(本当にヒロとルシアさんは気心の知れた間柄なのね。――でも、口喧嘩が多いみたいだなあ。何とかならないのかしら……?)


 険悪な雰囲気を仲が良いと解釈した上での的外れな思想。生温かい気持ちになりながらヒロとルシアの取り交わしを傍目(はため)に、ビアンカは盤上に視線を落とす。


 次の一手はどのようにするべきか。そんなことを考えている最中だった。


 船室の壁板が軋む音を立て始めたことに、ビアンカは気が付いた。

 ミシミシと微かに耳に付く音――。それと共に、まるで眩暈でも起こしたかと思う、ゆらりとした揺れを感知する。


「ねえ。なんか変な音、していない?」


「え?」


 ビアンカからの指摘を受け、ヒロが不思議そうに紺碧色の瞳をビアンカに向けた途端――。


 突如として船から聞こえていた軋む音が一際大きく鳴り、船体が揺れた。それによってテーブル上に置かれた飲み物の器などが乱雑に薙ぎ倒される。

 廊下からは叫声が響き渡り、立ちどころに不穏な空気が船内に漂い始めた。


「な、なんだ……っ?!」


 間髪入れずにヒロが驚愕から声を荒げた。ビアンカも何事かと言いたげな眼差しで船室を見渡し、ルシアは涼しげな面差しのまま近くに居たカルラを引き寄せて静観している。


 すると、次には一同の耳に轟音が届く。それは――、砲列甲板での砲撃音に間違えなかった。


「船が、襲われている……?」


「そんな馬鹿なっ! この辺りの海域に、航行船を襲うようなヤツらはいないっ!!」


 ビアンカがぽつりと呟いた言葉を聞き、ヒロの眉間に深い皺が刻まれる。かと思えば、(きびす)を返し船室を飛び出していってしまう。


「あっ、ヒロッ!」


 咄嗟にビアンカは立ち上がり、ヒロの名を呼ぶが――。開け放たれたままになった船室の扉の外からは、焦燥に動き回る人々の声しか聞こえない。

 何事か。追いかけるべきか。さようなことを一顧していると、ガタリと椅子を引く音が今度は耳につく。ビアンカが翡翠色の瞳を音の出所に向ければ、椅子から立ち上がり真摯な面持ちを浮かせるルシアの姿が映った。


「……私たちも行きましょうか」


「え、ええ。で、でも、カルラちゃんは……?」


「この子なら大丈夫です。エレン王国の“魔法騎士団”に混ざって、戦闘訓練も受けていますし。なにかあっても、自分の身は守れますよ」


 ルシアがカルラの頭を撫でながら言えば、カルラは金色と銀色の眼差しに力強さを宿し、大丈夫だということを表すようにビアンカを見据えて頷いていた。



   ◇◇◇



「船体に近づいているヤツを優先して倒せっ! 船底に穴を開けられたら、どうしようも無いぞっ!!」


 甲板上にヒロの声高な指示が飛ぶ。それに従い、船夫や水兵たちが怒号を上げながら動き、海原に向かって弓を(つが)えて打ち放ち始める。

 船の上空には普通の鳥よりも大きな存在が幾つも飛び回り、船上は異様な雰囲気を擁していた。


「ヒロッ! 何があったの……っ?!」


 思いも掛けていない事態に、ビアンカはヒロの姿を見つけて早々に声を張り上げた。

 ビアンカたちが甲板に上がってきたことを認めたヒロは、紺碧色の瞳に苛立ちの色を僅かに彩っている。そのことで、不測の事態が起こったことを窺い知ることができる。


「……魔物の強襲だってさ。海の魔物――、“スキュラ”が他の魔物を引き連れて船に襲い掛かってきたんだ」


「スキュラ?」


 初めて耳にした魔物の名前に、ビアンカは疑問の混じる声音でヒロの言葉を反復する。それにヒロは頷いたと思えば、手摺に手を付いて身を乗り出し、船頭側を指差し示した。

 ヒロが指し示した方角へビアンカが翡翠色の瞳を向けると、海原の先――。航行船の進路を塞ぐように、海の魔物たちが群れを成している姿が見受けられ、吃驚してしまう。


 馬の上半身に魚の尾(びれ)を持つもの、魚に人間の手を持つもの。実に様々な魔物が海を泳ぐ中で、一際大きな魔物が航行船に鋭い(まなこ)を差し向けていた。


「……女の人? でも、下半身に沢山の蛇の頭と……。あれは、なに?」


 ビアンカが目にしたのは、上半身が女性。そして、下半身に多数の蛇の頭と――、見慣れない形状をした触手の(ごと)くうねる複数本の足と思しき物体だった。それを不思議げに眺めていると、ヒロが辟易とした溜息をつく。


「スキュラは女性の上半身に、沢山の蛇の頭と蛸の足を持った海の魔物なんだよ。どういうワケか、そいつが海原に出てきて襲ってきた」


「このような海原に姿を現すのは珍しいですね。普段は海岸の洞窟に潜んで、棲み()の近くに寄ってきた船を襲う臆病な魔物、ではありませんでしたっけ?」


「うん。もっと島沿いを航行しない限り、スキュラ(あいつ)の縄張りに入り込むことは無いはずなんだけど。どうしたっていうんだろう……?」


 ルシアが口にした通り、スキュラと呼ばれる海の魔物は本来であれば海岸近くの洞窟に身を潜め、近くを通りかかった船に襲い掛かる魔物である。だがしかし、種としての凶暴性はあるものの、自ら棲み()である洞窟から抜け出して海原に姿を現すことは無い。まして、他の海の魔物を率いて船に襲い掛かって来るなど、例が無い存在だ。

 それ故、事態の解せなさにヒロの眉間には怪訝げな皺が寄っていく。


「“ケルピー”に“マーマン”までいて。周りに飛んでいるのは、影の形状から言うと“ペリュトン”かしら。大賑わいですね」


 赤色の瞳を細めて海原に群れる魔物や上空を飛ぶ魔物を見やり、ルシアは感嘆の吐息を漏らした。


「もう少ししたら、巡視を任せている海賊船団が気付いて加勢に来てくれると思うけれど。それまで持ち堪えないとな」


 ヒロが抜身にしたカトラスの(みね)で肩を叩き、紺碧色の瞳に鋭さを宿す。

 海原にいる魔物には弓や砲撃でしか攻撃ができない。その代わりに上空を飛び交う魔物が、いつ襲い掛かって来るか分からないために警戒している様を推し量らせた。


「加勢を待っていて船が沈んでしまっては、どうしようもありません。お手伝いをしましょう」


「……悪いね。頼むよ、ルシア」


「ええ。リーダーは船長と操舵手に指示をお願いします」


「どうすれば良い?」


「魔物の群れを()()()()()()()()()。スキュラのいる方へ舷側を向けて砲撃の準備を――」


「了解。任せたよ……っ!」


 ルシアからの返弁を聞き、ヒロは唇に弧を描いた。そして、その指示を船長と操舵手に伝えるため、足早に船尾楼へと駆け出していく。


 ヒロの姿を一瞥(いちべつ)して見送ったルシアは、無言のままで右手を中空に差し出す。次には(てのひら)に淡い光が寄り集まり、橙色をした宝石で飾られる杖が姿を現し握られた。


「それにしても、陸地も海も魔物が襲い掛かってくるようになった、という感じですね。これは噂に聞くオヴェリア群島連邦共和国の伝承――、予期せぬ不幸な事柄。『毋望之禍(むぼうのわざわい)』という事態なのでしょうか……?」


 手にした杖を片手に構え、ルシアは面倒くさそうにして深く息を吐く。そして、赤色の瞳を自身の足元――、カルラに向けて首を傾げた。


「カルラは、どう思います?」


 ルシアは瞳を微かに細め、カルラに聞く。すると、問いを投げ掛けられたカルラは一考の様子を見せ、静かに言葉を紡ぎ出す。


「……“オボツ・カグラ”の天使様じゃないけれど。上手に飛べない()は、“道標”に誘われて来ているよ」


 カルラの言葉は抽象的だ。それはいつものこととして、ルシアは了している。


「ふむ。――()()()がオヴェリア群島連邦共和国に来たことに、意味はありそうですね」


 その言葉が意味すること――。それに思いを馳せ、ルシアは海原を見据えて眉を曇らせるビアンカに目を向け、また一つ溜息を吐き出していた。


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