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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第九十節 遭逢は突然に

 アサギリ港に到着して早々、ヒロの紺碧色の瞳が一驚に瞬いた。唖然とした様相を表情に窺わせたかと思えば、次には頬を引き攣らせて目の前の人物を見据える。

 ヒロが見つめる少女にビアンカも翡翠色の瞳を向け、呆気に取られてしまった。


「まあまあ。()()()()()()でお会いできるなんて、思いもしませんでした。お手紙の内容だと、もう少し到着には時間が掛かるのかしら、なんて私は解釈したのですけれど?」


 一部を強調した嫌味を含有して少女は言う。だが、悪意を含んだ口振りにも関わらず、その姿は締まらない。何故ならば――、その両の手の各々には出店で買ったのだと思われる鶏肉の串焼きが握られ、口端を調味料で汚しているからだった。


「な、なな、なんで、ルシアがここにいるのっ?!」


「それを言ったらリーダーこそ、ここで何をなさっているんですか? 本国への到着予定日は、まだまだ先だったように思うのですが? いつもであればお家で引き籠って、痛い目に会った反動で唸っている時期ですよね?」


 ヒロからの問いに矢継ぎ早な問いで返し、ルシアと呼ばれた少女は小首を傾げた。そうした返答を受け、ヒロは隠し事が露見してしまった子供のような落ち着かなさを見せ始める。


 出会って早々に口数多くヒロへ辛辣な言葉を投げ掛け始めたルシアを見て、ビアンカは彼女の正体を察した。


 肩までの長さに整えられた灰色の髪に赤色の瞳。やや垂れ目気味ではあるが、鼻筋の通った意思の強さを抱懐した端正な顔立ちには既視感があった。


(ルシトと良く似ているわね。――きっと、この子がお姉さんの方のルシアね)


 往来を出歩いているからか、“調停者(コンチリアトーレ)”の法衣やエレン王国の神官将であることを示す衣服は身に着けていない。だが、私服として身に(まと)った(くるぶし)まで覆い隠す茶と白を基調にしたワンピースは、修道女の(ごと)く上品なつつましさを窺わせる。

 それにしても――。口の周りに付いた汚れと、見目に反した食べ歩きの様子は如何(いかが)なものか。


 そんなことを思いながらビアンカが視線をルシアの足元まで移動させていくと、そこで彼女の陰に隠れるように佇む幼い少女の存在に気が付いた。


「あれ? カルラちゃん?」


 ビアンカに名を呼ばれた長い黒髪の少女が、金色と銀色の双眸をまじろぐ。目線を見上げたかと思えば、緊張の色を浮かせる表情を綻ばせた。


 黒髪の少女はエレン王国で出会ったカルラだった。半年ほどの間に(いささ)かの成長ぶりは見られるが、黒髪に金色と銀色の双眸は見間違えようが無い。


 カルラはビアンカのことを認識すると小さく会釈をして、未だにヒロと言葉の応酬を繰り広げているルシアの服を引く。

 言葉無いカルラの主張にルシアはヒロとの会話を止め、足元にいるカルラへ視線を落とす。そうして、カルラが目線で訴えかける思惟を察し、ヒロの少し後ろに佇立するビアンカに目を向けた。


「あら。あらら。思いも掛けないヒトが、こちらにもいらっしゃいましたか」


 ビアンカの存在に気付いたルシアは驚いた物の言い方をしているが、表情に吃驚の色は無い。次にはふわりと穏やかな笑みを浮かし、(うやうや)しく頭を下げ始める。

 釣られるようにビアンカが会釈を返すと、ルシアはくすりと笑いを零した。


「ビアンカさん、私とは初めましてですね。いつも弟のルシトがお世話になっています」


「い、いえ。お世話になっているのはこちらなので。――えっと、ルシアさんですよね? ルシトの双子のお姉さん?」


「はい。ルシア・ギルシアです。この黒くて逃げ足の速い人の担当なので、よろしくお願いしますね」


「えっ! ちょっと待って。そんな嫌な虫を連想させるような言い方、止めてよっ!!」


 ヒロのことを手にした串焼きで指し示しルシアが言い放った誣言(ふげん)に、ヒロは嫌な顔を見せて反応を示す。だが、当のルシアは「その通りでしょう」と言いたげな眼差しを投げ掛けながら串焼きを黙々と食べきり、腕にぶら下げていた袋に串を放り込んだ。

 食べていたものを咀嚼した後に次なる言葉を紡ぎ出そうとするルシアを目にし、ビアンカがハンカチを差し出すとルシアは赤色の瞳を瞬く。


「あの、口の周り。汚れています……」


「あら、ごめんなさい。ありがとうございます。――ビアンカさんは言葉使いを崩してくれて大丈夫ですよ。そんなに身構えないでください」


 ルシアはハンカチを受け取り、口元を拭うと朗らかな笑みで言う。それに今度はビアンカが翡翠色の瞳をまじろいでしまった。


「私たち、見た目の歳は同じくらいじゃないですか。それに、ルシトからビアンカさんのお話は兼ねがね伺っていますけど、あの子にはもっと砕けた物言いをしているのでしょう?」


「え、えっと……」


「私の口調は()()()()()()()こうなので直しようがありませんけれど、ルシトを相手にするように私にも打ち解けてくださると嬉しいです」


 多弁に言葉を綴っていくルシアの勢いに押され、ビアンカはたじろぎながらも首肯(しゅこう)する。


 そうした口述を聞き、ルシアとルシトが“世界と物語を紡ぐ者(ストーリーテラー)”の持つ魔力によって人為的に創られた存在であることを、ビアンカは改めて回顧した。

 ルシトはルシトで自身の出生を快く思っていない節があったが、ルシアも同様で自分自身のことを卑下るような言い方をすると思う。


 そして、ルシトから『ルシアとあんたが会ったら、喧嘩になる』と以前に言われていたが、思っていたよりも悪い人では無さそうだという印象も受けた。

 だがしかし、ヒロが変に警戒しているのが気に掛る。ルシアの一語一句に身構えをしている。そんな態度をビアンカに察させていた。


「ルシアはハルと大喧嘩したことがあるから、ビアンカも気を付けて。この子ってば、悪気無く余計なことを言うからさ」


 小声で漏らされるヒロの言。今までのヒロに対する嘲罵(ちょうば)も、ルシアに犯意は一切無いのだろう。その辺りはルシトの姉ということで、妙な納得感を覚えてしまう。


「ところでさ、ルシア。後ろに隠れている子、だれ?」


 ヒロは不意にルシアの会話の的を変えるかのように口切り出す。身を屈めた紺碧色の瞳が映すのは、ルシアの陰に隠れるように立つカルラの姿。

 唐突にヒロと目線の高さが合わさり、カルラは慌ててルシアの服の陰に隠れていた。


「私の義理の妹で、“調停者(コンチリアトーレ)”見習いの子です。――カルラ。隠れていないで、教えたようにご挨拶しなさい?」


 ルシアに促しを受けると、カルラは恐々とした様子で姿を再び現す。ヒロを見据えたまま一歩だけ足を踏み出したかと思えば、両手を揃えて丁寧に頭を下げる。


「カルラ・シエルジェ、です。えっと、“調停者(コンチリアトーレ)”になるために、ルシ()ぇと一緒に回って、お勉強させてもらっています」


 初々しい仕草での自己紹介に、(たちま)ちヒロの頬が緩んだ。


「そっかそっか。僕はヒロね。んで、こっちの子が――」


「ビアンカお姉ちゃん、ですよね」


「え? 知り合いなの?」


 ヒロによるビアンカの紹介は、カルラの「知っています」という音を含んだ言葉に遮られた。ヒロがキョトンとした面持ちでビアンカを見上げると、頷いて(しか)りを示す彼女の姿が目に入る。


「ええ。前にエレン王国で会ったのよね。半年で大きくなったわね、カルラちゃん」


 普通の人間の成長は早いとは思っていた。しかし、カルラは成長期なこともあり、半年ほど前にエレン王国で出会った時よりも大きくなったとビアンカは思いなす。

 ビアンカからの声掛けにカルラは表情を綻ばせ、頷いて返事とした。どうやら会話をすること自体は、未だあまり得意では無いらしい。


「そうだったのか。カルラって本島(おか)の名前だけど。黒髪ってことは、群島の血が入っているのかな?」


「母方の方に群島出身者がいたみたいですね。私も詳しくは知らないのですが」


 ヒロの手が無遠慮にカルラの長い黒髪に触れる。初対面の青年に突然と髪に触れられたことで、カルラは再びルシアの服を掴んで身を強張らせてしまう。

 そんなカルラへとヒロは紺碧色の瞳を細めて優しく微笑んでいたものの、ふとカルラの瞳を見て眉間に皺を寄せた。


「あれ、ルシア。この子って、もしかして……」


「……今頃、気付いたんですか?」


 驚嘆の色を表情に乗せたヒロの問いに、ルシアは呆れの混じる嘆息(たんそく)を吐き出した。


「う、うん……。この子の目って、“邪眼”と“神眼”……、だよね?」


「そうですよ。カルラは魔族と神族の両方の血を引いています」


「はあっ?! 本気でっ?」


 思いもよらない事実を聞かされ、ヒロが大きく声を上げる。立ちどころに大声に反応した周りを行き交う者たちの視線がヒロに集中してしまい、それに気付いたヒロは気まずげに頬を掻く仕草を見せて立ち上がった。


「えっと。そうしたら、こんなところで立ち話っていうのも流石に不味いし――」


「『僕の馴染みの店があるから、そこへ行こう』ですね?」


「ぐぬ。ぼ、僕が言おうとしたこと、先に言うの止めてよ」


「嘘をつくのと隠し事をするのが大好きなリーダーの、何かあった時の常套句じゃないですか。アサギリ港にはどんな馴染みのお店があるんですか?」


「今から案内するしっ! こっちっ!!」


 ルシアと付き合うと、どうにも調子が狂う。そう言い表すように声を荒げ、ヒロは(きびす)を返して大股で一同の案内をしていくのだった。


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