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片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
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第七十一節 それぞれの想い

「みんな、今回は本当にお疲れ様! 皆が尽力してくれたお陰で一人の犠牲者も出さず、海賊を退かせることができた!!」


 船尾楼――。甲板室上に立つヒロは酒の注がれるグラスを片手に、甲板に目を向ける。その表情は、はにかんだ色を窺わせながら、やり切った清々しさを彩っていた。


「これで心置きなく“ニライ・カナイ”に向けて、船を進めることができる。僕も故郷の素晴らしい景色を、皆に見てもらえると思うと嬉しいよ」


 そこまで口にすると、ヒロは手にしていたグラスを掲げ上げた。


「それじゃあ、長話は無しにして。皆で掴み取った勝利を祝して――」


「「乾杯っ!!」」


 ヒロが手短にして締めの言葉を発すると、一斉に甲板で勝利の祝杯が掲げられた。


 海賊に強襲された後に、ヒロの宿す“海神(わたつみ)の烙印”の圧倒的な破壊力を見せつけられた“ニライ・カナイ”行き航行船に乗り合わせていた者たちは、騒めきを擁した。

 ヒロの力に、ある者は称賛を言い述べ、ある者は畏怖感を抱きと船上は混乱を極めたが――。その場を丸く収めたのがユキとアユーシだった。


 ユキとアユーシは相談をした後に、ヒロの正体が『オヴェリアの英雄』であることを明らかにしたのだ。


 事の真相を耳にした“ニライ・カナイ”行き航行船の船長や乗組員たちは、“海の守り神”と呼称され、船乗りたちに崇め讃えられる(くだん)の英雄がヒロであったことに納得を顕わにしていた。

 オヴェリア群島連邦共和国の事情に詳しい一部の乗船客も腑に落ちた様相を窺わせ、名高い英雄が船に乗り合わせていたことに感動して、ヒロがどのような功績を上げている人物かを口々に触れ回っていたのである。


 畏怖の対象から英雄として祀り上げられたヒロは、甲板の片付けに上がってきて早々、船夫や乗船客に取り囲まれ――、焦燥と羞恥から船室に逃げ出していた。

 突然に場を逃げ出したヒロの心配をして部屋に訪れたビアンカに、ヒロは『こうなるのがイヤだったから隠していたのに』と恥ずかしげにぼやき、笑わせている。


 その翌日。船長の計らいから、海賊を退けた慶事と休息を兼ねた祝賀会を開こうという申し出があり、ヒロが乾杯の音頭を取ることとなった。

 話を聞いた当初、ヒロは渋っていたのだが、元々取り仕切ることが嫌いでは無かったため、結局は快く引き受けて今に至っていた。


 酒興の始まった甲板上は躍然(やくぜん)たる雰囲気を呈する。

 先日に引き続いてヒロは船夫や乗船客に囲まれ、困った様相を窺わせながら対応をしている。海賊戦の折に指揮と戦いに奮闘していたアユーシや、その補佐をしていたユキも、二人を慕うようになった者たちと楽しげに語り合う。


 ビアンカにも声を掛けてくる者が多くいたが、一言二言と手短な対応をして早々に座の華やぎを抜け出した。


 ビアンカは果実の飲み物が入ったグラスを持ち、賑わしい場に背を向ける。手摺に肘を付き、日が傾いて茜色に染まる海を眺めながら潮風を受け、心地よさげに翡翠色の瞳を細めた。


(――ヒロは畏怖される存在だと思っていた“呪い持ち”でも、多くの人に慕われる人なのね)


 思い馳せるのは、“呪い持ち”と呼ばれている存在のこと。


 ビアンカは自身と同じような呪いを身に宿す存在に出会ったのは、ヒロが初めてだった。

 “呪い持ち”は人々に畏怖されて忌み嫌われるもの。自らの力さえも恐れ、人目を避けて生活する者が多く、その姿を見掛けることは少ない。ビアンカはそのように教えられていたし、そういうものだと調和の思いを持っていた。


 だがしかし――、ヒロは違った。

 ヒロは“呪い持ち”の身でありながら歴史の表舞台に立ち、“群島諸国大戦”で勝利を収めた同盟軍の長を務めあげた。そして、未だに彼は故郷を守るために奮闘して、数多(あまた)の人々に敬愛を受けている。


 ヒロの存在はビアンカを驚嘆させ、“呪い持ち”になってしまったことで萎縮していた気持ちを払拭させるものとなった。


(私もいずれ、ヒロのように人の役に立てる者になれるのかしら……?)


 自問自答をして、ビアンカは僅かに首を傾げる。


 “喰神(くいがみ)の烙印”を身に宿して百余年。その間に多くの戦乱や動乱に巻き込まれ、成り行きで戦場に立つことが数多くあった。そこで功績を称えられて将を担うこともあったが――、“喰神(くいがみ)の烙印”がもたらす『身近な者たちに不幸を撒き散らし、死に至らしめる』という呪いの力によってビアンカを慕う者たちは命を落としてきた。

 その結果としてビアンカは将になる夢を諦め、自分自身の行いに自信を失った。


 人々の役に立てる存在になれるか、などという疑問も、今まで持つことは無かった。そして、そのような存在になれれば良いと、羨望を抱く。

 翡翠色の瞳を静かに伏し、ビアンカは沈思黙考の様を見せる。辺りの草々たる音も耳に入らなくなるほど、ビアンカは深慮していった。


 どの程度の時間が経っただろうか。尚もビアンカが一人で物思いに耽っていると――。


「ビアンカ、見っけっ!!」


「きゃっ!!」


 悦を含んだ声音が聞こえたと思った途端に両肩に重みが掛かり、ビアンカは驚きに身を竦めて声を上げた。

 伸し掛かられる感覚と同時に肩から首にかけて腕を回され、抱きついてきた(ぬし)に慨嘆を申し立てようとして首を傾けると――。毒気を抜かれるほどに喜色満面な笑みを浮かしたヒロの姿が映った。


「ヒロ……?」


「ん。ヒロお兄ちゃんですよ。漸く解放されたよー……」


 ヒロは不平の言葉と共に疲れを表すように、ビアンカの身に頭を寄せる。

 背後から漂ってくる酒気の香り。それにビアンカは顔を(しか)めてしまう。


「……あなた、酔っているの?」


「ううん。酔ってないよ」


 頭を上げたヒロはゆるりと(こうべ)を振るう。だが、改めてビアンカが見やったヒロのかんばせは、仄かに赤みが差している。恐らく、船夫や乗船客に取り囲まれた最中、酒の交わし合いをしたのだろう。そのことに物申しする気は一切無かったが、ヒロの言に「それは酔った人の常套句でしょ」と、ビアンカは内心で吐露していた。

 しかし、ヒロはビアンカの呆れた心中に気付くこと無く身を離したかと思えば、今度は彼女の腕に自身の腕を回す。そして、へらりと幼さを感じさせる笑みを浮かせた。


「アユーシとユキも解放されて、あっちで呑んでいるよ。ビアンカもおいで」


「え、あ……。うん……?」


 唖然としたビアンカの身を引き、ヒロは悦楽を漂わせて歩みを進めていった。



 仮設の椅子や机の置かれている一角へ、ヒロと腕を組んで歩むビアンカの姿。それを目にした人々が微笑ましげにして見送る。そうした状態にビアンカは気恥ずかしくなり、ヒロの腕を離させようとするが、思いの外に力を籠めて腕を回されているためにままならない。

 ビアンカが諦めたように嘆声(たんせい)を吐き出すと、一つの席でヒロとビアンカに向かって声が投げ掛けられた。


「連れて来たな。酔っ払い」


「だーかーらー。僕は酔ってないってばー」


 苦笑いを浮かべたユキが声を掛けると、赤みを帯びた顔色で説得力無くヒロが返す。その返弁を聞き、ユキとアユーシが可笑しそうにくすくすと笑う。

 すると、ヒロと腕を組む形になっているビアンカに目を向けたアユーシが、愉快げに唇を歪めた。


「ほんっと、おにーちゃんは妹ちゃんに過保護なんねえ。ビアンカちゃんがいないって騒いでたと思ったら、そんなん仲良しで戻ってきちゃってさあ」


「さ、騒いでいたの……?」


 ビアンカが呆れた表情を浮かすと、アユーシは(しか)りを意味して首を縦に振った。


「ヒロちゃんは酔っぱらうと絡むから、ビアンカちゃんも気を付けてねん。ただでさえベタベタしたがるクセに、距離感ゼロになるかんね」


 くつくつと笑って口に出されたアユーシの言葉で、ビアンカは先ほどヒロに抱きつかれたことを思い出す。

 ヒロは今までビアンカに手で触れる以上の接触をしてくることが無かった。なので、その口述を耳にして、ヒロが本当に酒に酔って気分を良くしていることを推し量る。


「ビアンカもさ、呑むと良いよ。これ、群島の銘柄なんだけど、美味しいよ?」


 ビアンカの腕を引いたまま長椅子に座らせ、その(かたわ)らにヒロは当然のように腰掛ける。酒をグラスに注ぎビアンカに手渡し、彼女の肩に凭れ掛かって顎を乗せた。

 いつも以上にヘラヘラと表情を緩めるヒロは、明らかに酔いの回っている人間の態度だと気付き、ビアンカは嘆息(たんそく)してしまう。


 観念した様を見せるビアンカは、ヒロに注がれた酒の入るグラスを一気に仰ぐ。喉を伝う熱い感覚に、やや驚いたように浅く吐息した。

 さようなビアンカの飲みぶりを目にして、周りから感嘆の声が上がる。


「意外と強いのね、これ……」


「ビアンカちゃん、もしかしてお酒強いんね?」


 顔色を全く変えずにビアンカが呟くと、琥珀色の瞳を瞬かせていたアユーシが口を開く。


「私、酔わないのよ。前にザルを通り越して、ワクしか残っていないんじゃないかって言われたわ」


「うへ。なんそれ……」


「お父様がお酒に強い人だったから。きっと似たのね」


 ビアンカは懐かしげに表情を綻ばせて言う。彼女の記憶の中にある父親は厳格な人物であり――、酒豪ともいえるほど酒に強かった。

 そのためかは定かでないが、ビアンカ自身も酒に強い体質であった。見目は子供なので酒を勧められることは多くなかったが、彼女は酔うことを知らない。したがって、ビアンカは酒の席で勧められれば呑むものの、場の雰囲気を楽しむだけに留まっていたのだった。


「良いねえ。ビアンカ、僕と勝負しようか?」


 嬉々としてヒロが言うと、ビアンカはくすりと笑う。


「えっと。ヒロじゃ私に勝てないと思うわよ?」


「言ったね。僕だって負けないもんね」


 ビアンカの言葉を売り言葉と取ったヒロは、凭れ掛かっていた身を正して自身のグラスに酒を注ぎ、ビアンカのグラスをも満たしていく。

 ヒロが酒を口にしようとすると、アユーシが机から身を乗り出して止めていた。


「ヒロちゃん、はっちゃけすぎっしょ。もう結構呑んでるんだし。やめときって」


 アユーシに触れられたことに不快感を覚えたのか、ヒロは眉を寄せる。次には止められたことに対し、不服げにグラスを机に置き直して表情を微かに曇らせた。


「……だってさ。みんなでこうやって騒げるのも、もう最後だし。()()()()()くらいは楽しんでおきたいんだよね」


「え?」


 不意にヒロが寂しげな色を(まと)って呟き漏らす。そうした彼の情態に、理解し難いことを言い表す声が一同の口をつく。


「次に逢えるかは、分からないしさ」


「そんなん、また集まろうって言えば良いっしょ?」


 アユーシが椅子に座り直しながら口舌すれば、その言葉にユキが賛同をして頷く。


「だな。お前は群島に引き籠っていて動かないんだ。また群島で集まれば良い」


 アユーシとユキの諭しを耳に入れ、ヒロは腕を組んで思案する。


「そうしたらさ。みんなが群島に来る時は、赤い仏桑花(ぶっそうげ)を持って来てね」


「……なんでまた」


 アユーシが苦笑いを浮かして問う。その問い掛けに、ヒロは寂しげな表情を一変させて笑みを浮かした。


「僕は赤い仏桑花(ぶっそうげ)が大好きだから。みんなから僕に贈ってほしいな」


「なんだそれ。何でお前に花なんか贈らなきゃならない?」


「ふふ。何でだろうね?」


 ユキまでも眉間に皺を寄せて怪訝げに言葉を漏らす。それにヒロはくすくすと笑い、机に置いていたグラスを手に取って中味を飲み干していた。


「やっぱり酔いが回ったのかな。自分でも何を言っているのか、分からないや……」


 ふと、溜息と共に零された小さな声。そうしたヒロの言葉の数々を聞き、ビアンカは憂慮の想いを抱くのだった。


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