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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第七十六節 新しい旅への誘い

 ユキは嬉しそうにして手荷物の中に、刺繍の施された布を大切に仕舞い込む。次に右手を僅かに上げると、魔法空間の中から一つの剣を取り出していた。


「――これは、ビアンカにやるよ」


 取り出した剣をビアンカに差し出し、ユキは言う。


「えっ?! でも、これって……」


 ユキがビアンカに差し渡したのは(つば)の無い形状のショートソードで、海賊たちとの戦いでビアンカがユキから借りていたものだった。


 記憶を失う前の、“魔族狩り”を生業としていたユキが扱っていた得物。退治した魔族たちの魔力と遺恨を宿し、今まで使用していたユキの“邪眼”の魔力をも帯びた不思議な剣であり――。ビアンカはその武器を海賊戦の最中、いとも簡単に操り、籠められた魔力を駆使していた。

 そのことを戦いの中で目にしたユキは、ビアンカならば自身がかつて使っていた武器を役立ててくれるだろうと考え及んでいたのである。


「……俺は、これを使うことは無い。だから、ビアンカが使ってくれ」


 有無を言わさずにユキはビアンカの手を取り、剣を押し付ける。すると、ビアンカは眉根を下げ、困ったような表情を浮かせて頷いた。


「ヒロも異論は無いよな?」


「うん。そいつは僕よりもビアンカの方が上手に扱えると思う。文句は無いよ」


 本心から一切の慨嘆を抱いていない様子でヒロはへらりと笑う。


 本来であればユキのショートソードは、いずれヒロに譲られるはずのものだった。

 しかしながら、ビアンカが思いの外に上手く扱っている様を目にして、ヒロは当初持っていた羨みの感情も払拭している。だので、今回その剣がビアンカの手に渡ることになっても、羨望を抱くことは無かった。


「そしたら、おねーさんは……」


 アユーシは(おもむろ)に首に手を回し、両端に羽の形を模した白いストールを外していく。衣擦れの音を立てて外されたストールが、ふわりと潮風になびく。


「これ、ビアンカちゃんが一目惚れしたやつなんよね。すんごく気に入ってくれていたみたいだし、おねーさんからの餞別」


 琥珀色の瞳を優しく細め、アユーシはビアンカの握るショートソードの鞘にストールを巻き付けていく。


「ビアンカちゃんがくれたお守りみたいに、きっと旅の間に守ってくれるかんね」


 ビアンカは巻かれたストールから仄かに聖なる気配を感じていた。恐らくはアユーシが長く愛用していたもの故に、神族の魔力を帯びているのだろうと推し量る。

 魔族の遺恨から生まれた“呪いの烙印”を宿すビアンカと、アユーシの神族の血は相性が悪いものではあったが――、渡されたストールに対して嫌な感覚をビアンカは覚えなかった。


ショートソード(こいつ)を使う(たんび)に、アユーシおねーさんとユキちゃんのこと思い出してくれると嬉しいな」


「ありがとう。ユキさん、アユーシさん……」


 ストールに目線を落としていたビアンカは、(こうべ)を上げると微笑んだ。その笑みにユキもアユーシも釣られるように笑って頷く。


「ヒロちゃんも元気でね」


「うん。ユキもアユーシも、無茶はしないでよね」


 ヒロに琥珀色の瞳を差し向けたアユーシは、ヒロのそうした返しに唇に弧を描いて笑う。やや悪戯そうな面差しを見せているとヒロは察するが、その最中でアユーシは口を開き――。


「ふひひ。ヒロちゃんと違って、無茶苦茶なことはしーひんよ。――てか、やっぱ“群島諸国大戦”のリーダーはカリスマ性と無茶っぷりが一味違うなーって思ったわん」


「だな。指揮力や判断力は認めるが、少し自分が気負い過ぎて無茶をしすぎだ。そんなんだから、最終決戦で動けなくなって逃げ遅れるんだぞ」


 アユーシの放った言に、ユキが頷きながら同意を示す言葉を放つ。それを耳に入れた途端に、ヒロは驚愕から紺碧色の瞳を見開いていた。


「え……? なんで、それを……?」


 ずっと隠していたはずだった。その思いがけない言葉を投げ掛けられ、ヒロは思わずビアンカに目を向けてしまう。視線を向けられたビアンカは口を滑らせていないことを意味して、慌てた様子で首を左右に振るった。

 さような二人のやり取りを目にして、アユーシは嘆息(たんそく)した。


「やっぱ、ビアンカちゃんは知っていたんね。そんで、気付いてないと思ってたん?」


 くつくつとアユーシが笑えば、ヒロは頬を引き攣らせて再びアユーシを見やる。気付かれていないと思っていたことは、ヒロの表情が雄弁に物語っていた。


「あれだけのことをやらかせば、嫌でも確信するだろ。そもそも、その“呪いの烙印(ひだりて)”のこともあって気付かないと思っているなら、お前の頭は相当おめでたいぞ?」


 今までアユーシとユキの中にあったものは、もしかしたらという予想程度のものであった。だがしかし――、今回の海賊戦の中でヒロが見せた上に立つ者の覇気や指揮力、そして“海神(わたつみ)の烙印”の力を目の当たりにしたことで、二人はヒロが“群島諸国大戦”の軍主その人であることを確信していた。

 しかしながら、ヒロがそれを隠すということは何かしらの理由があるのだろうと二人で話し合い、今の今まで気が付いたことを隠していたのである。


「じゃ、じゃあ、気付いていたのに気づかないフリをしていたってこと?!」


「だってさー。ヒロちゃん、照れ屋さんじゃん。変なタイミングで指摘したら、また逃げちゃうって思ったんよね」


 焦燥から頬を朱に染めて声を荒げたヒロを目にして、アユーシは悪びれなく笑う。その言明にヒロは一瞬言葉を詰まらせ、唇をはくはくと動かして二の句を模索する様相を示唆させる。


「うう。二人して僕に隠し事とか、酷くないっ?!」


「「お前が言うかっ!!」」


 ヒロの言い放った言葉に対し、ユキとアユーシは声を揃えてしまう。そして二人で顔を見合わせてくすくすと笑い合う。それにヒロは赤くなったかんばせに次には不服げな色を乗せていた。


「――それじゃあ、俺たちはそろそろ立つな」


 ユキは言いながら、肩に掛けていた荷物を担ぎ直す仕草を見せる。立ちどころにヒロとビアンカは寂しげな表情を浮かせるが、ユキとアユーシは微笑みを浮かべる。


「またいつか群島で会おう。――手向けじゃないから、俺たちは赤い扶桑花(ぶっそうげ)は持って来ないけどな」


「あ、あはは。あれは、忘れてくれると嬉しいなあ。ちょっとした気の迷いだよ」


 嫌味ともつかないユキの口舌にヒロは気まずそうに苦笑いを浮かすが、それにユキは一笑を漏らす。


 そのままユキとアユーシは(きびす)を返すと、埠頭を歩んでいく。かと思えば、再び振り返り、アユーシが大きく腕を振るった。


「また逢おうね、ヒロちゃんっ! ビアンカちゃんっ!!」


「またな。ヒロ、ビアンカッ!」


 人混みの喧噪に負けないほどの大きな声で紡がれる別れの言葉。それにビアンカもヒロも大きく腕を振って応える。


「またいつかどこかで……っ! 二人とも、ありがとうっ!!」


「元気でね。ユキ、アユーシ! 二人とも、仲良くねーっ!!」


 手を振り合うと、ユキとアユーシは再び足を動かし始め、人に紛れていく。

 去っていく二人の“旅人(わたりどり)”の後姿を、ビアンカは寂しげに見つめていた。


 あっという間の船旅だったと思う。僅かな期間の旅路ではあったが、ビアンカの想いとしては、もっと長い期間を過ごしたような気持ちだった。それ故に、ユキとアユーシとの別れは、酷く寂しいものに感じてしまう。


「行っちゃったわね。船旅の間、賑やかだったから……、寂しくなるわ……」


 ふと、口端を漏れ出した言葉。(かたわ)らに佇むヒロは、それを耳にして頷く。


「そうだね。でも、あの二人のことだし。きっと、またどこかで逢えるよ」


 ふふっと、微かに笑いが零される。恐らくヒロはユキとアユーシとの再会がいつも唐突なのだろう。そうビアンカは察し付き首肯(しゅこう)すると、今度はヒロに向き直る。


「ヒロは、どうするの?」


「んー。僕の方は依頼も終わったし、もう特に予定は無いんだよね」


 不意の問い掛けに、ヒロは前下がり気味に切られている黒髪の毛束を指先で(もてあそ)びながら答えると、ビアンカを見やって小首を傾げていた。


「ビアンカは、この後どうするの?」


 問いに問いで返され、ビアンカは一顧の様を窺わせた。暫し考える様子を見せたかと思うと、再びヒロに翡翠色の瞳を向ける。


「私は最初に予定していた通り、群島の方に一度足を運んでみようと思うわ」


 ビアンカがオヴェリア群島連邦共和国に赴こうとした切っ掛けは、“群島諸国大戦”の逸話を調べようと考えた故のものだった。しかしながら、“呪い持ち”が歴史の表舞台に立って奮闘した戦争は、(くだん)の英雄であるヒロと出会ったことで様々な知見をビアンカに与えるに至った。

 それでも折角近くまで訪れたのだからという思いがビアンカの中にあったため、彼女はオヴェリア群島連邦共和国に足を運ぶことを決めていた。


 その考えからビアンカはヒロの問い掛けに答えるが――、ヒロの顔付きが瞬く間に変わった。どうしたのかと思い首を傾ぐと、ヒロの紺碧色の瞳が嬉しげに輝いていくのに勘付く。


「――群島に来るならっ、僕が案内するよっ!!」


 両の手を拳に握り、喜色満面の様相を窺わせるヒロは、嬉々として声高く言い放つのだった。



 頑なに死を望み、海の泡となり消えようとした青年は、再び生きる活力を手にした。


 泡沫(うたかた)の人魚のように消えようとした青年を救ったのは、死を宣告するはずの死神の少女だった。

 これは、独りの死神と独りの人魚の物語となり、一つの手記に綴られていくのであった。


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