表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
片翼の鳥~出会いと別れの物語~  作者: 那周 ノン
第二幕【ニライ・カナイ】
61/136

第六十節 過去の亡霊

「ビアンカッ! 勘弁してよっ!!」


 縄をよじ登り、甲板に上がってきて開口一番。ヒロは憤慨の様を窺わせて言う。それにビアンカは眉根を下げ、申し訳なさそうに両掌を合わせた。


「ごめんなさいっ! 私、(まと)に狙いを定めないと、上手く弓を射ることができなくて……っ!!」


 素直に謝罪を述べるビアンカを目にし、ヒロは嘆息(たんそく)する。

 (かたわ)らでは、アユーシとユキが苦笑いを浮かべていた。


 腕を掲げて髪を乱すように頭を掻くヒロをチラリと見やり、その満身創痍な井出達にビアンカは眉を曇らせてしまう。


「……ヒロ。大分、怪我をしたわよね。お腹も刺されていたみたいだけど、大丈夫?」


 心配を声音に宿しビアンカが問うと、ヒロは微かに口角を吊り上げた。


「凄く痛かったけど、もう傷は塞がっているし。こんな時だけ、自分の()()には感謝するよ」


 言いながらヒロは上着を捲り、海賊のカトラスで貫かれた箇所を顕わにする。

 黒い衣服が裂かれた布地の下に見える肌。頬や腕などに血がこびりついているものの、既に出血は止まっていた。そうしたヒロの傷跡を認めたビアンカたちは、安堵に胸を撫で下ろす。


「それにしても。流石に酷い有様だね」


 ヒロは航行船の様子に視線を移し、再び溜息をつく。


 甲板は、いたるところに海賊たちの亡骸が横たわり、大量の血と砂で汚れていた。

 亡骸を隅に寄せるために忙しなく動く船夫や乗船客たちは、皆がみな、一様に傷だらけで疲労困憊の(てい)を擁する。

 だが、周囲を見渡した限り、横たわる亡骸は海賊のものばかりで、船夫や乗船客に死者が出なかったことを悟らせた。


「そりゃ、ねえ。あんな混戦じゃあ、しゃーなし。肝が一個座った感じだわ……」


「こっちの死者は無しだ。全員、魔力がすっからかんで治癒(ちゆ)魔法を使うこともできやしないけどな」


 アユーシが海容の口舌で肩を竦めると、ユキが疲れを滲ませる笑みを浮かせて口にした。

 口述するアユーシとユキも傷を多く負っており、果敢に前に立って奮闘したことを雄弁に物語っていた。


「そうしたら、船室の方に行って魔法札を持ってくるよ。ソレイ港で買い占めてきたから、腐るほどあるし」


 ヒロの言葉を聞き、ビアンカはフッと彼の荷物のことを思い出した。


 “ニライ・カナイ”行き航行船に乗り込む前。桟橋(さんばし)でヒロと合流した時、彼が手にしていた色鮮やかな花束にばかり気を取られていたが――。

 今思えば、ヒロが肩に掛けていた鞄は妙に膨らみを帯びており、重たげな状態を見せていた。


「……そんなに買って、お金は大丈夫だったの?」


 ビアンカが思ったことをつい口に出すと、ヒロは満面の笑みを見せる。


「本国の経費で落ちるから、僕の懐は痛くないっ!」


 自らの胸を右手で叩き、ヒロは得意げに口にした。

 そのヒロの言い分に、一同は思わず失笑してしまうのだった。



   ◇◇◇



 海賊との戦闘が終わり、楽しげな話が続く。

 気を抜き、暫しの談笑していると――。


 耳を(つんざ)く轟音が響き渡り――、辺りの空気が震えた。

 その音から僅かばかり間を置いて、海が波立ち、航行船が大きく揺さぶられる。


 その場にいた誰しもが体制を崩し、よろめいてしまう。

 即座に甲板上が騒めき、混乱の様を見せ始めた。


「なに?」


 よろめいた拍子に座り込んでしまったビアンカが立ち上がり、音のした方へ目を向ける。

 驚きに目を見張ると、進路を変えられた海賊船が大破し、沈没していく状景が映った。


「まさか、もう出てきたのかっ?! ()()に手間取って雲隠れすると思っていたのにっ!!」


 焦燥に声を荒げたヒロは、勢い良く手摺に手を掛けた。海原に目を向けると、顔色が見る見る内に変わっていく。

 ヒロの表情の変化にビアンカは怪訝そうに眉を寄せ、彼が見据える方向へ顔を動かした。


 海原には、肉眼で確認できるほど近づいて来ている数隻の帆船の姿があった。どの船も、今しがた沈没した海賊のガレオン船と同型のものであったが――。


 船団の中に一隻だけ、毛色の違う帆船が混じっていた。


 その船は古臭さを醸し出しながらも、重厚かつ堅牢な様相を有した。船体は黒く塗られ、四本のマストには黒い帆が広げられる。

 軍隊の船――。それを顕示する帆船は、船嘴(せんし)に重ねられるように大口径の砲が積まれる。砲口は航行船側に向けられており、立ち昇る煙の状態から、先ほど海賊船を轟沈させた正体だということを一同は感知した。


「ヒロ、あれは……?」


 ビアンカが疑問の声を漏らすと、唇を噛んでいたヒロは口を開く。


「――オーシア帝国船だ」


「えっ?!」


 喉から絞り出すようにヒロが呟き漏らす。その思いも掛けない返答に、ビアンカが吃驚の声を上げた。


「で、でも、オーシア帝国って。“群島諸国大戦”で滅びたんじゃ……」


 何故(なにゆえ)に過去の戦争で存在したオーシア帝国の船が、今ここに存在するのかがビアンカには解せなかった。そのため、尚もビアンカが疑問を投げ掛ける。


「あの戦争の最中、かなりの数の帝国船を沈めた。でも、破壊しきれなくて、形を残したままで漂流させてしまった船が多くあったんだよ」


 ヒロが苦々しげな声で語る。


「人目の付かないところに流れ着く船もあった。――そして、ある程度の形を残したままで、この何百年もを過ごした。そいつを海賊連中が拾ったんだ」


「それじゃあ、さっきの砲撃って、まさか……」


 ヒロの説話を聞き、ビアンカは海賊船を沈没させた砲が何であるか察した。彼女が勘付いた事柄に、ヒロは頷く。


「“魔導砲”だ。あの砲は風の流れに左右されず、勢いを殺さずに砲撃する。込められた魔力は、普通の砲とは違う破壊力を持つ。当てられたら、ひとたまりもないぞっ!!」


 唸るような声が鼻上に皺を寄せたヒロの口をつく。その気迫にビアンカは肩を竦ませ、息を呑んだ。

 ビアンカが驚きからたじろいだのを傍目(はため)にし、ヒロは顔付きを困窮したものに変えて彼女に目を向けた。


「僕が群島のお偉い方から与えられる依頼をこなす本当の目的はね。――過去の亡霊を、僕たちの時代に起こった戦争の残りカスを始末するためなんだ」


 いつもの穏やかな口調でヒロは語り始める。その表情は微かに曇り、悲観の色を帯びていた。


「ぼう、れい……?」


 唖然としたビアンカが呟くと、ヒロは首肯(しゅこう)した。


「“魔導砲”なんていう危険なものを。――()()()()()()戦争の名残を、そのままにしておくわけにはいかないからね」


 まるで卑下するような口振りだと、ビアンカは思った。そしてその言葉は、ヒロもまた自身と同じように過去の出来事に縛られ、もがき苦しんでいることを推し量らせた。


 思い至った儀にビアンカが眉を寄せると、ヒロは微笑む。


「これの後始末は、僕の役割。だけど――、この後のことは。ビアンカにお願いしたいな」


「え……?」


 ヒロが零した言葉の真意を量り兼ね、ビアンカは続きを促す視線を投げる。だが、ヒロは鋭さを持った紺碧色の瞳を、再び海賊船団へと向ける。その眼差しは決意の色を示唆して揺らめく。

 ビアンカは物言いたげにヒロに手を伸ばそうとするが、躊躇(ためら)いから拳を作り、強く握りしめた。


 ヒロは黙したまま、左手に嵌めていた革の手袋を外した。

 水平線に身を沈ませかけた太陽の光が、ヒロの露わになった左手の甲を照らす。――そこには、人魚が天秤を携えているように印象付ける、(いびつ)な紋様の赤黒い痣が刻まれる。

 左手を肩辺りまで掲げ上げ、海賊船団へと差し立てる。すると、一帯に禍々しさを感じさせる空気が沸き上がった。


「<――審判を司る呪いよ>」


 ヒロの口から、呪いの言の葉が紡がれる。それと共に、彼の左手の甲に刻まれる“呪いの烙印”が赤と黒の入り混じった採光を発し始める。


「<我が身に宿りし“海神(わたつみ)の烙印”よ。我が命を啜り、罪の重さを量り罰を与える糧とせよ――>」


 赤と黒の採光の中に黒い燐光が飛び、闇が霞のように溢れ出す。ヒロは顔を歪ませ、額には汗が浮かぶ。だが、彼の唇は不敵な弧を描いた。


「<その無慈悲なる力を裁きの刃と変え、咎人(とがびと)を滅せよ――っ!!>」


 壮烈な声音でヒロが呪詛を完成させると、辺りに広がった赤と黒を(まと)った闇が、立ちどころに収束して消えた。


 次の瞬間だった――。


 海賊船団周辺の海面が黒い渦を巻いた。凄絶な音を立て、闇が立ち昇り海を引き込んで脹らむ。闇は瞬く間に黒い津波へと姿を変え、海賊船団を飲み込んでいく。

 その途端に海原に轟音が響き――、“魔導砲”を積むオーシア帝国船が()ぜた。


「な、なんだ、ありゃ……っ?!」

「魔法、か?」


 海賊船団の末路を目にして、船夫や乗船客からどよめきが上がる。突として起こった事象に誰しもが狼狽(うろた)え、何事かと声を発する。

 その有様をビアンカのみならず、アユーシやユキが焦燥し、感氏した。


「――大波が来るぞっ! 構えろっ!!」


 騒めきの最中、航行船の船長が慌てを内包させ、大きく叫んだ。

 それと同時に、オーシア帝国船が破裂した衝撃で立ち上がった波が航行船を襲う。舷側を波に凄まじい勢いで叩かれ、立っていられないほどに船体が大きく揺さぶられた。


 船上に叫声が沸き上がり、ユキがビアンカとアユーシを抱え込んで手摺に強く手を掛ける。

 ビアンカも自身の手で手摺を握り、焦慮からヒロの姿を探す。


「ヒロッ!!」


 ヒロの名を呼ぶ大声(たいせい)が、(おのの)きに声を荒げる者たちの合間に響いた。


 ビアンカが見止めたのは、手摺に手を掛け、頭を伏したヒロの姿だった。


 不意にヒロは手摺から手を離し、苦しげにして胸元に拳を押し当てよろめいた。かと思うと、船の揺れに足を取られ、甲板室の壁面に(したた)か身体を打ち付けてしまう。そして、力が抜けたように膝を折り、崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ