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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第三幕【毋望之禍】
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第七十八節 召集命令

 セイレーン――、ツクヨミが運んできた手紙に目を通していたヒロは眉間に皺を寄せ、微かに喉を鳴らして唸る。そして憂鬱げな表情を浮かしたかと思うと、一つ溜息をついた。


「浮かない顔をしているけど、また依頼でも来たの?」


 そうしたヒロの様子を見ていたビアンカは首を傾げてしまう。


 ヒロの元に“海鳥便”と呼称される手紙が届けられる際は、大抵がオヴェリア群島連邦共和国の大統領や高官たちからの依頼がある時だと以前にヒロは口述していた。

 そのため、この頃合いに運悪く新たな依頼が届いてしまったようである――、そうビアンカは推し量るのだが。


「うう。本国の城に来いって……」


「お城に?」


 ヒロは手紙に視線を落としたままで肩を落とし、大げさな嘆声(たんせい)を漏らした。その言葉にビアンカがキョトンとした面持ちを浮かして問えば、ヒロは首肯(しゅこう)すると共に左手を微かに持ち上げて示した。


「この前、“海神の烙印(こいつ)”を使ったのがバレてて事情聴取。話を聞くために“調停者(コンチリアトーレ)”が城に来ているらしい」


「そんなことまでヒロはやっているの……?」


 思いもよらない返弁にビアンカは翡翠色の瞳を瞬かせる。

 まさか国の要人たちをも巻き込んで“調停者(コンチリアトーレ)”が動いているとは思っていなかった上に、“海神(わたつみ)の烙印”の使用に関してヒロがさような呼び出しを受けることがあると、露ほども考えていなかった。


「一応、“海神の烙印(こいつ)”を使うか使わないかは、僕の判断に一任されているんだけどね。使ったら使ったで状況説明とかをさせられるんだよね。何せ僕さ、あの痛くて苦しいのがイヤだからこいつを滅多に使わないし、“調停者(コンチリアトーレ)”たちにも未知数な部分が多いからね」


 早口で多弁にヒロは紡ぎながら(かたわ)らに置いてある手荷物を漁り、万年筆と便箋を取り出し甲板に広げた。飽き飽きとした様相を窺わせながら、どう返事を書き綴るか悩んでいたかと思えば、はたと何かを思い出したように(こうべ)を上げる。


「あ、そうだ。ビアンカ、代わりにツクヨミに褒美の餌をあげておいてもらって良い?」


 ヒロは言うと再び荷物を漁り、中から干し肉を一切れ取り出してビアンカに渡す。それを見つめ、ビアンカは不思議そうな表情を浮かせた。


「……どうすれば良いの?」


「腕を掲げ上げれば勝手に口から出迎えに来るよ」


 返事をしたためるために腰を屈め、便箋に万年筆を滑らせ始めたヒロはビアンカに視線を向けずに答える。

 ヒロからの返しの言葉に従いビアンカが恐る恐る干し肉を手にした腕を掲げ上げると、ツクヨミは藤色の瞳を嬉しげに細めて身を寄せ、干し肉に噛り付く。そうしたツクヨミの人懐こい動作に、ビアンカは感嘆からの吐息をついていた。


「あなた、仕草とか可愛いのね……」


 くすりとビアンカの口端から笑いが零れる。魔物は厄介であり恐ろしい存在と思っていたが、このツクヨミのように人馴れをするなら可愛いなどとビアンカは思ってしまう。


 ビアンカが再びツクヨミに褒め言葉を発していることに、ヒロは微かに眉間に皺を寄せるものの、今度は咎めるようなことはしなかった。代わりに手紙に書く内容を思い悩み、首を仰ぐと再三の溜息を吐き漏らす。


「うーん、と。ビアンカ、悪いんだけどさ。君にも本国の城に来てもらっても良いかな?」


「え?」


 唐突なヒロの言葉に、ビアンカは吃驚の声を上げてヒロを見やった。ビアンカの目にしたヒロは、彼女を見据えてへらりと困ったように笑みを浮かしている。


「“海神の烙印(こいつ)”を使って苦しんでいる時に助けてもらったでしょ? 早期に復帰できた理由を説明しなくちゃいけないんだけど、君を連れて行かなかったら『何で連れて来なかったんですか』って“調停者(コンチリアトーレ)”に怒られそうだから……」


「お、怒られるの……?」


 何度目になるか分からない意外な口述に、ビアンカは吃驚を露わにする。


「うん。僕の担当をしてくれている“調停者(コンチリアトーレ)”は、おっとりしているクセに職務に関しては忠実過ぎて、怒ると怖いんだ……」


 ヒロの言葉を聞き、ビアンカは苦笑いを浮かす。


 ビアンカの前に頻繁に姿を現す“調停者(コンチリアトーレ)”であるルシトを思うに、“呪いの烙印”を監視して管理する役割を担う“調停者(コンチリアトーレ)”というものが如何(いか)に傲慢な性質を持つものなのかに考えが及び、納得してしまうのも確かであった。

 恐らくはヒロの前に現れる“調停者(コンチリアトーレ)”も、ルシト同様に傲慢な気質を持つのだろう。そうビアンカは推察してしまう。


「私は構わないけれど――。私なんかが行っても良いの? お城って、王城に出向くワケでしょう?」


「城に来てもらうのは問題無いよ。なんせ君は、国の英雄である僕のお客さんだからね」


「……それは、有益的地位の濫用って言うんじゃないかしら?」


「あ、ビアンカ。難しい言葉知っているんだねえ。そう言われちゃうとその通りなんだけどさ。こき使われている分、立場は利用しないとね」


 ヒロはくすくすと笑いながら再度身を屈め、文字を書き綴り始めた。

 暫くして万年筆を手放し、便箋を書筒に入る大きさで筒状にして丸める。腰を叩く仕草を取りながら立ち上がり、ツクヨミの足首に添えつけられている書筒に手紙を入れると、辟易とした心情を宿した溜息をついていた。


「それじゃあ、ツクヨミ。この返事を本国の城に届けてね。頼んだよ」


 ヒロが優しく声を掛けると、ツクヨミは天を仰いで返事とも取れる鳴き声を上げる。そして翼を大きく広げ、次には力強く羽ばたいた。

 ツクヨミは一際と大きく風を巻き起こし、来た時と同様にビアンカとヒロの髪を乱して一気に上昇していったかと思うと――、太陽を背にして飛び立っていった。



   ◇◇◇



「群島は五つの大きな島が主要になっていて、その周りに小さい島が点在しているんだ。この沢山の島が寄り集まっている形が“群島諸国”って呼ばれていた理由なんだよ」


 船室まで降りてきていたビアンカとヒロは、テーブルに広げられたオヴェリア群島連邦共和国のみが記された地図を広げて覗き込む。これからビアンカとヒロはオヴェリア群島連邦共和国の城へ向かうこととなったのだが、その経路を相談しようということになり、今に至っていた。

 その最中で地図上をヒロの指先が滑り、一つの港町を指し示した。


「この船が到着するのは、南南西にある“カザハナ港”。ここは本島(おか)の船も交易のために来たりして、賑やかな港町なんだ」


 ヒロは言いながら再び指先を滑らせていき、地図の中央にある島を指差しして、くるりと円を描いた。


「それで、群島本国の城があるのが、中央島にある“首都ユズリハ”。――最短で行くなら、これから着くカザハナ港で中央島行きの船に乗り換えて海を渡るのが無難だね」


 そこまで言うと、ヒロは言葉を区切った。僅かに一考の様子を窺わせ、首都ユズリハを差していた指をするりと最初の南西に位置する島へ戻していく。


「ただ、僕のお勧めとしてはカザハナ港から陸路を行って、この島の東にある“アサギリ港”から船に乗る方法かなあ。遠回りにはなるんだけれど――、せっかく群島に来てもらったんだし、慌てずに色々と見ていってほしいんだよねえ」


「それは……。私も見て回りたいけれど、国からの呼び出しなのに時間は大丈夫なの?」


 ビアンカが僅かに眉間を寄せて問うと、ヒロは微笑んで頷く。


「さっきの手紙。実は到着日にかなり余裕を見積もって送っているんだ」


 猶々(なおなお)と笑みを浮かして、微かに頬を朱に染めてヒロは言う。そうした返弁に、ビアンカは「なんて用意周到なのだろう」と内心で呆れの本音を吐露してしまう。


「普段だったら、“海神(わたつみ)の烙印”を使った呼び出しで城に行くには、もっと時間が掛かるんだよね。僕さ、呪いのあの反動を受けると、暫く動けなくなっちゃうから」


「そうだったのね。――確かに、あの状態だと動けなくもなるわよね……」


「うん。今回はビアンカに助けてもらって、すぐに復帰できた。だから、余暇だと思って君を案内するのに時間を使いたい」


 ヒロは微笑んでいた面持ちに、次には満面の笑みを浮かす。その幼さを感じさせる人懐こい笑顔を目にして、ビアンカも釣られるように微笑んでいた。


「そうしたら、陸路で案内をお願いできるかしら?」


「うんっ、勿論だよ。君を案内してあげられるの、凄く楽しみだなあ」


 楽しげな声を立て、ヒロは喜色満面の様子で答えるのだった。


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