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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第九十五節 机上の戦争

 ルシアから間髪入れない、かつ理不尽な拒否の言葉を(たまわ)ったにも関わらず、ヒロは尚も魔法空間の収納術の教示を強請(ねだ)った。

 食い下がって来るヒロに面倒くさそうな視線を投げ掛け、ルシアは一考を窺わせる。かと思えば何かを思いついたのか、はたと口元に弧を描く。


「――そうですね。私に勝つことができたら、考えてあげてもよろしいですよ」


 悪戯げな笑みを表情に浮かべてルシアは言う。すると、今まで少年のように瞳を輝かせていたヒロの顔付きが、見る見る内に嫌そうなものに変わった。


「どうしました? 勝負するのか、しないのか?」


 ルシアが腕を組んで不敵に笑うと、ヒロは徐々にたじろいでいく。


「ええ……、ルシアの勝負って、アレでしょう? それは、嫌だよ……」


 尻(すぼ)まりに漏らされるヒロの言葉を聞き、ルシアは一笑する。その仕草はルシトと良く似ていると、ビアンカは場の雰囲気に的外れな思いを浮かべてしまう。


「戦わずして諦めるのですか?」


「だってさあ。君の戦い方って、えげつないんだもん……」


「あら? 人聞きの悪いことを言うのですね?」


 一気に意気消沈したヒロが唇を尖らせ、ルシアは嘆息(たんそく)する。

 さような二人の取り交わしを見ていたビアンカは、不思議げに首を傾がせた。


「えっと。勝負って、なんの勝負をする気なの?」


 ルシアが『勝負』と発したことで、ビアンカは先の“ニライ・カナイ”行き航行船でヒロとアユーシが模擬試合を行ったのを思い出していた。なので、ルシアとも甲板上で試合をする気かと思っていたのだが――。ヒロの渋り方を見る限り、それが模擬試合を示しているのではないと推し量った。

 そんなビアンカの思惟を察したのだろう。ヒロは苦笑いを浮かせると、辟易した様を乗せて口を開く。


「ルシアはね、群島の海戦を模したボードゲームが好きなんだよ。それで勝負をしようっていうんだ」


「ボードゲーム?」


 まさかゲームの勝負を持ち掛けられているとは思いもよらず、ビアンカは翡翠色の瞳を瞬かせる。それにヒロは首肯(しゅこう)した。


本島(おか)でいう、チェスゲームに似ている感じかな。――ただ、チェスは女王や王、騎士とかの駒があるでしょう。群島のボードゲームだと、その駒が船になっているんだよ」


「へえ」


「口で説明するより、盤面とかの現物を見てもらった方が分かりやすいかな。ねえ、ルシア。見せてあげてよ」


「ええ。いいですよ」


 ルシアはにこりと楽しげに微笑み、右手を僅かに掲げる。(てのひら)をテーブル上に差し向けると淡い光が寄り集まっていき、(くだん)のボードゲーム道具一式が姿を現した。


 チェスゲームのものよりも大きい、格子線と海波模様が描かれた盤面。

 一本マストの船を象った駒が十六個に、人型の小さめな駒が複数個。そして、六個のダイス。


 それらにビアンカの視線が向き、感嘆の吐息が漏れた。


「船の駒を自分と相手で八個ずつ、合計十六個使う。船には最大積載人数の設定があって、一つの船の駒に人型の駒を六個乗せる。この人型の駒は、一つに付き百人単位。だから一隻に乗っている人数は六百人ってことだね」


 ヒロが舌も滑らかに、オヴェリア群島連邦共和国にある盤上ゲームについて語っていく。そうした話に、ビアンカは興味深げに耳を傾ける。


「人型の駒にも、それぞれに役割があるんだ」


 ヒロは言いながら人型の駒を手に取って、机上に並べ始める。

 その並べられた人型駒は、よくよく見ると四種類の違う形を象っていた。


「弓を持っているのが弓手、魔法の杖を持っているのが魔法手。んで、砲台と一緒に立っているのが砲撃手、ってね。こいつらを最初の策戦立てで、どの船に何人乗せるかを決める」


「この人型の駒が攻撃の要になるのですが、各々に有利・不利の関係があります。――弓手は魔法手に強く、魔法手は砲撃手に強く、砲撃手は弓手に強い」


「この剣を持っている駒は?」


 ヒロとルシアの説明を聞きながら、ビアンカが問いを投げる。その疑問に答えるべく、ヒロはビアンカの指摘した剣を持つ人型の駒を指差した。


「さっきの弓手・魔法手・砲撃手は船同士が二マスから四マス離れている時の攻撃手段。この剣手の駒は、船同士が隣接した時の攻撃、白兵戦要員ね」


「その駒だけ、何か特別な仕様がある?」


 再三のビアンカからの問いに、ヒロは(こうべ)を縦に動かして(しか)りを表す。


「接舷攻撃に持ち込むと、弓手・魔法手・砲撃手たちは攻撃も反撃もできない。まあ、反対に剣手の駒は、そいつらに攻撃されちゃうと何もできないんだけど――。剣手の駒は先の三種類の駒、全てに対して有利。これに対抗できるのは、同じ剣手だけなんだ」


「えーっと、そうすると。遠距離攻撃の駒が三つに、近接攻撃の駒が一つって感じね」


「うん、そうだね。それで、この人型の駒を船に乗せて、艦船駒が完成。船の駒が一度に動ける距離はニマスだけで、これを一つ動かす度に攻撃ターンと防衛ターンが切り替わっていく。攻守を交互に繰り返して、乗組員数がゼロになると船は沈没扱いになって戦闘不能になる。最終的には、どちらかの船が全て沈黙すると試合終了」


「ふうん。チェスよりもルールが複雑なのね」


「そうかも。船の向いている方向で反撃ができる、なんていうのも決まっちゃうし。覚えるまでは少し大変かな?」


 猶々(なおなお)とヒロがルールを語っていくのだが、なかなか複雑なそれに、ビアンカの頭が混乱してくる。


 船の駒は舷側からの攻撃のみが可能であり、舷側への攻撃を受けた場合は反撃もできる。反対に船首・船尾側へ攻撃を受けると、反撃ができない。

 但し、例外として接舷攻撃時のみ剣手の駒が船に乗っていれば、舷側・船首側・船尾側の何処から攻撃を受けても反撃は可能。


 攻撃をする際は二個のダイスを振るい、出目の十倍の乗組員を倒したことになる。駒の相性が優位ならば、三個ダイスを振って加算点にするという。

 反撃する場合は二個のダイスを振るって、相手の出目よりも高い数字を出せれば反撃が成功で受けるダメージは半減。更に出目を十倍した四分の一の数、乗組員を返り討ちにしたことになる。少ない数字では反撃が失敗となり、相手の攻撃をそのまま受けるということだった。


 如何(いか)に船を動かし、各駒の相性を把握して攻撃していくか。それが勝負の鍵になり、難しいところだとヒロは綴っていく。


「んん。人型の駒は、前の攻撃ターンで使用した攻撃方法の駒が防衛ターンの時、その船の主力になる? それじゃあ、バランスよく三種類の人型駒を乗せていても、攻撃ターン(ごと)に主力が変わるから、相性の有利・不利がどうしても出てくる……?」


「あはは、頭がこんがらがってきちゃったね」


 ビアンカが頭を抱え始めたのを目にして、ヒロは可笑しそうに笑う。


「ビアンカの言う通りだよ。弓手・魔法手・砲撃手をバランス良く船に乗せていても、自分の攻撃ターンの時に弓手を使うと、その駒は次に別手段で動かすまでは弓手の船になる。ここで相手に弓手の相性不利となる砲撃手で攻撃されると大ダメージを受けるってこと」


「難しいのね。船の向きも関係してくるから、なるべくなら船首や船尾を狙って、反撃されずに攻撃できれば良いけれど。そればかりを狙っていると、相手に回り込まれちゃうこともありそうだし」


 眉をハの字に落として苦笑いをビアンカが浮かせると、ヒロは頷く。


 大人しく話を聞いていたカルラも眉間に皺を寄せ、複雑なルールを理解しあぐねいている様を窺わせていた。ビアンカにさえ難解なのだから無理もない。


「かなり頭を使うゲームですけれど、面白いのですよ。初めてこれをやった時は散々でしたけれど、今じゃあ得意になりましたしね」


「群島のゲームなのに、ルシアさんはこのゲームが好きなのね」


 ルシアの言葉を聞いてビアンカが言えば、ルシアは首を縦に幾度か動かす。


 確かにボードゲームなら、ヒロとの勝負も可能だろう。しかしながら、初めにルシアから提言された際のヒロの嫌がりようはなんだったのかと、ふと疑問を覚えた。


「ルシアさんがえげつないって、どういうことなの?」


「うん。凄くえげつないんだ……」


 ビアンカに問いを投げ掛けられ、ヒロは嘆息(たんそく)する。かような言葉に、ルシアが珍しくムッとした表情を見せていた。


「だから、人聞きが悪いことを言わないでください。私はルールに従って、正当な試合をしていますよ」


「だって、えげつないでしょう? いくら最終的に駒が残っている方が勝ちって言っても、君のやり方だと犠牲が多いんだよ?」


「勝てば官軍、と言います」


 ルシアが澄ました様相で言うと、次にはヒロの眉間に皺が寄っていた。

 思いも掛けず舌戦を始めた二人を見やり、ビアンカとカルラは何事かと顔を見合わせて首を傾げてしまう。


「あのねえ。実際の海戦じゃ、ルシアの勝ち方はある意味で大敗なの。戦場に残る艦隊が一隻だけとか、シャレにならないでしょう?」


 ヒロの反論を耳にして、ビアンカはルシアがどのような戦法を取るかを()した。


 恐らく、ヒロは“群島諸国大戦”で軍主をしていた経験があり、ゲームと(いえど)も犠牲を最小限に抑える策戦を立てて駒を動かす。反目でルシアは犠牲を気にしない強引な戦法を取って、勝ちを取りに来る。

 そうした意識の違いが、ヒロとルシアの勝敗を分けているのだろう。


「うーん。だからリーダーは“群島諸国大戦”の際、私に小隊程度しか任せてくれなかったのですよね」


「……そりゃ、そうでしょ。ルシアに船の指揮を任せてボードゲームと同じノリで動かされたんじゃ、船が何隻あっても足りないし。――てか、それ。まだ根に持っているの?」


「いいえ、別に?」


 ヒロに言われ、ルシアは目元の笑っていない笑みを浮かせる。口振りは気にしていないものだが、しこりがある様を漂わせており、ヒロは溜息をついた。


「私だって実戦とゲームじゃ違う、という分別はある()()()なんですけれどねえ」


 悪びれた様子を一切持たないルシアの言。それにヒロは「()()()じゃ困るんだって」などと小声でぼやくが、ルシアは全く聞いていない。


「もう、いいもん。ビアンカがルシアから収納術を教わったら、僕に教えてよ」


「えええっ?!」


「僕、このゲームでルシアと勝負はしたくないんだよ。凄くイライラしちゃうんだよね」


「そ、そんななの……?」


「ふふ。リーダーは一番初めに私に勝ったっきりで、その後は負け続きなんです」


 にこやかに、しかしどこか得意げにルシアが言い放つと、ヒロの眉が不快げにピクリと跳ねた。すると次には、ヒロもにこやかに見える笑みを表情に貼り付け、ルシアに向く。


「うん、そうだね。んで、君が僕に言った、『一軍の長が海戦のゲームに勝てないなんて、同盟軍は大丈夫なんですか?』っていう煽り文句。一生忘れないからね」


「そんなことも言いましたっけ。あの時は本気で心配していたんですよ?」


「だーかーらー。実際の戦闘とゲームを一緒にしないでくれる? 僕は船が一隻しか残らないような指揮はしないからね?!」


 再び舌戦を始め、剣呑な雰囲気になりかかる。それをビアンカが慌てて止めに入った。


 ヒロとルシアは相性が良いのか悪いのか。喧嘩するほど仲が良いとは言うけれども、少し言い合いが多い気がする。

 そんなことを考え、ビアンカは大げさな嘆声(たんせい)を吐き出した。

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