表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
84/136

第八十三節 故由

 嘘から彷彿した誤解を受けたまま、止宿すること一晩。

 ヒロの中で鬱屈した気持ちがある以外は大きな問題も無く、翌朝からビアンカはヒロの案内の下でカザハナ港を見て周ることとなった。


 先日と同様に、ヒロがビアンカの手荷物をも肩に掛けて歩む。

 足を進めながらヒロがカザハナ港の成り立ちから現在に至るまでや、中央大陸や東西の大陸――、本島と呼ばれる地では見られないオヴェリア群島連邦共和国独自の町造りについて説話していくのを、ビアンカは耳を傾けて聞き入る。

 そうした話に、ふと気が付いた事柄があればビアンカは質問を投げ掛けたりして、散策がてらに町並みを眺めていった。


「ねえ、ヒロ。群島って猫が多いのかしら?」


 見渡す町の片隅に見受けられるのは、多くの猫たちだった。悠々と身体を伸ばして日向ぼっこをしている猫、魚売りの主人に小魚を貰っている猫など。周りの人間に警戒心を持つこともなく、どこか住人たちに大切にされている様子をビアンカは見出していた。


「ああ、そうだね。群島は猫が多いよ」


「なにか理由とかあるの?」


 ビアンカからの問いを受け、ヒロは優しげに細めた瞳で猫たちを見やり微笑む。


「猫は“船の守り神”って言われていてね。船内の食料や積荷を(ねずみ)が食い荒らさないように守ってくれるから、群島では大切にされているんだ」


「なるほど。そうすると、(ねずみ)が媒介するような病気を防いだりもできるってわけね」


「そうそう。(ねずみ)っていうのが厄介でね。気が付けば船に乗り込んでいてさ。あいつらは食料だけじゃ飽きたらず、帆の綱や船体の木材まで齧るんだ」


 長く航行することとなる船で貴重な食糧、積荷や船体にまで被害をもたらす(ねずみ)は忌み嫌われる存在だった。また食料を(ねずみ)に齧られることで疫病が蔓延する。それらを防ぐために白羽の矢が立ったのが、猫という生物だった。

 猫は環境順応性が高く、そして船旅での癒しの存在として船乗りたちに親しまれてきたという。


「ずっと昔にはね、猫の代わりに猫の亜人族たちが乗り込んでいたんだよ」


「猫の亜人族が?」


「うん、そう。同盟軍の船にも乗組員として何人かいたんだけどさ。彼らは僕たちと同じ言語を使って意思疎通もできたし戦闘にも参加してくれたし、(ねずみ)は捕まえてくれるし。――あと、天候の変化なんかにも聡くて、時化(しけ)が来るのを予兆してくれたりしてね。凄く気さくな良い子たちだったなあ」


 懐かしそうにして多弁に綴られる同盟軍時代の話。それを聞き、ビアンカは感嘆の思いを抱く。


 話中に出た“亜人族”は、動物の特徴を色濃く有した半獣半人の種族だった。見目は獣が二足歩行を行っているような者から普通の人間に動物の身体特徴を有する者まで様々であったが、魔族寄りに分類される人間より優れた面を持つ。知能も高いために人間たちと同様の言語を利用して、人の生活に馴染む者も多く存在した。

 その亜人族たちも、いつの頃からか人間の迫害の対象になり、徐々に人間たちの生活の場から姿を消していき今に至る。


「そういえば、私。亜人族は見たことが無いわね」


 この百余年ほどを旅から旅にと彼方此方(あちこち)を巡っていたビアンカであったが、彼女は亜人族を目にしたことが無かった。


「そうだねえ。群島でも亜人族は殆ど見なくなっちゃったな」


 オヴェリア群島連邦共和国に亜人族が全くいないわけでは無かったが、皆がみな、人里を離れた森の中で過ごしていることをヒロは了していた。しかしながら、ヒロが普通の人間として暮らしていた四百年以上前に比べると、その数は激減していると思慮する。


「そういえば、エルフ族や亜人族って見掛けなくなっちゃったな。昔は町中でも良く見たんだけどね」


「やっぱり、人間に迫害を受けて数を減らした感じなのかしら?」


 人間は魔族やエルフ族、亜人族など。自分たちとは違う感性を持つ種族を忌み嫌い、排除の対象としてきた。元人間である“呪い持ち”でさえ、“調停者(コンチリアトーレ)”が言うには人間たちにとって忌み嫌う対象だという。

 ビアンカやヒロは未だ異端者扱いを受ける経験は無かったものの、さような説話を聞いたことで自らが宿す“呪いの烙印”のことは伏せているほどだった。


「群島は種族差別がほぼ無いけど、本島(おか)は凄いっていうよね。こう考えると、人間っていうのが一番怖いかもとか思っちゃうや」


「そうね。私も色々と思うところはあるわ」


 ヒロの零した慨嘆ともつかない言葉に、ビアンカは同意を口にする。


 ――人間が一番怖い。


 それはビアンカも常々と感じていたことだった。


 排他的であり利己的なことしか考え及ばない。自身の得のために他者を陥れることも厭わず、人間だけが同種族同士で殺し合いを行う。勿論それらの知見は文献からの受け売りではあるのだが、ビアンカは旅の最中に多くの人間同士の争いに巻き込まれている。

 さような事実を踏まえて、人間というものが如何に罪深い咎人なのかを考えてしまう。


 だから人間に罰を与えるなどという考えには至らないが、憤りから「罪深い人間が生きていることに意味はあるのか」と思いを馳せたことがあるのも真実だった。

 そうした仄暗い想いから――、ビアンカは、生まれ故郷であったリベリア公国を滅亡に追いやった過去がある。


 計らず回顧した過去の咎に、ビアンカは表情を曇らせていた。


「おう、ヒロ坊じゃねえか。戻ってきていたのか」


 やにわに投げ掛けられた男の低い声に、ヒロが反応を示して足を止めた。

 声がした方へとヒロとビアンカが振り向くと、人混みの中でここだと主張するように片腕を振るい歩み寄って来る男が一人。


 歳の頃は三十代に入っているかという男は、撫で上げた黒味かかった焦げ茶の短髪に鋭い生壁色の瞳を有する。屈強な体躯に纏った上品さを感じさせる外套(がいとう)と衣服、腰に携えた湾曲の掛かった長剣であるカトラスの存在が、彼を海賊――、しかも上の立場に立つ者であることを物語っていた。


「やあ、リュウセイじゃないか。久しぶりだねっ! こんなところで何しているの?」


 男の姿を認めた途端にヒロは表情を綻ばせるが、反目でリュウセイと呼ばれた男は眉間に不服を言い表すような皺を寄せた。


「何しているは無いだろ。こっちはテメエの代わりに監視役を仰せつかっていて、食料の買い付けだっての」


「あ、そっか。今回はリュウセイの船団に話が行ったのか」


 リュウセイの言を聞き、ヒロは納得した様相を窺わせる。そうした反応にリュウセイは腕を組み、首を幾度か縦に動かす。


「まあ、()()()()になっているからな。――というか、今回は戻るのが早かったな」


「色々とバタついたけど、思っていたより順調に任務が片付いてね。なんとか戻って来られたよ」


 まさか“ニライ・カナイ”に赴き戻るつもりが無かったと言えるはずも無く、ヒロは真実を隠しながら口にした。内心では「また隠し事をしちゃった」と、ビアンカからの言い含めを気にしつつ自嘲する。


「ところで。連れ歩いていたのは噂の嫁さんか?」


 ヒロの(かたわ)らにいたビアンカの姿を目にしていたのであろう。リュウセイが口切り出すと、立ちどころにヒロは気まずげに苦笑いを浮かした。


「あ、ああ……、えっと。そう、なんだけど、ね……」


 不明朗さをヒロが漂わせるとリュウセイは首を傾ぐが、そうした様子にヒロは眉尻を下げてへらりと笑う。


「えーっと、この子は僕のお嫁さんのビアンカね。――んで、ビアンカ。こいつはリュウセイって言うんだ」


 嫁扱いをされているビアンカの反応が若干怖いのもあり、ヒロは視線を背後のビアンカに向けぬまま観念したように早口で多弁に綴る。


「僕が任務で本国を離れている時とかには、色々な海賊船団が代わりに海の監視をしてくれているんだけど。リュウセイは、その海賊船団の一つを束ねている頭目なんだ。僕はこいつが小さい頃から知っていてね、こいつの前の頭目が僕のことを『ヒロ坊』って呼んでいたからって真似をして――」


「おい、ヒロ坊」


「え? なに?」


 話の途中でリュウセイが言葉を遮るようにヒロを呼ぶ。唐突な呼び掛けにヒロが紺碧色の瞳を瞬かせてリュウセイを見やると、彼は呆れたような溜息をついた。


「嫁さん、どっか行ったぞ?」


「えっ?!」


 リュウセイの指摘にヒロが勢い良く後ろを振り向くと――。そこにいるはずのビアンカの姿が無かった。

 ビアンカがいると思い言葉を綴っていたヒロは、瞬く間に表情を唖然としたものへ変える。


「もーっ! 独り言みたいになっちゃったじゃないかっ!!」


 自身の後ろにビアンカがいないことに気付いたヒロは、憤慨に声を荒げた。咄嗟に辺りを見渡すが、人混みの中にビアンカの姿は見当たらない。


 ヒロが焦燥の様子を窺わせるのをリュウセイはくつくつと可笑しそうに笑って見守っていたが、不意とヒロに鋭い眼差しを差し向けられて押し黙ってしまう。


「どこに行っちゃったんだよ。カザハナ港は道が入り組んでいるから迷うと大変だって言ったのに。――見つけたら勝手にどこかに行かないように、今度こそ手を繋いでやるんだからっ!!」


「まあ、夫婦喧嘩は程ほどにな。テメエは絶対に尻に敷かれる奴だと俺は思っているが、嫁さんは立ててナンボだぞ」


「リュウセイんところと違って喧嘩なんかしないしっ! それより探しに行かなくっちゃっ!!」


「あ、おい。ヒロ坊――っ!!」


 捨て台詞を吐き出し(きびす)を返したヒロにリュウセイは声を掛けようとするが、時すでに遅く。ヒロは有無を言わさずに駆け足でその場を後にしていた。


「あーあー。――ったく。巡視で気付いたことを言っておこうと思ったってのに……」


 あっという間に人の波に消えていったヒロを見送ることになり、リュウセイは嘆息(たんそく)を漏らしてしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ