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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第九十三節 寒談の場③

 暫しの間、個室内に沈黙が続いた。黙したままで各々が菴羅(あんら)の菓子を口に運ぶ。その最中でルシアが茶で口腔内を潤すと、話をし始めた。


「とりあえず、シャドウの件はお父様の返事待ちにするとして。――私。なんでリーダーとビアンカさんが一緒に行動をしているのか、聞いていないのですが?」


 再び切り出された話で、途端にヒロの紺碧色の瞳が泳ぎ出す。表情は気まずさを醸し出し、困窮を示唆(しさ)させる。


「リーダーは手紙のお返事にビアンカさんのことを、ハッキリと書いていませんでしたね?」


 ルシアの言通り、ヒロは“海鳥便”で届いた招集命令の返事で、ビアンカのことを明確に記さなかった。


 ――『今回の件で、僕の事情を汲んで力を貸してくれた人がいる。“調停者”と引き合わせるため、本国に連れて行く』


 ヒロが返事として記載したのは、たったのそれだけ。その人物が“喰神(くいがみ)の烙印”を宿しているビアンカであることは、一筆も書かなかったのだ。


 それは先にルシアが述べた通り、“喰神(くいがみ)の烙印”の監視と管理を担当しているルシトを、早々にオヴェリア群島連邦共和国から帰すことが目的の部分も少なからずあった。

 しかしながら、本来の理由は他にもあり――。


「だってさ。手紙は群島のお偉いさん方も目を通すじゃない? そんな中でビアンカのことは書けなかったし、これで他の“呪い持ち”を連れて行きますなんて言ってみなよ?」


「まあ、大統領閣下は置いておいて。重鎮の皆様方は、新たな“呪い持ち”を群島に縛りつけたがるでしょうね」


「でしょ? 構えて待っていられても、困っちゃうなって思ったんだよ?」


 オヴェリア群島連邦共和国は古の時代から、数多(あまた)の戦禍に巻き込まれてきた経緯がある。そのためか、未だに国守に関しては余念がない側面を持ち、海原での戦いを見越した艦隊や、ヒロが総領(そうりょう)を務める形になっている海賊たちで編成された義勇軍などを保持する。

 そうした中で、強い力を持つ“呪い持ち”が『オヴェリアの英雄』と称されて敬愛されるヒロに召し連れられるとなれば、オヴェリア群島連邦共和国の重鎮たちは新たな国守の一手を担う者として、歓迎の意を示すだろう。


 それらを憂慮したため、ヒロは敢えてビアンカのことを手紙に書かなかった。


(もっと)もらしい弁解を(おっしゃ)っていますけれど。結局はルシトを追い返すため、ですよね?」


 冷めた目元のままでルシアが言えば、ヒロは「ぐぬっ」と喉の奥を鳴らして言い淀んだ。さような分かりやすい態度に、ルシアの口端から嘆息(たんそく)が漏れ出す。


「リーダーは相変わらず隠し事と嘘と、誤魔化しが好きなんですから。何度それで大事(おおごと)になったことか……」


「そんな人聞きの悪いこと言わないでよっ! そこまで大変なことにはなっていないでしょっ?!」


 思わぬルシアの言い掛かりに、ヒロが焦りを含んだ声を荒げた。


「そもそも、ビアンカの件に関して思ったことは本当だよ。確かにこの子が群島にいてくれたら、僕が“呪いの烙印(ちから)”を使った後に補助(フォロー)してもらえるし、凄く助かるもん」


 ヒロは尚も逃げ口上と取れる弁を述べていき、ルシアは一考しながらヒロとビアンカを交互に赤色の瞳で見やる。そして、何かを思いついたのか口を開いた。


「――ビアンカさん」


「何かしら?」


 あまりにも唐突な声掛けだったため、ビアンカは翡翠色の瞳を丸くしてルシアに向ける。すると、ルシアが不思議そうに小首を傾げている様が映った。


「あなた。ここ暫くの間、リーダーとご一緒しているのですか?」


「ええ。群島を見て回ろうと思って、こっちの方へ足を運んでいたんだけど。ヒロが色々と案内をしてくれるって言うから、お願いしているの」


 ルシアとしてはビアンカが、ヒロと行動を共にしていると思ってもいなかったのだろう。ビアンカからの返弁を聞くと、「ふむ」と小さく喉を鳴らす。


「ビアンカさん。このままリーダーと一緒に暮らしてくれませんか?」


「……はい?」


 全く以て予想をしていなかったルシアの申出に、ビアンカのみならずヒロまでも吃驚を表して瞳を瞬いた。「急に何を言っているんだ」と表情で物語るビアンカとヒロを見やり、ルシアはニコリと微笑む。


「リーダーは昔っから結婚願望が強いようなのですが。呪いの宿主ということもあり、命の長さに限りがある()()()()()を伴侶に迎えることを躊躇(ためら)っていました」


「ちょ、ちょっと、ルシアッ!!」


 ルシアの口切り始めた言葉を聞き、ヒロが狼狽(ろうばい)して立ち上がる。途端に今まで座っていた椅子が、ガタリと大きな音を鳴らす。

 突然、自身の願望を吐露されたことで、ヒロの頬が朱を帯び始めるのだが――。


「ビアンカさんは“呪い持ち”で不老不死ですし。リーダーとなら死に別れることもなく、ずっと一緒にいられますよ?」


 ルシアの口述は止まることなく、ビアンカの機嫌を損ねそうなことを()う。その口上で、ヒロのかんばせが見る見る内に不快の色を見せた。


 ビアンカと普通の人間として生まれ変わったハルは、命の長さが異なる故にいつか今生の別れが訪れる。


 それを遠回しに告げるようなことを、ルシアは犯意の欠片も無く、サラリと言明してしまう。


 ヒロは、その事実をビアンカに突きつけることが酷なことも分かっており、ビアンカ自身も解っていることだと思惟している。だので、今まで敢えて、ビアンカに対して口説することは無かった。


 ルシアは“調停者(コンチリアトーレ)”として、細かな事情も了しているだろうに。なんて無神経な発言をするのだろう。ヒロが憤りを感じながら傍目(はため)にビアンカを映すと、彼女が僅かながらに眉を曇らせる様子が見える。

 ヒロはルシアを糾弾しようとするが、テーブルの下でビアンカの手がヒロに触れることで制した。言葉を止められたヒロが紺碧色の瞳を向けると、ビアンカはゆるりと(こうべ)を振るう。その面持ちはビアンカの複雑な心境を言い表しており、ヒロの眉を(ひそ)めさせた。


「お二人がご一緒になられて群島にいてくれれば、楽ですし。私は“喰神(くいがみ)の烙印”とお近づきになる()()()()リーダーの監視もできますしね」


「……本来の職務がついでって、どういうことだよ。まったく」


 ヒロが呆れ混じりに口にすると、ルシアは悪戯げに笑う。


 他意無くルシアが口舌していったのは、“調停者(コンチリアトーレ)”としての監視と管理が楽になること。そして、彼女が崇拝する“喰神(くいがみ)の烙印”の近くに居たいがためのものだった。

 だがしかし、不愉快極まりない話題だったのは間違えない。ビアンカは冷静さを窺わせて黙しているが、気にしないわけがなかった。それを思い、ヒロは嘆息(たんそく)した。


「はあ。これ以上はルシアの戯言(ざれごと)に付き合ってらんない。行こう」


「え? “海神(わたつみ)の烙印”についてのお話はしないの?」


 ヒロが伝票と荷物を手に取ると、ビアンカが翡翠色の瞳を瞬かせた。すると、ヒロとルシアは揃って頷く。


「うん。“海神(わたつみ)の烙印”の件での招集は、大統領も立ち会うからさ。同じ話を二回することになっちゃうから、今は無しなんだ」


「そういうことです。それに、私も今は職務外の自由時間なので。できればお仕事の話はしたくないんですよ」


 ならば先ほどまでの“調停者(コンチリアトーレ)”としての話はなんだったのだと。ビアンカは内心で思いながら、首肯(しゅこう)して席を立つ。


 合わせるようにルシアがカルラを促して椅子を引くと、ヒロに視線を向けて穏やかな笑みを浮かせた。


「では、行きましょうか。ご馳走様でした、リーダー」


「……僕、まだ奢るって言ってないんだけど。ルシアって昔から自分で財布を出す気、これっぽっちも無いよね。別に良いけどさあ」


 奢られて当然という態度を見せるルシアに、ヒロは眉間を寄せて大げさに嘆声(たんせい)をついた。


「ヒロ、今回は私がお金を払うわ。あなたに出してもらってばっかりだし……」


 ビアンカが鞄から財布を取り出して声を掛けると、ヒロは紺碧色の瞳をまじろぐ。


 オヴェリア群島連邦共和国に来てからというもの、ビアンカは自身の財布からの支払いを殆どしていない。ヒロが先駆けて支払いを済ませ、ビアンカに一切の金銭を出させないからだった。

 ほぼ毎回の取り交わしになりつつある光景ではあったが、ヒロに甘えてばかりも心苦しいため、自らが支払いを行う旨を本心込めて言い出すのだ。


 だが、ビアンカの献言(けんげん)に案の定といった呈で、ヒロはへらりと笑顔を見せて首を左右に振る。


「ううん、気にしないで良いよ。僕が出すから、ビアンカは財布をしまって?」


「で、でも……」


「良いから。ね?」


 ヒロは満面の笑みで言うとビアンカの財布を持つ手を握り、その手を降ろさせた。そんなヒロの再三の態度に、ビアンカは眉をハの字に落とし困り果てた顔付きを見せる。


「随分と私の時とは態度が違うんですね。リーダー」


 ぼそりと漏らされたルシアの声を聞きつけ、ヒロは当たり前と言いたげな面持ちを見せた。


「だって、ビアンカは自分で払うっていう意思を見せてくれるし、謙虚だし。僕さ、そういう子は甘やかしたくなっちゃうんだよね」


「あら? そうしたら、今回は私がお支払しましょうか?」


「あ。そうしたら、ルシアにお願いして良い?」


 ルシアの提言に、ヒロは悪戯げに口角を吊り上げて笑う。すると、ルシアの整った眉がピクリと跳ねた。


「……群島本国の経理部に“オヴェリアの英雄”名義の領収書を提出、でよろしいかしら?」


「ちょっ?! それじゃあ意味がないでしょっ?!」


 訳合の逸れた言い分で返され、ヒロが吃驚の声を上げる。だが、ルシアは澄ました様子で、カルラの手を引いて足早に個室を後にしていく。


「もー。ルシアのああいうところ、苦手なんだよね。ビアンカも気を付けてね」


「ふふ。ルシアさんとヒロって、相性良さそうじゃない? お話していて、何だかんだで意思疎通もできているみたいだし?」


「うえっ、勘弁してよ。僕とルシアは腐れ縁ってだけだし」


 ビアンカが戯れを口にすると、ヒロは心底嫌そうな顔をする。


 口が上手いところのあるヒロがルシアには敵わないのを窺い知れ、ビアンカは微かな笑いを零すのだった。


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